三十六、悪い者

 いくつかの馬車に分乗してシャルムの街に戻ったときには、すっかり辺りは暗くなっていた。

 魔女を助けるために森に行きそして帰ってきた住民たちを迎える眼差しはけっして一様ではない。皆の無事な姿を見て明らかに安堵した者もあれば、好奇心を見せながらしかし関わることを避けようと、薄く開けていた戸や窓をパタンと音を立て閉める者もある。

 華々しい歓声などなかった。

 明らかに歓声だとわかるような声はどこからも聞こえてはこなかった。

 かといって表だって彼らを批難するような声も聞かれなかったから、リッドはひとまずほっと胸をなで下ろした。この場にユイルがいたならば、いくらか空気は違っていただろうか。そしてそれは今のこの状態に比べて良いものだったろうか、悪いものだったろうか。そんなことを思いながら、サージュや街の人たちの疲れ切った顔を順に眺めた。

 帰還した者たちの中にユイルの姿はなかった。

 森を発つ際にユイルだけが別の馬車に乗せられた。そこまでは確認できたが、それ以降、彼女の姿は見ていない。位の高い人間が使うような豪華な箱馬車をあてがわれたのだからきっと悪い扱いを受けたりはしていないのだろうと思ったが、それでもやはり何が起きているかわからない以上心配なことには変わりなかった。

 リッドは馬車の揺れにすっかりやられてしまった腰やら何やらをさすりながら王城のある方を見つめた。

 と、その視線を遮るようにラパスがリッドの前に立った。

「忍び込むなんて馬鹿なことは考えてくれるなよ」

「それなら君が彼女のところまで案内してくれるかい?」

「そうだなあ」

 勿体ぶるような口調だ。

 このやりとりはすっかり予測してあったようで、ラパスは表情をひとつも変えることなく、

「残念ながら謁見の許可は魔女にしか出ていないから、控え室で待機するしかないが」

 それでもいいかと視線を投げてくる。それに対するリッドの返答さえもわかりきっているのに、そう尋ねるのがラパスという男だ。

 それで構わない、とリッドが返したのとほぼ同時。ラパスは王城の方角へと歩き出した。

 続こうとしたリッドをサージュやマルシャンが呼び止める。自分たちもと言い出しそうな顔色をしながら「あの子を頼むよ」とリッドの手を握り、そして肩を叩いた。

 いつものリッドならば「まあ、僕に何ができるかわからないけれど」などと言い紛らすのだが、この時ばかりは任せてくれと素直に答えた。

 そうして王城へと向かったわけだが。

「本当にここは控え室なのか?」

 王城の門をくぐって間もなく、リッドは友に不満をぶつけることとなった。

 控え室だと言って通された部屋は、番兵の詰め所のような小さく簡素な部屋だった。石の壁の冷たさとそこにこもる湿気が不快だったから眉をしかめたのではない。その部屋がある場所が納得いかなかったのだ。外から見た王城の大きさから考えれば、謁見の控え室というにはあまりにも端の端すぎる。

「誰が謁見のための控え室だなんて言った」

 ラパスは悪びれもせずそう言った。

「じゃあ何の控え室だと言うんだ」

「俺たち下っ端役人の控え室さ」

 外側から中心に向かって層のようになっているシャルムの王城では身分や階級によって立ち入れる範囲が異なるらしい。

「君は宰相閣下とやらの使いなんじゃないのか」

 馬車で聞いた話を思い出しながら言った。

「使いでもあるが、普段の役人としての身分は高くない。当たり前だ。ここに来てまだ五年しか経っていないんだからな。しかしここまで入れるというだけでも十分『特別』なんだから、そんなに不満そうにするなよ」

 ラパスは言って椅子に腰掛ける。

 しばらくはここでおとなしくしているしかないということか。リッドはため息をつきつつ、小さな机を挟んで彼の向かいの席に腰を下ろした。

 ラパスは何も言ってこなかった。

 馬車であった問答にはまだ答えが示されていなかった。『たばかったのは、誰だ?』という問いに彼は『誰をと考えた方が答えに近づけるかもしれないな』と返しただけだった。

 答えとは何か。

 武功を仕立て上げるため悪しき魔女という偽りの敵を創作し、人々を欺き、国に混乱をもたらした。

 ラパスの話の中で明らかにされた衛兵隊の隊長の罪とはそういうことだった。功を焦った男が、真偽もろくに確かめず、西の大陸の男の言うままに魔女を悪い者と決めつけたのだという。

 それが今回の謀の顛末だと。

 しかしそうとはとても思えなかった。

 あまりにすべてがきれいに収まりすぎた。都合がよすぎたと言ってもいい。

 王室御用達の更新審査のためユイルが表に出ざるを得なくなったこと。時同じくして魔女に恨みを持つ男がこの国を訪れたこと。その男が、二百年の間隠れ続けてきたファブールの魔女の生き残りがいると感づいたこと。衛兵隊の隊長ともあろう者があっけなく騙されたこと。国民も初めて見るような火消し用のポンプ車が何台も準備されていたこと。そして、今日二百年ぶりに姿を現したユイルのことを、国が『悪しき者ではない』と断言したこと。

 功を焦った男の企みだったと言っておきながら、ラパスが伝える一部始終は、他に真実があるのだと見せつけているようだった。今回の筋書きを用意した者とその理由に――『答え』にたどり着いてみせろと挑発しているようにも感じられた。

 それでリッドは『謀ったのは、誰だ?』と問うたのだ。リッドの問いかけは、純粋に答えを求めたものではなかった。「君が首謀者なんだろう」と、いわばラパスを問い詰めたつもりだった。しかし、その推理では足りないと言わんばかりに彼は例の言葉を投げたのだ。

 誰を、か。とリッドは頭の中で呟いた。

 呟いてはいくつかの顔を思い浮かべ、『答え』とやらと結びつけてみる。幾通りも組み立ててみても、最後の最後で首を傾げる結果となった。

 隣室から鳥の鳴き声が聞こえた。

 からくり時計の鳥の鳴き声だ。ひとつ、ふたつとその数を数える。窓のない部屋のため気づかなかったが、夜はいっそう濃くなっていたようだ。

 いい加減答え合わせをしないかと、切り出すタイミングをうかがっているのは自分だけだろうか。リッドはわざとらしくキョロキョロと室内を見回したりしていたが、やがて観念して机の天板をトンと指で打った。そうしてラパスの注意を引きつけてから、ここまで考えてきたことを打ち明けた。

「『誰が』も『誰を』も、その先にある目的も、僕はそう遠くないところにたどり着いているのだと思う。だけどどうしてもわからないことが二つあるんだ」

 ラパスは何も答えない。穏やかな顔でリッドの言い分を聞いている。悪くない反応だと思い、リッドは続けた。

「『誰を』というのは、衛兵隊の隊長をということではなくて、どちらかと言えば、きっと僕やユイルや街の人たちだったんだ。君は――君はある目的を果たすため、僕らを欺き誘導した」

 ラパスは黙ったままだ。

「『奇跡の光景』のため、だったんだろ?」

 ラパスの眉がぴくりと動いた。

 ヒトと魔女、或いはヒトと獣人という間でならば関係は成り立つが、魔女と獣人やまたは三者となると支配を伴わない関係は成立しないというのが常識であった。

 だからラパスは、あの森の前に集った者たちの姿を『奇跡の光景』と呼んだのだろう。そこまで大袈裟な表現を使わないまでも、リッドもそうだと思った。

 その光景をつくり上げるために謀略を巡らせた者がいる。それはもちろん衛兵隊の隊長などではない。きっと、名も知らぬ西の大陸の男でもないのだろう。

 『誰が』と考えて真っ先に浮かんだのは、友の顔だった。そして彼と目的を同じくする者がファブールの中枢にいて、そのおかげで今回の企みがつつがなく進められたのだと、そんな結論にリッドはたどり着いたわけだ。

「兵隊長の男は、街の人たちと魔女とを繋ぐための道具だった。魔女の生き残りを容赦なく排除するような『悪者』役に配置されたんだ。そういうものがあれば人々はユイルに同情し手を貸すだろうから。二百年の空白なんてどうってことなくなるって思ったんだろ。実際君たちの思惑通りになった。さらに僕が加われば、それで『奇跡の景色』とやらは完成だ」

 違うか、とリッドは問う。

 ラパスはなおも答えない。瞬きをひとつ。呼吸はあくまで静かで規則正しく。何を投げかけても、答えはない。リッドの顔をじっと見ているだけだ。

 リッドは重たい息を吐いてかぶりを振った。

「僕にはわからないよ。『奇跡の光景』とやらを否定するつもりはない。だけど、ここまでする必要があったのか? こんなひどい策を用いる必要が、本当にあったのか? 君たちにとっては、そうまでして手に入れなければならないものだったのか?」

 リッドは自分の発した声の音色に驚いた。静かに淡々と、疑問をぶつけるつもりだったのに、実際に自分の口から出たものは今にも泣き出しそうな情けない言葉に聞こえた。

「そこまでしなければ、共に生きていけないものなのか」

 抑えきれず続けた台詞で、情けなくなった理由がわかった。自分の事情と重ねてしまっていたのだと気づいて、リッドは唇を噛んだ。

 それに対する同情のつもりか。ラパスはようやく答える気になったようで、ひとつ頷いてからリッドの顔を見つめ直した。

「ひどいってのはどのことを言っている? 魔女の生き残りがいることを知っていながら黙っていたことか? お前に魔女の相手をさせたことか? 衛兵隊の隊長に嘘を吹き込んだことか? シャルムの奴らが森を焼きに行ったかもしれないと、魔女を煽ったことか? もう一度よく考えてみろ。それは本当に、『ひどいこと』だったか?」

 自分の仕業だと認めるような発言であるにも関わらず、悪びれもせずフンと嗤う。

「……君は自分を正義だと言うのか」

「結果的にファブールの魔女は民に受け入れられた。ついでにお前の呪いも解けた」

「森を焼く必要はあったか」

「焼き尽くされたわけじゃない」

「衛兵隊長が罪を着せられているのはどうだと言うんだ」

「得体の知れぬ相手を信じ切り魔女を敵だと決めたのは奴自身だ。自業自得というやつだな」

 何を言っても、斬り捨てるような言葉が返ってくる。

「それなら西の大陸の男というのはどうなる。その男というのはおそらく僕らの国の――」

「さあ、知らないな」

 ラパスは口もとを歪ませ嗤うだけで、そのことについてはそれ以上触れようとしなかった。

 代わりにリッドの疑問に一つ答える。

「手を取り合って共に生きるためなんて、そんなお花畑みたいな理由で『奇跡の景色』を求めたと思ってるのか?」

 ラパスが足を組み替えた。

 上になった足の先を見つめるようにしながら一拍の間を取ったかと思うと、何に対してか、ふふと小さく笑った。

 そうしてから言うのだ。

手に入れようとしたのは、強い国となるためだよ」

 ラパスの声色は、怖いくらいに落ち着いていた。感情がこもらないような平坦な言い回しなのに、これでもかとどろりとして禍々しかった。

「魔女の知識と魔法、獣人の力強さ、ヒトの適応力が揃えば、どこよりも強い国になれる。昔から言われているのに未だかつてどこの国でも実現できていない『奇跡の景色』だ。しかしお前やあの調合屋を中心にしてもっと多くの魔女と獣人を集めることができれば、けっして夢の話ではないんだよ」

 ラパスの演説にリッドは唾を飲み込んだ。

「そんなもの――」

「必要なんだよ。他者に奪われないための力が。が」

 そう言ったラパスの瞳はリッドをとらえながらしかし別のものを見つめているようだった。

 きっと、故郷を見ているのだ。

 ラパスの最終的な目的は、『奇跡の景色』を手に入れて故郷を取り戻すということなのだろう。

「この国がそんな力を手にしたとして、君の願いまでを叶えてくれるなんて保証はどこにもないじゃないか」

 利用されているだけかもしれないぞと諭しても

「一歩でも前に進まなければならないんだ。故郷に近づくかもしれないなら、何でもやってやるさ」

 ラパスは笑った。

 彼はあくまでも故郷のあの場所にこだわっていた。それはやはりリッドには理解できないことだった。ここに来るまでにした決心は――「一緒に食事がしたいんだ」と伝えるだけのその決心は喉の奥で小さくしぼんでしまう。

「故郷のためというのならなおさら、こんな手は使って欲しくなかったというのが僕の感想だよ」

 代わりにそう言うのが精一杯だった。

「仕方ないだろ。この国の歴史を考えれば、そうした方が都合がよかったんだ」

「この国の歴史だって?」

 どういうことか問い詰めようとしたところ、ラパスはリッドの問いを跳ね返すようにわざとらしい大きなあくびをしてみせた。

 まだ終わらないのかと愚痴りながら、今度は大きく両肩を回した。

 謁見のことを言っているようだ。

「どんな話をしていると思う?」

 ラパスがいたずらな表情で投げかける。

「どんな話ってそれは――」

 言いかけてリッドは顔を強張らせた。

 謁見の様子を思い浮かべ、王本人なのかもしくは代理の者なのか知らないが国としてユイルに言い渡すだろう言葉を想像して、「ああ」と声を漏らした。それは自分の無能さを嘆く声だった。どうしてそんなことがわからなかったのか。二百年ぶりにファブールの魔女を迎え入れようとするこの国が、第一に何をするかと考えれば、よく考えてみれば、それしかなかったのだ。

 『誰を』という問いの答えは思いのほかわかりやすいところに転がっていた。

「なあ、リッド。そろそろ、ひどい策を用いる理由ってやつの答え合わせをしようじゃないか」

 今さらそんなことを言う。ラパスの視線は部屋の外を気にしていた。

 真似てそちらに気を向けてみれば、何やら慌ただしい足音と控え目な話し声が聞こえてくる。

 それは段々に近づいて、あっというまにリッドたちのいる部屋に飛び込んだ。

 ノックもなしに現れたのはユイルだった。

 喜びと困惑とが入り混じったような顔をして、飛びつかんばかりの勢いでリッドのもとへ駆け寄った。付き添いの兵士が困ったような態度を見せながらもそれを許したのが印象的だった。




「リッド、あなた人間の姿に戻れたのね」

 真っ先にそんなところに関心を寄せた。

 そうしてから、街の人たちは無事なのかと尋ねる。「みんな疲れてはいたけどね」と軽い口調で彼らの様子を伝えるとユイルは安堵した顔を見せた。

 廊下に控える若い兵士は、三人を見張るようなことはしなかった。形式上そうしなければいけないというだけのようで、扉を開け放つよう強要したりもしない。

 夜が進むにつれひやりとした空気が広がり始めた部屋の中、リッドとユイルとラパスは互いに互いの様子をうかがっていた。

 ユイルの表情がやわらいでいたのは本当にわずかな間だけだった。険しいとまではいかないが、緊張のせいで眉間は少し狭まっていたし、口もとにも力みが見える。

「王と、話してきたわ」

 ユイルは言って、リッドと視線を合わせた。

「今回のことは功を焦った衛兵隊長が仕組んだ企みだったって、説明と謝罪があった」

 王の前に呼ばれたユイルが告げられたのは、リッドがラパスから聞いた話とほぼ同じ内容だった。

 兵隊長の企みと暴走。

 それを事前に阻止できなかったことに対しての謝罪。

 それらに付け加えるように、リッドがまだ聞かされていなかった国側の事情というものが言い訳のように披露されたのだという。

 国は実はユイルの存在を知っていた。

 というのも、知ったのはつい一年ほど前のことで、一昨年亡くなった前宰相の遺品の中に二百年前のことを記した書物があった。真偽の確認と同時に、生き残りの魔女をどう扱うかということが内々に話し合われていたが、その結論が出る前に今回のことが起きてしまった――というのが国側の言い分だった。このような事態を招いたのは国の対応が遅れたせいであると、彼らの謝罪というのはそういうことだった。

 しかしどこまでが真実か。ラパスの共謀者とも言える者が国の中枢にいるのは確かだから、リッドは話半分に聞いていた。

「それで、陛下からはなんと?」

 ラパスが話を進めようとする。

 どうせ君は知っているんだろ、などと言いたくなったがリッドはそれを飲み込んでユイルの返答に注目した。二百年ぶりにファブールの魔女を迎え入れるために、国はまず何をするのか。ここから答え合わせが始まるのだ。

 ユイルは小さく頷いてから言った。

「二百年前の過ちを正すために、正しい歴史を国民に公表するって。それでファブールに生きた魔女たちの名誉を回復させると約束してくれたの」

 ユイルはこの部屋に入ってきたときのような顔つきになった。あのときは喜びと困惑に見えたが、あらためて見ると、晴れかけた表情の裏に控えていたのは困惑というよりは不安の色のようだった。

「よかったじゃないか。望んでいたことだろう」

 ラパスがいやらしく笑んだ。

「それはそうだけど、」

 とユイルは言葉を濁す。

「それなら何が気になるんだい」

 リッドが声をかけるとユイルはバツが悪そうに目を伏せた。

「リッド、あなたが言った通りよ。きっと、もっと慎重にしなければならなかった。だってこの二百年の歴史を訂正するなんて、そう簡単なことではないでしょ。私が感情の赴くままに行動してしまったから、突然それをしなければいけなくなった。長い間信じて来たものが覆されるのよ。そんなことをしたらこの国はどうなってしまうか、みんなはどうなるか、……私はちゃんと想像できていなかったんだわ」

 ユイルはきゅっと口を結んだ。「だけど」ともう一度言いかけたが、その先を言葉にすることはなかった。

 リッドは一度ラパスを見た。ラパスの方も同じタイミングでこちらに視線を遣ったようで、しっかりと目が合う。「?」とリッドは無言のまま彼に問うた。ラパスは「どうだろうな」と言うだけだったが、これで答え合わせは済んだのだと確信した。

「ユイル、うまく言えないんだけれど、」

 リッドはそう前置きしてユイルの様子をうかがった。「なあに」とユイルは怪訝な顔をする。そうしながら、すっかり暗くなった顔色でリッドの言葉の続きを待っていた。

「ファブールという国が過去に犯した過ちを国民が受け入れるかどうかと心配しているのなら、それは大丈夫だよ。君が受け入れたように、みんなもきっと受け入れるのだと思う。もちろん簡単にはいかないだろうし、すべての人がそうするとも思わないけれど、きっと大丈夫だ」

「どうしてそう言えるの?」

 ただ二百年前のことが明かされたのなら受け入れられなかったのかもしれない。

 しかし――

「魔女が悪い者ではないと証明するため王家は自分たちの過去の過ちを認めた。本当の悪者は衛兵隊の隊長の方だと突き止めそれを懲らしめ、国民と魔女とそして森を守った。その姿は君の目にどんな風に映った?」

「それは」

「正義の味方っていうんじゃ言い過ぎか?」

 ユイルに代わって、茶化すようにラパスが言った。

 リッドは否定はしなかった。

 むしろ、それが答えなのだろうと心の中で頷いていた。

「自分を救ってくれた正義の味方が話す言葉には、人は耳を傾けるものだろ? 大丈夫と言うわけは、つまりそういうことさ」

 悪役が必要だったのは、ユイルへの同情を生むためではなかった。ファブールという国が『許される』ためだった。

 二百年前当時の王が犯した過ちについて今の王家が許されるためには、彼らが『正義』でなければならなかった。『正義』にはなれなかったとしても『悪ではない』と思わせなければならなかった。そのためには他の、わかりやすい悪者がどうしても必要だったのだ。

 愚かな歴史を帳消しにし二百年ぶりに魔女の力を我が物とするために、この国はそういう方法をとった。

 そんな事実が裏にあるとまでは、ユイルには伝えなかった。受け入れがたい計画ではあったが、ラパスの言うとおり、結果だけを見ればユイルにとってもファーブールの民にとっても悪いことではないのかもしれないと思えてきたからだ。

 リッドは考え、少し黙った。

 その沈黙を見つめるユイルの眼差しは、睨みつけるように鋭く力強い。しばらくの間疑るような仕草をみせて、それからようやく

「そういうものかしら」

 と言った。どのことに対しての言葉かと一瞬ドキッとしたが、つとめて冷静に

「そういうものだよ、きっと」

 と返した。言い切ってしまえばよかったのに、なんだか据わりが悪くて「きっと」と付け加えた。

 そういう動揺を知ってか知らずか、ユイルはもう一度「そういうものかしら」と小さく呟いた。リッドやラパスに向けて発したのではなく、自分自身と対話しているようだった。

 対話が済むとユイルは

「そういうものなのね、きっと」

 と言った。「きっと」の言い方がリッドのものとよく似ていた。

「そうだとしたら、私はこれを受けるべきよね?」

 ユイルの顔色がほんの少し明るくなった。抑えきれぬ感情が頬に色を差したようだった。

 そんな顔つきで、彼女は三枚の証書を机に広げた。


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