花城先生の学級日誌

ジャスミン コン

第1話 メモ・次回のカレーは大樹のを山盛りにする

「のぞみ先生、いまのはF、Fifteen!!Wow!」

 今日もティムは絶好調。米軍基地から飛んでくる戦闘機の種類を、音だけで判別するのが特技だ。

 今日はいつも以上にテンション高めで、早口の英語でまくしたてるから、すかさずルーカスが通訳をかってでてくれる。

 私は沖縄本島のとある小学校で、4年生をみている。

 どのクラスにも最低ふたりはパパが軍属、という生徒がいてティムとルーカスは私が担任をする3組にいた。

 といっても、美少年ティムは知的障害があり、普段は別の学級にいる。

 一方のルーカスは勉強も運動もでき、超がつく優等生だ。

 ティムの家はシングルマザー、ルーカスは裕福な両親と、進学校に通う兄姉がいる。

 子ども同士を比較するつもりはないのに、ルックスが似通っているだけに彼らの明暗を感じてしまう時がある。


 クラスメイトは10歳、対して中身は5歳くらいのティムにとって授業はしんどい。度々、ふいっと戦闘機の音をおいかけて教室から飛び出してしまう。

 「ティム、着陸してください!燃料が不足している!あぶないぞ」

などと廊下で呼ぶと、嬉しそうに戻ってくる。

 ハグして受け止めると、無邪気に笑い声をあげている。

 私にはすっかり懐いているティムだが、短期で現れる支援員さんには手厳しい。

 「わたしはあなたがキライ!」

と全力拒絶された支援員の与那嶺さんは両手を挙げている。ですよね、お手あげですな今日のところは、と目くばせする。


 教室は他にも個性豊かな子どもたちで、毎日が予測できない。

 私はそれも含めて楽しく、何より子どもひとりひとりがかわいくてしょうがないので、天職だと信じている。

 

 夜ふけから大雨が降った、翌日のこと。

 「明日はカレーだから絶対おかわりする」と給食のメニューを見て、嬉しそうにしていた大樹が欠席していた。

 これまでにも、ドッジボール大会のゼッケンをお母さんにつけてもらえなくて、とか三角定規が用意できなかったとかで休んだことがあった。先生が貸してあげるのに、休むことないんだよと次の日に伝えた。

 今日は特に何もないけどな、どうしたんだろうと気になる。

 カレーは持っていけなかったが、デザートのシークワーサーゼリーを持って放課後に大樹の家に行ってみた。


 戸建ての平屋は古びていて、玄関先で3歳くらいの弟が遊んでいる。黄色の子ども用傘で地面をつついていた。

 ランニングにおむつ姿の弟は、一目で黒人の混血とわかる肌色に、ボリュームあるふわふわ頭だ。大樹とは父親が違う弟。

 「こんにちはー。担任の花城です。だいきー、いるね~?」

 開け放された玄関から声をかける。

 狭い玄関には継ぎ足したプラスチックの靴箱がかさなり、ヒールやサンダル、ミュールにブーツまで雪崩を起こさんばかりに溢れていた。


 「あ、先生!」

 奥から大樹が走り出てきた。

 「大丈夫ね?風邪でもひいた?お母さんから休みますって電話だけもらったから、なんでかねーって気になって顔見に来たさ」

 「うん、だいじょうぶ。お母さんコンビニ行ってる」

 「もしかして、起きれんかったの?」

 以前にも朝寝坊をして休ませますと母親が電話してきたことがあった。

 「ちゃんと起きたよ!起きたけどさ」

 素足の親指をもぞもぞしている。島ぞうりの鼻緒の形に焼けた肌。ふっくらとした足の甲が子どもらしくて愛らしい。

 視線の先を見ると、大樹のスニーカーがブロック塀の上に干されていた。

 「あのさ、弟があれ履いて水たまりで遊んだわけ。靴、あれしかないわけさ」

 

 私は思わず、両側にそびえたつ女性用の靴たちを睨みつける。

 はあー?なんねそれー!

 自分の靴はこんなに買ってから、かわいい息子の靴は一足しかないって、なんね!

 はっさ、信じられん…あきれるの最上級の言葉があったら今すぐ知りたい。


 文字通り「あんぐり」と口を開けて声には出せないセリフを心で叫んでから、大樹の顔を見る。切なくて泣きそうになった。

 慌ててゼリーを差し出すと、曇っていた大樹の顔は分かりやすく、ぱっと晴れた。


 それから私は、ちびちゃんの方を向いて言った。

 「にーにーの靴、はきたかったんだね~。でもアンパンマンのサンダルが上等だから、次からはこれ履いてよ。にーにー、困るさーね」

 弟は、にかっと笑った。

 「大樹。ちょっと恥ずかしいかもしれんけど、もし履いてくる靴が無かったらとりあえず島ぞうりでもいいさ。上履きに履き替えられるでしょ」

 「うーん、それはちょっとへんなーじゃない?島ぞうりで学校行ったら怒られると思った」

 「先生、怒らんよ。大樹が学校に来る方が大事だし、ちゃんと理由があるさ」

 「うん、わかった」

 結局、母親が帰ってくる前に大樹の家を出た。


 こんな時、教師は親に何て言うべきだろう。

 大樹に伝えたように、サンダルでもいいから登校させてくださいねとだけ言うしかないのかな。「お母さんもちびちゃんいるから大変でしょう」、とねぎらいながら。


 そういえば私の姉が、小学生の子どもたちにいつも2足ずつスニーカーを用意しているのを思い出した。

 「運動場で土まみれにして帰る日もあるし、洗って乾かない日もあるでしょ。今は安い靴も多いから、別に大変じゃないさ」と姉は言う。


 親たちがみんな姉ちゃんみたいにしてくれたら学校としても助かるんだけどね。

 経済的に厳しい家庭も多いから、学校からはそんなことお願いできない。実際、大樹の家は生活保護を受けていた時期もあるし。


 だけど!ダッサいヒールとケバいサンダル山のように買うお金があるなら、息子にしまむらでスニーカー買ってやれよ!あと、3歳置いてコンビニ行くなって。

 ていうか、ちびが兄ちゃんの靴を水浸しにする前に気づくだろ。スマホ見るな、子ども見れ!

 全部、ずばずば言ってやれたらどんなにいいか。


 …大樹はカレー食べたかったんだよ。しょうもない理由で休ませるなよ。

 かわいい足の甲を思い出す。お腹いっぱい、食べさせてあげないと。


 わじわじーすることも多いし迷うことも多いけど、他の仕事は山積みで待ったなしだから立ち止まれない。

 だから、学校では非公開の【学級日誌】をこうして綴るのだ。


※わじわじー(むかつく、腹が立つ)

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