八、魔女のお守り
「さて。どうしたものだろうか」
リッドは石畳の表面を蹴るようにして歩きながら大きなため息をこぼした。
手には例の
ユイルはこのお守りを勿体つけるようにリッドに見せながら言ったのだ。
「協力してくれるなら、これをあなたにあげるわ」
それはファブール近郊にある魔女の森、別名『迷いの森』に出入りするために必要な、いわば通行証のようなものだった。
その
「つまり協力を拒むようなら、この森に閉じ込めてしまうぞと……僕を脅迫するわけだね」
「どうとってもらっても構わない。今はあなたに頼るしかないから」
そう言ってリッドの手に
リッドはそれを目の高さに掲げる。
革紐が結びつけられた小さな木彫りの……何か。彫刻は得意ではないのだとユイルが視線を泳がせる。芋か何かにしか見えないそれの正体が何であるかも気になるところだが、そのことについては端の方に追いやった。
なんと詰めのあまい脅迫だろうと、そちらの方が気になったからだ。
「本当に貰っちゃってもいいの?」
「協力してくれるならね」
「わかった。協力しよう。と、この場では言うよね。そういうものだ。でも僕が戻ってくるなんて保証はどこにもないんだから、これは簡単に渡しちゃいけなかったんじゃないかな」
「問題ないわ。私はあなたを信用する。だってそうするしかないんだもの」
強がっているのか弱みをさらけ出しているのかわからなくなる言いぶりだった。そんな言い方をしながら、あらためてリッドの手の中に
「まいったな」
リッドは言いながら手の中におさまった
だとすれば、この場においてリッドがすべきことはひとつしかない。
「わかったよ。協力しよう」
リッドはユイルと『約束』をし魔女の森をあとにした。
そうしてシャルムの街中に戻ってきたのはもう昼に近くなった頃だった。高く昇った太陽が眩しくて目を細めると、そのままトロンと眠りに落ちてしまいそうだった。
欲求に素直に従えたならどんなに幸せだろう。
それを許さない、肩掛け鞄の書類の重み。
「そうだよ。僕は忙しいんだ。徹夜明けだというのに昼寝をする間もないくらい仕事はたっぷりあるわけだし、誰かを手伝っている余裕なんてこれっぽっちもないんだ」
だから森からの脱出を果たしたらすぐに
しかしまだこうして手に持っている。
彼女の計画に協力してやろうという気持ちは起きなかった。あまりに無謀で、その場しのぎでしかない計画だったからだ。
たとえ今回の更新がうまくいったとして、次回以降はどうするつもりなのか。さらにその先も、そのまた先も――そこまで王室御用達が存続しているかどうかは不明だが――いつまでも誤魔化し続けられるとは考えにくい。
いつかはボロが出るだろうし、何より彼女は魔女だ。
何年経っても何十年経っても『調合屋の少女』ではおかしいだろう。
彼女は「今はそれでいいのよ」などと答えをはぐらかしたが、手伝わされるリッドからしたらそういうわけにはいかない。
労力を割いたところで時間の無駄になる確率の方が高いのだから、気乗りしないのは当然だ。
「まあ、そうでなくたって、僕にはそんな余裕なんてないんだけれど」
鞄から書類を取り出して次の訪問先を確認する。紙をめくるのに邪魔になったお守りをどこかにやろうとするのだが、やはり捨てるという選択肢を選べなかった。
何故
無謀な計画に付き合うような時間の無駄になるようなことはしたくはない。
しかし寄る辺ない可哀想な少女の顔を思い出すと何とかしてやりたいとも思うのだ。人としてなのか、男としてなのか。
「どちらも僕らしくはないな。第一、相手は魔女だぞ? ……そうだ、まさかよりにもよって魔女とはなあ」
リッドは言いながら、今回の仕事を依頼してきた友の顔を思い浮かべた。彼ならば、謎の調合屋の噂から魔女の存在にたどり着いていたっておかしくない。
「でも気づいていたとしたら、放っておきはしないだろうな。なにせ僕らにとって魔女は――」
言いかけてリッドはやめた。
くんと鼻を上向きにして辺りの匂いを嗅ぐ。
考えすぎだと自分に言い聞かせた。あらためて探ってみても、この街には魔女の匂いはほとんど感じない。
「僕の方が鼻がきく。だというのにユイルに会うまで気がつかなかったのだから、あいつはなおさら気づくはずがないじゃないか」
きっとそうだ。そう思うことにしよう。
自分に言い聞かせるように頷いたついで、リッドはため息をひとつこぼして魔女の
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