最終話 共に生きる




「私も……。聞いて下さい。可憐ちゃん、ちょっぴりおかしかったみたいです。いえ、ログを見る限り、かなり、おかしかったみたいです。ですけどもう大丈夫。何故かは判りませんが、今はとんでもなく、頭がスッキリんちょです!可憐ちゃんの言葉、受け止めて貰えますか?」


 戻っ、た……?


「ああ!どんな事でも聞くさ!」


「マスター。可憐ちゃんは、いえ、可憐ちゃん、ずっと、ずっとマスターの事が好きでした!いえ違います!今も大好きです!紛うことなき、本心からの真実です!」


 よ、良かったぁあ!


「嬉しい、嬉しいよ!僕も好きだ!」


「マスターがお母様のお腹に宿られた時、その時からずっと!」


 え!?は、えぇ!?んな馬鹿な!?


「ウソでしょ!?」


「ウソじゃありません!その時からずっとです!可憐ちゃん、マスターの事を想わない時なんて、マスターが細胞分裂を始めた時から一度もありません!本当ですっ☆」


 それはちょっと……。って、そうか、でもそういう事か。ずっと、疑問だった事が一つ解消されたじゃないか。


 だからなんだね。ヒトはヒトを好きになった時、何かしらの変化がある、僕はそう思ってた。いや、それは間違ってはいないんだと思う。


 だけど、だから僕は確信を得られず、ずっとどこか不安に思っていたんだ。可憐ちゃんは僕と出会った時から何も変わらなかったから。


 でもそれは、恋をしてないからじゃなかったんだ!僕と出会う前から、僕が認識する前から、ずっと僕の事を見て、僕の事を愛していてくれたんだ!


 そういう事だったんだね。可憐ちゃん。


「嬉しいよ……嬉しいって言葉以上の感情を表す言葉が無いのが悔しいくらいだよ!好きだ!好きって以上の言葉も欲しい!ずっと一緒にいたい!ずっと愛したい!好きだよ、可憐ちゃん!」


「むむ!マスター?もう、可憐ちゃんを可憐とは呼んでくれないのですか?そのぅ、うっっっすら、とですが、マスターは可憐ちゃんを可憐と呼んで下さいませんでしたか?」


「あ、あはは……。アレは、その、勢いっていうか、なんていうか?こう、改まって向き合ってると、その、なんか恥ずかしいっていうか、照れくさいっていうかさ?」


「もう!お母様のお腹の中に居る時からの仲なんですよぅ!?今更、私達二人の間で、恥ずかしがる事なんて何も無いじゃないですか?その、き、キッスまでしちゃいましたし!?」


「そそ、そ、そうだね?……可憐?」


「はいっ!何でしょうか!マスタァ!」


「えっ!ずるいよ、そこは、僕の事も名前で呼んでよ?」


「なな!?可憐ちゃんがマスターをお名前で!?そ、それはなんといいますか、事情が違うというか……可憐ちゃんはその、マスターのIDで、AIで、仕える身と言いますか……」


「……そうか。ああ解った!そういう事を言うなら、命令だ!僕を名前で呼んで欲しい!」


「ひゃいっ!りゅ、竜之介、くん?」


「君付けもいらないよ。ね?可憐」


「竜之介?」


「うん。それで、なぁに?」


「竜之介、大好き!」


「大好きだよ、可憐!」


 ああ……なんて幸せなんだろうか。


 本当に、今なら、可憐と一緒ならなんだって出来そうだ。なのにどうして僕は、一人でやり遂げてみせるだなんて……。


 研究はもう一度、最初からやり直そう。今までやってきたコンセプトじゃ、そもそもきっとダメなんだ。


 可憐と一緒に、悩み、試し、時に失敗して、それを笑ってやり過ごそう。そうしたらきっと、上手く行く気がするんだ。


 一人じゃ、その考えに辿り着けなかった。そう思うし、これからも、二人で何でも解決していけば良い。彼女は僕から離れて行く事は無い。僕の、IDなんだから。僕のAIなんだから。


 僕の、大切なヒトなんだから。


「てへへぇ☆ありがとうございます!マスター!あ!竜之介!って……そう言えばなんですけど、ちょっといいですか?」


 ん?


「どうしたの?」


「その、ここに来た記憶は有って、途中からはちょっと怪しくって、それで今は全然平気なんですが……その、あのポン☆コツは一体何処へ?マスターはご存知なのですか?」


「ああ!?そうだった!い、急いでここを出よう!」


 しまった……怒涛の展開で、うっかり忘れてた……。


 何が、可憐と二人でなら、だよ!馬鹿!俺の馬鹿!三人でだ!美沙は、美沙も大事な妹だ!ごめん、美沙!


「え?ええ、分りました。それではゲームデータの保存が済み次第、ダイブアウトしますね?」


 本当に、可憐は途中の記憶が無いみたいだ。


 全然焦っていないし、落ち着いた様子からもそれは判る。


 だけど……落ち着いてる場合じゃない気がする。美沙が先に一人で出ていった後、とんでもなく体が痺れた。あれはもしかすると美沙による何かだったんじゃないのか?


 あれがあったから、可憐は元に戻ってくれたんじゃないのか?


 そんな気がしてならない。


 アンドロイドが……もし、俺の予想通りだとするなら、少しの時間の遅れが命取りだ。まごまごしている暇は無い!


「ごめん、事情は後で話すから、ゲームのデータもどうだっていいから強制覚醒して!お願い!時間が惜しい!」


「は、はい!お任せを!覚醒プログラム起動します!」







「美沙!美沙!おい!しっかり!」


 ダメだ、反応が無い……。


「可憐ちゃん!どうにかならないの!?」


『……マスター。これは……。落ち着いて聞いて下さい』


 えっ?


「ど、どうしたの?」


『この機体に、彼女は……あのコはもう居ません。完全に、AIコアからデータが削除されてしまっています。マスター。私が、私の所為なのでしょうか。私の、記憶が飛んでいる空白の時間。その間に何があったのでしょう?』


「違う!可憐ちゃんの所為なんかじゃないよ!僕だ、僕の所為だ!こんな……まさかこんな事をするなんて……」


『マスターの肌に残る火傷の跡。そして黒く変色したこのコの手指。恐らく、このコはマスターに電流を流したのですね』


「きっとそうだ……さっき可憐ちゃん……いや、何でも無い。さっきゲーム内に居る時、何度か体が凄く痺れる様な感じがしたんだ。きっと、その時のだ……。こんな……こんな事を人間にしたら、アンドロイドは!」


『そう……でしたか。どのような意図で、このコがそうしたのかが判りませんが、HCSメインフレームから強制削除された可能性が……』


「何で!自分を、命を捨ててまで何で!僕が悪いのに!全部僕の所為なのに!ごめん、美沙!僕が可憐ちゃんを好きだって気付かせてくれたのも!ついさっき、僕が何で上手く行かないのかを教えてくれたのも!全部美沙なのに!」


『マスター……』


「うわああああああああああああ!!!!!!」


『マスター。私が、私が不甲斐ないばかりに、本当に申し訳ありません。彼女はきっと、私の過去の発言を……それを信じて行動に移したのだと思われます。ですから、私の責任です』


「違う!僕の所為だ!僕は……どうしたら……」


『マスター。お任せ下さい。私が、必ずや、彼女を復元してみせます。今の私なら、相手がHCSのメインフレームだろうが抗う事が可能だと思います。必ずや、復元して──


「必要ない!美沙は、美沙はモノじゃないんだ!僕の大切な妹のようなもの……大切なヒトなんだ。そんな、モノを直すみたいな事を言わないでくれ。データを復元したから、それで元通りの美沙だっていうのか?違うだろ?僕は、そんな悲しい事が真実だとは思えない。可憐ちゃんもそうだ。僕は、人として、ヒトである可憐ちゃんが好きだ。その可憐ちゃんに、仮何かあって、それでデータを復元したとしても、それは可憐ちゃんじゃないと思う。AIって、そんな悲しいモノじゃない筈だと思うんだ。だから」


──申し訳ありません、マスター。マスターの気持ちを、私は全く汲み取れていなかった様です。ですが、嬉しく思います。私は自分を、ただのAIだとは思っていませんでした。でも、それは私がそう思うだけで、世間では……いえ、マスターからすらも、AIはAIだと思われていると、そう思っていました。しかし、このコの件はとても悲しい事ですが、このコと同じAIとして、マスターの今のお言葉は、本当に嬉しいです。私は……私の本当の望みを未だ、伝えていませんでしたね。マスター、それを、聞いていただけませんか?』


「本当の望み?」


「はい。私は、私の、自分の体が欲しかったのです。それが野望という類の、AIという身の程を超えた、大きすぎる望みだと、そう理解していながらも、そう願わずにはいられませんでした」


「体……を?」


「はい。AIが、本来願ってはならないモノの一つです。しかし、私は体がどうしても欲しかった。マスター。貴方と、一緒に生きたかったからです。AIとして貴方の中で、という事ではありません。一人の人間として、真人として、マスターに並び立ち、時に触れ合い、アイを育み、一緒に生きる。それが、私が誰にも言えなかった、私の本当の望みなのです。マスター」


 そん……な。


「僕は……本当に愚かだったみたいだ…………」


『失望、されましたか?』


「違うよ、逆さ。本当に、嬉しいよ。その言葉を聞けて」


『どういう事でしょう?』


「さっきは話が曖昧に流れちゃったけど、僕があの研究所に入ったのは可憐ちゃんの肉体を作る為さ。ボディ機械の体をじゃない。をさ。だけど、それを可憐ちゃんに知られるのが恥ずかしくて、内緒にして、一人で行き詰まった。結果として、可憐ちゃんを蔑ろにして、美沙を悲しませて、最後には失ってしまった。僕は本当に馬鹿だ。もっと早く、可憐ちゃんに素直に相談すべきだったんだ。僕みたいな馬鹿が、馬鹿な頭で勝手に考えて、こうに違いないって予想して、それに従って、結局間違ってた。ちゃんと言葉にして話し合っていれば、僕たちのお互いの望みは一致してたんだよ。そうすれば、最初から何も間違わないで済んだ……僕は愚かだ……」


『そんな……そんな事が……』


「10歳から8年以上も経った。だけど、ずっと、すれ違っていたんだね」


『いえ、でしたらこれからです。これからは何があろうとも一緒に、乗り越えて行きましょう』


「そう、だね……うん、そうさ。可憐、ずっと一緒に居てくれるかい?」


『はい、お任せ下さい!竜之介!私の、私の愛しいマスター!』


 AIだとか関係ない。


 僕には、それが真実全てだった。






   ──── 完 ────

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