第13話:意見の相違

リジィ王国暦200年5月20日:ロッシ侯爵家王都屋敷


(ほう、これは、これは。

 念話と言うべきか心話と言うべきかは分からないが、新鮮な感じだな)


(ほう、全く動揺しないとは、流石俺様が見込んだ男だけはある)


(私を見込んでくれたのはうれしいですが、そもそも貴方は誰なのだ?)


(俺様は叡智の精霊だ。

 数百年ぶりに聖女の才能を持つ娘を見つけたので、助けてやっている)


(話の前後を考えると、アリア嬢が聖女候補なのですか?)


(そうだ、アリアが聖女候補だ。

 アリアの美しい歌声は、心正しき者の傷を癒し、時に死者すら蘇らせる。

 その歌声を聞いただけで、鳥は聞き惚れて飛ぶのを止め、獣は争うのを止め、草花は花を開いて実を結ぶだろう。

 天上の神々すら魅了して地上に墜落させるかもしれぬ)


(大げさと言いたいところですが、今まで経験したことのない心話という技と力の持ち主が言うのです。

 信じない訳にはいきませんから、悪事でなければ協力しましょう)


(それは助かる。

 では、アリアに試練を与えてやってくれ)


(試練、女性を危険に晒すなど、男として認められんぞ!)


(危険?

 お前が命の危険を感じる事などあるのか?

 随分と多くの安全策を講じているが、その場しのぎでも死ぬことはないだろう?)


(俺は石橋を叩いて壊すと言われるほど慎重な性格なのだ。

 危険は、できるだけ遠くにある小さい内に摘む性分なのだ)


(そこを今回だけギリギリまで我慢してくれ。

 アリアが傷つくまで待てとは言わない。

 アリアを守ろうとするロッシ侯爵家の家臣使用人が傷つくまで待ってくれ。

 そうすれば家臣使用人を救おうとしてアリアが覚醒する)


(黙れ腐れ外道!

 叡智の精霊だと、悪魔の間違いだろう!

 アリアを守ろうと命を賭ける者達が死傷するのを見逃せるか!

 そんな事をしなければ覚醒しない聖女なら、覚醒しなくて結構!)


(おい、こら、待て、俺様は神々に匹敵する力を持つ叡智の精霊様だぞ!

 返事をしろ、こら、おい、無視するな)


 レオは叡智の精霊を完全に無視した。

 善良な人々を死傷させてまでして、聖女を覚醒させなければいけない必要性を、レオは全く感じていなかった。


 叡智の精霊が選ぶほどの才能と力があるレオことレオナルドだ。

 治癒魔術を使わせたら聖女に匹敵する、いや、聖女を超えるだろう。

 その場にいない者を救う薬草の作製技術も、両大陸随一だろう。


 それだけの知識と技を身に付ける為に、アウフィディウス帝国の皇太子という身分にあるのに、大陸連合魔道学院に留学していたのだ。


 まあ、皇位継承争いによる皇族と外戚の終わりなき殺し合いに嫌気がさしたのも、大陸連合魔道学院留学理由の1つだが。


 生れてからこの方、刺客に殺される恐れのない日は1日もなかった。

 有り余る才能と前世の知識があったとはいえ、幼い頃には何度も死にかけた。


 猛毒の塗られた剣を腹に受け、生死の境を彷徨った事もある。

 アリアのように毒を盛られて激烈な痛みに七転八倒した事もある。


 そんなレオだからこそ、アリア嬢には心から同情していた。

 同情するアリア嬢に救いの手を差し伸べている時に、アリア嬢を救ったと自称する正体不明の存在に、アリア嬢の味方を見殺しにしろと言われたのだ。


 同意する奴などいるはずがない。

 叡智の精霊と名乗りながら、そのくらいの人間心理も見抜けていない。

 精霊ではなく悪魔の可能性があると本気で疑っていたのだ。


「大使閣下、ロッシ侯爵閣下、どうやらマッティーア王子が王家近衛騎士団と一般騎士団を総動員して襲ってくるようです」


「「なっ?!」」


「そんなに驚く事はないでしょう。

 先ほども言っていたように、王に殺される前に、先に弑逆して権力を手に入れただけの良くある話ですよ」


「どれくらいの軍勢で襲ってきているのですか?

 せめてアリアだけでの逃がしてやりたいのですが、無理でしょうか?」


「アリア嬢をここから逃がすほど危険ではありません。

 私が攻撃魔術で皆殺しにしてやります」


「閣下、レオ閣下。

 まさか、王都を紅蓮の炎で焼き払う気ですか?!」


「何の罪もない王都の幼子まで殺すのは胸が痛むので、少々面倒ではありますが、襲ってきた連中だけを叩きのめします」


「それはありがたいです。

 焼け野原になった王都では、占領しても旨味がありません」


「大使、リジィ王国に皇族を迎え入れて、新たなアウフィディウス氏族系王朝を開く気なのかもしれませんが、そんな事は私が許しませんよ。

 この喧嘩はウァレリウス氏族のロッシ侯爵家が売られたのです。

 そして私が助太刀を約束したのです。

 アウフィディウス皇室の介入は私が全力で阻止します」


「……そのような事ができると本気で思っておられるのですか?

 皇帝陛下の御力を軽く見ているのなら、ただではすみませんよ」


 大使は皇太子の言う事でも聞けないと思ったのだ。

 次代の皇帝陛下であろうと、当代の皇帝陛下には逆らえない。

 その気になれば、皇太子の座から叩き落せるだけの権力が皇帝陛下にはあるのだ。


「その程度の洞察力でよく大使に成れましたね。

 それとも、今回の件に9カ国が係わっている事を忘れたのですか?

 いくら宗主国の皇帝でも、他の8カ国を無視して、自分の子供や弟を王に据える事などできませんよ」


「それは、その通りでした……ですが宗主国という立場を前面に押し出して、少々強引に行けば、やれない事ではないと思うのですが?」


「それでどれくらいの利があるのですか?

 出る損害と手に入る利益、どうすれば1番利が多く損が少ないか、考える事もできないほど無能なのですか?」


「……ロッシ侯爵家を王族にした方が良いと申されるのですか?」


「それは本国におられる皇帝陛下や大臣達とよく話し合われればいい。

 ただし、この件に大陸連合魔道学院が助太刀している事は強く伝えてもらいたい」


「……分かりました、そうさせていただきましょう」


「さて、では、敵軍を壊滅させましょう。

 我に敵意を向ける者達を全て滅せ、千槍万剣風!」

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