天才少女は平和を守るため、軍事力を振りかざします。 ~勝つのではなく、未来を作るために!~

夕日ゆうや

第1話 世界

 私は逆さまになった世界を見つめて、呟く。

「世界が平和でありますように!」

 そして鉄棒から降りて、世界を見渡す。

「お姉ちゃん。何しているの?」

 小さな女の子が駆け寄ってくる。

「ん。鉄棒で遊んでいたんだよ」

「そっか」

 そんな他愛のないやりとりをしていると、二十人近い憲兵たちが集まってくる。

「クレア=オールポート様、至急王城へ。サイラス国王がお呼びです」

「やれやれ。予想通りとはまさにこのこと」

 はぁーとため息を吐き、私は憲兵たちと一緒に王城へ向かう。

「コンマ二秒早いか。まあ、予測範囲内ね」

 私は常に計算している。だから予測が立てられる。

 今日の新聞を見た。

 北区での宗教の違いによる独立運動に端を発した内紛。

 それだけを見て、私はここに呼びつけられたのだと悟る。

 王城の、謁見の間にて。

 私とサイラス国王が向き合う。

 サイラス国王は白い髭をたくわえており、同じように白髪が目立つ長い髪をしている。赤と白を基調とした王族の衣服を羽織り、中肉中背でエリートといったところか。

「クレアよ。北区の紛争を止めてみせよ」

「私は止める術など持っていませんよ?」

 半笑いで応じる。

「一人の人間が反抗勢力を止められる訳がありません」

 私はさも当たり前のように言う。

 いくら天才でも、この世界を、ことわりを知る者のでも、不可能なことは不可能なのだ。

「じゃが、クレア嬢なら内乱の窮地からお救いくれるものかと……」

 サイラス国王は汗を垂らしながらお願いをする。

「まあ、武力制圧ならできるでしょうね」

「おお! やってくれるか?」

「いいですけど。私は前線にはでませんよ?」

「分かっておる。ではクレア=オールポートに命ずる。北区の紛争を止めよ。指揮権は貴殿に譲渡する。部下一千万を動かしてくれ」

「は。ご命令とあらば」

 私は深くお辞儀をすると、城を跡にする。


 ◇◇◇


 北区。二月十六日。

 アルザッヘルとトールポイの境界線上にある軍事テントに私はいた。

 そこには他にも六十名ほどの兵士が詰めている。

「この中で土を掘るのが得意な人!」

 私は気軽にそう呼びかけると、おずおずと手をあげる十名ほどがいた。

「馬術が得意な人!」

 おずおずと手をあげる三十名ほど。

 なるほど。なるほど。

 こちらの戦力は理解した。

 しかし、こちらに向けている援軍にしたって六千ほど。

 他は動かせない陣営だ。

 この国・ドールズでは多民族国家である。それ故に様々な価値観、考え、宗教、差別意識などなど。いろんな違いがあり、まとめ上げるために軍事力を利用している。

 私はそれを好ましくは思っていない。

 だが、わかり合うにも武力が必要な時代なのだ。

 それは分かっている。

 分かっているけど……。

「質問いいか? お嬢さん」

「なに? ヘンリー」

 驚いた顔をするヘンリー。

「俺の名前を?」

「知っているわよ。全員の顔と名前は覚えたから」

 ざわつく軍人たち。

「そ、それよりも。この質疑応答にはどのような意味があるんですか? いくらサイラス国王の命令とはいえ、全権を委ねるなど、正気の沙汰とは思えぬ」

「そうだ。そうだ!」「この命令は絶対におかしい!」「こんな小娘に!」

「あら。そんなことを言っていいのかな?」

 私は不適に微笑む。

「これより作戦を説明しようと思うのだけど?」

「……分かった。それを聞いてからにしよう」

 ヘンリーはすごすごと引き下がると、周りの軍人が声を上げる。

「まさか。この小娘に」「ヘンリー。おかしいぞ」「戦略のせの字も知らんぞ」

 疑いの声は晴れない。

「アンリー、ヘブン、セット。うるさい」

 私は名指しで叱ると、みんな息を呑む。

 本当に全員の名前を知っていると理解したのだろう。

「さて。今次作戦では――」


 ◇◇◇


「ははん♡」

 あっちの国ではクレアを指揮官に招いたのね。

 うふふ。嬉しいわぁ。

 妖艶な笑みを浮かべているハワード=アップルガース。

 赤い髪をなびかせて笑みを浮かべる。

「サリア。このまま攻めるのは得策ではないわぁ♡」

 ハワードはサリアと呼ばれる部下に言う。

「は。しかし、どうすれば良いノですか?」

「うふふ。こちらにも考えがある、ということねぇ♡」

 お姉言葉を使うハワードにたじろぐサリア。

「分かりました。ではハワード様のご意見を伺いたいです」

「いいわよぉ♡ でも戦略費、頂戴ねぇ♡」

「もちろんです」

 鼻にかかるような物言いに、苛立つサリア。

「戦略はこうよぉ♡」

 ハワードは地図を広げてしゃべり出す。

「部隊を三つに分けるわぁ♡ こっちの川下から渡る部隊と、こちらの川上から渡る部隊。そして橋を渡ってねぇ♡」

「しかし、この距離の川を渡るとなると、兵士が疲弊します」

「だから、今から言っているんじゃないのぉ♡」

「あ。休息の時間も、ってことですか」

「そうよぉ♡ 飲み込みの早い子は嫌いじゃないわぁ♡」

 サリアは身の危険を感じて身震いする。

「この中央の部隊は敵兵を退かせるわぁ♡」

「え。でも……」

「囮よぉ♡ このくらいのこと。分かるわよねぇ♡」

「は、はい!」

 左右からの挟撃に加えて敵兵を招き入れる。

 今回の作戦では全ての兵士が時間通りに動けば全て解決する――はずだった。

「ふふふ。全てわたしの計算通りねぇ♡」

 妖艶な笑みを浮かべて指揮をとるハワードだが、後にこの作戦により多くの兵を失うことになる。


 ◇◇◇


「しかし、あの女、大丈夫ですかね?」

 サイラス国王に訊ねる祠祭しさいのカーラ。

「ああ。大丈夫じゃ。彼女なら全てを解決してくれる」

 蓄えた髭を撫でるサイラス。

 彼女の顔を思い出す。

 金髪碧眼。

 さらさらとした金糸のような髪を結っている。くりくりとしたサファイヤ色の目は人なつっこいイメージを与えてくる。

 背丈は高くなく、女性の平均身長よりも低い。蒼と白を基調とした民族衣装。

 彼女は貴族のご令嬢というイメージであり、知識はありそうではある。

 が、所詮男社会。

 そこで彼女のような乙女が活躍する場などない。

 そう考える者は多い。

 女性に戦略は無理、と。

 男尊女卑。

 それが当たり前となっているこの世界で、彼女はどんな世界を見てきたのか。

 カーラはサイラス国王の意図をくみ取れずに困惑する。

「彼女なら任せられる」

 サイラス国王は静かにそう告げると、とある者と会うため、謁見の間へ向かう。

 カーラはその傍に寄り添い、一緒に謁見の間へ向かう。

「しかし、彼を呼んだのは何故ですか?」

 やはりクレアだけに任せるのが不安なのだろうか。

「あれは、有能なサポーターだ」

 サイラス国王は髭を撫でてそう呟く。

 カーラにはその真意が分からずに頭を抱えることとなる。

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