キャララララララララララララララララララ

@richokarasuva

数奇なる人生、崇高なる悪辣

 人生とは数奇なものである。しかしながらそれは死んだ後の人生の話。もしくは転生と言うべきだろうか。

 不肖ながら俺は、若くして死んでしまった。何かの悪意があったわけではない。人生で皆一度は経験する修羅場というやつ、「あ、死んだ」と一度はみんな思うことがあるだろう。

 そこで本当に死んでしまった。つまらない人生である。


 しかして、俺の魂はそこで消滅することはなかった。輪廻の輪を潜ることはなかったのだ。次に俺の魂の器になったのは───



 いつの間にか椅子に座っていた俺の目の前に、シルクハットを被った、20代半ばほどの若い男が微笑みを浮かべて立っている。


「魔人───本当に存在していたのか」


 魔人?と首をかしげる俺に、とぼけないでくれよ、と、コートの懐から出した手鏡を見せた。

 そこには喪服を着込んだ男がいた。糊の利いた、艶のあるジャケット、ワイシャツ、そして革の手袋。しかしその首に乗っていたのは、見慣れた俺の顔ではない。生物から違う、草食動物、山羊の骸骨であった。驚きのあまり、かぱりと口を開くと、鏡の中の化け物もかぱりと口を開く。


「うぇぇぇぇぇ!?」

「おや、やはり魔人が人の死体が原料というのは本当らしいね」


 仰天して椅子から転げ落ちる俺を見下ろしながら、若い男は興味深そうな笑みを浮かべる。というかこの男は絶えず笑みを浮かべているのだが、特に口角を上げた。


「魔人も最近は少なくなったからなぁ。土葬じゃなく火葬が一般的になって死体がそのまま残されるということはなくなった。それこそ、老人の孤独死じゃない限り、ね」


 辺りを見回せば、俺は本棚に囲まれていた。机には「約束は守る」と書かれた原稿用紙、インクの乾ききった万年筆、そして、一切れのケーキ。

 この部屋にあるいずれにも埃が積もり、そしてケーキにはびっしりとカビが生え、載せられたイチゴは傷みきっていた。


「その老人は私に金を借りていてね。再三取り立てたんだけど、中々返そうとはしない。最後に彼と会ったのは私がその誕生日ケーキを届けた時。彼はそれに目もくれず、一心不乱に筆を走らせていた。そして、ほんの片時だけ手を止めて言った」


『俺の絶筆ならそれなりになるだろう?』

『ええ、たしかにそれなりですが、それなりで終わりです。我々から借りたお金のほんの三割にも満たないでしょうね。足りない分はどうなさるおつもりで?』

『老人の足元を見やがってクソが。この家にいてもお前の悪評は外から聞こえるよ。モノの値段を釣り上げてるだの、政治と癒着してるだの』

『ご心配ありがとうございます』

『ヘッ、厭味ったらしいときたらありゃしねぇ。まぁ、そうだな、足りねぇ分なら』



「『魔人になって永遠に私に仕える』とね」

 にんまり、とそいつは口を半月型に開く。そして俺は理解した。革の手袋に包まれたこの手に温度を感じない理由を。そして俺の体(の前の持ち主)がどんな契約をしやがったのかを。



「聞くに、魔人は不死身で、体も丈夫だ。たとえ元が老人の肉体だろうと、普通の銃弾ならばその肉体には傷一つつかないだろね。体力という体力もなく、それどころか怪力。まさに無敵の存在とも言えるだろう」


 しかしながら、と男は続けた。


「その存在には約束事が必要だ。二人の人間の、心からのね。どちらの心にも疑いが合ってはいけない。そんなもの、廃れるに決まっているだろう。人の世にあまりにそぐわなすぎる。だがしかし、しかしだ!!君はここにいる。晴れて私は、この世で最も信頼することができる存在を手に入れたわけだ!!!」


 子供のように無垢な笑顔を浮かべ、足をばたつかせる男。その度に埃が舞い、彼の高級そうなコートやスラックスを汚す。


「あ、そうそうテストだテスト。それを僕に向けてそのまま引き金を引いてくれ」


 まるで旅行先で写真撮影をお願いするように軽いノリで、男が渡してきたのは拳銃だった。リボルバーには余すところなく銃弾が詰められている。躊躇う俺に、「さあ早く!死ぬならこの喜びのまま死にたい!!!!」と大の字で立ち上がった。


 俺は現代日本で生まれ育った男。銃なんて握ったこともない。だけども不思議なのは、それがやけに手に馴染んだこと。目を瞑ってもその扱いがわかる。


 男の胸。心臓があるであろう場所に銃口を合わせ、ハンマーを下ろし、思ったよりも軽い銃口を指で引き戻す───


 そこでくるりと俺の手首が180°、俺の眉間に狙いを変えた。動き出した指を止める訓練など俺はしていない。俺の体すらもその想定はしていなかったようで、意識の電気信号はあと僅か、指先に届くことは無かった。


「なるほどなるほど。謀反を起こそうとすればその武器はすべて君の方に向くということかな。ふむ、面白い。不可思議だ。まったくもって不可解だ」

「………」


 俺に当たった弾丸は、男の言うとおり、何の傷をつけることもなかった。銃声にかき消されながらも小気味のいい音が部屋に響き、弾丸は部屋を跳び回った後、壁に刺さってぽろりと落ちた。

 ちなみに痛みがないわけでは決して無い。めちゃくちゃ痛い。机の角に頭を打った時くらい痛い。


「さぁて、やることはやったからまずは───あったあった。コレだコレ」


 書斎の引き出しから、男は分厚い封筒を取り出した。


「それは───」

「これこそ、彼の絶筆、遺作だよ。これで借金の殆どは返済できるかな」

「おいさっき3割にも満たないって言ったじゃねぇか!!」

「借金取りの言葉なんて信じたほうが悪いのさ」


 歌うように言いながら、ほら、持ってくれよ。と男から封筒を渡される。男の言う通り、俺は怪力になったのだろう。そこまでの重さは感じない。しかしながらそれでも、物質的な重みではない、人生の重みのようなものを、俺は確かに感じた。


「そして君の存在でほぼ完済。むしろお釣りが来る。不死身、強靭、そして裏切らない。権力者がどれだけ金を積んでも手に入れるのは困難だろう。そしてそれを誠心誠意残してくれた彼の心にかけてそれくらいの価値はつけなきゃな」

「…それで、完済か?」

「いいや、もっと取れるところから取るさ」


 今からそこに行く。と、彼はドアを開け、スタスタと歩きだす。それを追いながら、俺は家のあちこちを覗いてみることにした。


 傷のついた柱。小さく数字が描かれているところから、子供の背を測ったものだろう。ゴミ箱にはなにかの瓶が山になって積まれ、キッチンにはマグカップと皿、そしてフォークだけがそれぞれひとつずつしか残っていない。そこに繋がっているリビング、食堂は書斎よりもずっと埃が溜まり、積み木や木の車などの玩具は時間が止まったかのように、遊んだままに置き去りにされている。


 狭くて、傷だらけで、そして何よりも悲しい家だ。確かにこれは決して金にはならないだろう。ずしり、と原稿の束が更に重く感じた。



「おいおい、早く来てくれよ」


 玄関からあの男が呼んでいる。感傷に浸るのもほどほどに、俺は駆け足でそちらに向かった。


 外に出ると、やはりここは日本ではないことを再実感した。皆が考えるヨーロッパの、石造りの街そのものが広がっている。今の時代、ランプ灯を使っているところがどこにあるだろうか。

 何より目の前に馬車が待っていた。個室のついた、豪華な仕様のそれである。

「ほら入って」と扉を開け、男がこちらに手招いた。それに連れられ、俺も中に入る。


 俺が腰を下ろすと同時に、馬車は進みだした。思った以上に揺れるが、不快という程でもない。


 しばらく無言の時間が続いたが、沈黙を破ったのは俺の方だった。


「そういえば、あんたの名前は何て言うんだ?それか、なんて呼べばいい?」

「ああ、忘れていたね。よりにもよって礼儀の第一歩を。全く、我ながら恥ずべき行為だ」


 男は帽子を外し、こう言った。


「ゴドリック。ゴドリック・メルチ。この世界で一番の金持ちにして───この世界で一番の嫌われ者だよ」



 馬車が次に停まったのは、そこから二十分程度走った後だった。「これに原稿を入れてくれないかい?」と鍵付きのトランクを渡され、言われたままに俺はそこにしまい込んだ。


 馬車の中にそれを置いていくのかと思えばそうではなく、そのまま持って、ゴドリックは馬車を降りた。


 俺も少し遅れて降りると、目の前にはそれはもう立派な屋敷が立っていた。金属の門扉に柵。その先には青々とした芝生に色とりどりの花壇。そしてそれをコの字型に囲い込む、それ一棟だけでも立派な建物達。無論セキュリティもしっかりしているようで、門兵が俺たちをじろじろと疑うような目つきでこちらを見やった。特に俺の方に。そりゃそうだろう。頭が山羊の骸骨の男がいたらそりゃ疑うだろう。


「ああ、我々はゴドリック協会からの代理人でして、ここのご主人さまに用があったのです。ほら、こちらにちゃんとサインもありますので。ああこちらの彼はお気になさらず。最近は物騒ですから、彼自身のために顔を隠させているのです」


 懐から書類を取り出し、門兵に見せる。ひどく達筆なサインと、その上に捺された赤い印。

 この世界の言語はもちろん俺の住んでいた世界とは全く違うようだが、それでもすらすらと読むことができた。体が覚えているというやつなのだろうか。


 それをひと目見た瞬間、門兵達の顔色が驚愕に変化するのを俺はしっかりと目にした。

 すぐに案内いたします!とすぐに門を開き、ひとりは俺達の先導をし、もうひとりは門のスミにあった電話の受話器を上げ、脂汗をてからせながら何かを連絡している。


 俺の身長の1.5倍程もある玄関が開く。そこにいたのは、真っ赤なドレスに身を包み、鮮やかな金髪をカールさせ、真っ赤でぶあつい唇に真っ白な顔。目はハの字に垂れ下がって、首元であろう場所にたぷたぷの肉を溜め込んだ、一言で言うとカエルのような女性。そしてその女性よりも背の低い、下腹の出た、ちょび髭の男。髪は禿げている。

 そのどちらも、媚びたような歪んだ笑みを浮かべて立っている。


「何でございましょうか突然?融資の件ならば…その、以前お話したとおりなのですが…」

「とっ、とにかく、中へ」


 通された応接室は、豪奢という他無い作りだった。大きな暖炉にアンティーク調のソファ、壁には誰のものかもわからない肖像画が何枚も飾られ、天井からはシャンデリアが吊り下げられている。

 俺は一応護衛という名目なのでソファには座らず、ゴドリックの背後で後ろ手を組んで、それっぽく立っていることにした。彼にメイドが紅茶を運んで来たところで、小太りの男のほうが頭に対して小さな口を開いた。


「えと、その、代理人様は今日は何の御用で…?やはり融資のことでしょうか…」


 揉み手をしながら、こちらを伺うように、ところどころ声を裏返しながらこちらに問うてくる。彼らがどんな人間なのか俺は知らんが、まぁ、あまり好まれる仕草ではないだろう。


「私の名前はアルスとお呼びください。ええ、その件についてではなく、とある借金のことなのです。そちらに引き受けてもらわなくてはならないものでして…」

「んな、私が、でございますか。我々はそんな…いえ、心当たりが無いと言えば嘘になりますが…」


 おいお前、勝手に保証人になったりしてないだろうな、と夫のほうが小突く。いいえそんなことするもんですか愚かしい。と唇を尖らせて妻の方が反論した。


 俺はこの二人、特に妻の方に違和感を持っていた。俺の推測が正しければ、件の作家の、元妻にあたる存在だろう。しかしながらあの暮らしぶりに満足するような存在には思えない。金を手にして変わってしまったのだろうか、と少し悲しい気持ちになる。


「あなた達はリベリオ・ピークという男をご存知でしょうか?」


 その名前を聞いた瞬間、二人の動きが静止した。


「え、ええ。知っていますとも。彼は稀代の作家と名高いですからねぇ…王家の勲章を固辞したことでも有名ですが、それが…なにか」


 知っている以上なのは彼らの様子からして明らかである。夫の方はしきりに額の汗を拭い、妻の方は真顔を維持しようとして目元をひくつかせている。


「これはここだけの話なのですが…彼は、死にました」

 無言のまま、夫妻は目を丸くした。夫の方はハンカチを額に押し付けたままこちらを凝視している。


「我々が先程、彼の死を確認し、そして彼の遺作を回収いたしました。遺体はすでに火葬に回しております。しかしながら彼は生前、借金をしておりました。彼は細々と返していましたが、膨らみ続ける利息にはとても足りず…しかし彼は決してその借金に見合うような贅沢な暮らしはしていなかった。むしろ貧しいとも言える。果たしてその借金は一体どこに消えているのか?」

「もしかして、アルスさん…私の杞憂なのならば良いのですがァ…。それが私に来ていると言うんじゃないでしょうねぇ…?」

 縋るような目で、夫はゴドリックを見上げた。ゴドリックは首を小さく横に振りながら、「残念ながら」とぽつりと言い、夫妻は顔を蒼白させた。


「どうやら彼の莫大な印税はそちらの口座に振り込まれていたようです。そしてあなた方はそれに手を触れないどころか、それを会社の運用資金、もしくはパーティに注ぎ込んでいたようですね?もしも一切手をつけていなかったならばお話は違ったのですが…」

「い、いえ!そんな!そんなことは一切しておりませんとも!!第一何か証拠が───」

「ええ、そちらの利用された銀行は我々の傘下となっておりまして。お好みの証拠をお出しすることができますよ」


 二人は何か返す言葉を探しているように、口をぱくぱくさせてお互いに目を合わせ、そして再度こちらを縋るように見つめた。彼は先程の、鍵付きトランクを見せながらこう言った。


「勿論、満額とは言いません。こちらには先程、彼の家から回収した遺作があります。かの大作家の絶筆。彼をよく知る人物であればある程に欲しいはずです。勲章を無下にされたことで体面上、王家との関係は決して良いものでは無かったはずですが、しかしながら実を言えば彼らにとっても無視のできない代物でしょう。この分を借金として充てることとします」


 にこり、とゴドリックが微笑んだ。その輝くようなスマイルは夫妻の恐怖心を溶かすのには充分だった。緊張していた彼らの表情筋が解け、頬は赤みがかっている。


「では、残りの分の8割をご返済いただきたい。彼はかなり無理な借金をしていましてね。正直この分では一切足りないのです。例え大作家であっても、現実というものは辛いもので」


 その輝くようなスマイルは、蜘蛛の糸を断ち切る釈迦のように、彼らにとって無慈悲の表情であった。「い、いくらに、いくらになる、の、でしょうか…」

 大作家の遺作で2割。明らかに嘘で、明らかに吹っ掛けている。


「ええ、56兆ヴァンルとなります」

「そんな無理なお金…!!」


 彼らの顔面はついに蒼白を超えて紫色になった。聞くだけでの数も恐ろしいが、彼らの反応からするにこの豪邸を持っていても恐ろしい金額なのだろう。


「いいえ無理ではないでしょう。貴方の会社を売ればよろしい。大丈夫、ここまで大きな会社を経営してきた貴方の手腕があればまた立ち直れるでしょう?そしていっそ別荘などという中途半端にでなく、まるごと澄み切った田舎に移り住んではどうです?きっと気分も晴れ、健康にもなれるでしょうから」


 妻の方は脱力し、ソファに体を委ね、天井を仰いでいる。夫は項垂れ、もう顔を上げる気力すらない。ゴドリックはと言うと先程よりも明るい声で如何にこの都会が薄汚れていて、住みにくい街なのか、如何に田舎が素晴らしいところなのかを軽快に説明している。


 人の後ろ暗さを喜々として食い物にし、一応の悪である相手を徹底的に苛め抜いている。そこに正義の心などあるはずもない。公開処刑のようなものだ。この男は悪魔が人の皮を被っただけの存在ではあるまいか?


「それでは、後日書類を送付させて頂きますね」


 そう言い残し、ゴドリックと俺は談話室を去る。二人は力尽きたように、眼球すらも動かさず、ただ無言で佇んでいた。




「なぁ、あの二人は一体何なんだ?ずっと違和感がこびりつく。体の持ち主のことは一切わからんが、それにしても───金を得たからって変わり過ぎじゃないか?」


 馬車に乗り込むが早いか、俺はゴドリックに捲し立てるように言った。この頭の中のクエスチョンマークを取り除くにはこれしか無いと思われた。


「話せば長くなるが、まぁ、話そうじゃないか。時間はあるからね」


 私の家まで頼む、と馭者に声をかけると、馬車はゆっくりと動き出した。


「彼、リベリオは若い頃、名の通った軍人だった。戦いの辛さを慰めるために始めた執筆活動だが、復員後彼は思い切ってそれを生業とした。恩給もあり、生活の殆どを文芸活動に費やすことができた。その時、彼には16になる娘、14になる息子、そして未だ3歳であったもうひとりの娘がいた。しかし恩給が打ち切られると程なくして、妻はその子らを連れて家を出てしまった。それか、彼自身が出ていくように促したのかもしれないが───それはわからない。中々芽が出ずに苦節10年。この中で私に金を借り始めた。他の金貸し屋からはすでに断られていたところを私が拾ったというわけだ」

「悪徳金融に捕まったわけだな」


 ふ、と彼は笑みを深くして、続けた。


「やっと彼の小説が世間に認められ始めた。同時に、埋もれていた過去作に対しても評価され、彼は徐々に名を上げていく。しかし彼が得た収益はすべて、彼の家族に送り込まれていた。私に金を借り続けて、彼は生活を続けていた。決して家族を呼び戻すことはせずに、まるで懺悔するようにね」


 ガタガタ、と、馬車の揺れが大きくなる。


「彼自身から聞いた話、数通だけ、離婚後に彼女から手紙が送られていたが、彼はそれをすべて捨ててしまったらしい。執着を捨てるため、だと言っていたけれど。その後、長女はさる資産家と結婚し、次女は父の後を継ぐように歴史学を学んでいた。実家に残っていたのは息子、妻、そして再婚相手であるあの夫。彼は小さな貿易会社を営んでいた。しかし業績はあまり良くなく、何度か妻に、リベリオから送られてくる大金を使わせてくれるように頼み込んだが、彼女は一切それに触れることを許さなかった。お気に入りのメイド、つまり愛人にそれを愚痴っていたらしい」


 勘の鈍い俺でも、だいたい話が読めてきた。「つまり───」



「妻は程なくして病死した。流行り病に罹ってね。息子も、次女も、長女も。そして当然のようにそのメイドは後妻の座に就き、それから、“妻”からの手紙は時折、リベリオの元に送られ続け、彼は莫大な収入をそのままに送り続けた。彼は何も知らずにまんまと金を送り続け、あの夫妻はその甘い蜜を啜り続けたというわけさ。ま、その分彼らからも好きなだけ吸い取ってやるけれどね。肥え太った良い豚だった。長く育てた甲斐があったわけだ」


 この男は全部知っていて、あえて知らないふりを続けたのだ。あの2頭を太らせて、食べごろに収穫するために。俺は悪魔であるとこの男を比喩したが、もしかするとそれ以上の、


「おや、怒らないのかい?」

 意外そうな顔でこちらを見るゴドリック。

「俺には怒る権利はない。さっきも言ったけど、俺は体の持ち主のことは知らないし、この物事の当事者じゃない。正義感でお前を殴るってのもあるかもしれないけど、だからと言ってお前はそのタチを直さないだろ?」

「勿論」

「じゃあ黙っておく。そもそもお前を殴れはしないしな」

「………そうか」


 彼は帽子を深く被り直した。いつしか、馬車の揺れは収まって、車輪と地面の擦れる心地のいい音が響く。

 俺はその音に耳をすませて、窓の外を眺めていた。







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