三、蓋を開けてみれば

 大金と、調査員の証である徽章メダイユを握らされ、リッドは仕方なく仕事にとりかかった。

 書類に書かれた店や職人のもとをひとつひとつ回ってみると、そのいい加減さに呆れてしまった。王室御用達の称号があることをいいことに法外な価格を付けていたり、数年の間に大きく評判を落としていたり。中には業種をすっかり変えてしまったなんていうものまであった。

 それは全体から見たらあくまで少数なのかもしれないが、どうしてかリッドの手にした名簿には何件も続けて登場した。

「いやあ、友を疑いたくはないけれど、まさかまさかなあ」

 調子良く、腰の袋にしまい込んだ金貨がじゃらっと音を立てた。

「まさかなあ」

 リッドはもう一度つぶやいて次の店へ向かった。

 その日の六カ所目となる店に着いたときには、陽が少し傾き始めていた。

 大通りから一本裏に入ったところにある小さな店の入り口には、小瓶と蓋付きの壺が描かれた看板がかかっている。もちろん、王室御用達の紋章も付いていて、どちらも綺麗に磨かれていた。

 その店はよく効く薬を売るという、街で評判の雑貨屋だった。

 今回はハズレではなさそうだ。

 この街に来たばかりのよそ者のリッドの耳にも良い噂が届くくらいだから、称号に相応しい店なのだろうと期待が持てた。

「いらっしゃい!」

 店の扉を開けるなり、白髪交じりの細身の男が気持ちのいい挨拶を投げてきた。

 気持ちがいいなと思ったのは、店主の声掛けのせいだけではない。店いっぱいに香る薬草のにおいがささくれ立っていたリッドの心を落ち着かせた。

 リッドは挨拶を返して店内を見回した。

 名簿には雑貨屋とあったが、主に薬や薬草を取り扱う店のようだ。香水や香り付きのキャンドル、匂い袋などが棚にきっちりと並べられていた。その景色と店主の威勢とにちぐはぐさを感じたが、それすらも愛嬌と感じられる愛らしい店だった。

 その店の一角に噂の薬があった。

 棚に並んだ小瓶は、まず瓶そのものが美しくひとつひとつが装飾品のようだった。

「旅の人、薬をお探しで?」

 店主がニコニコと微笑みながらリッドに近づいた。

「いや僕は旅人ではなくて。それに薬を探しているわけでもなく」

 説明の言葉を選んでいると、店主は何かに気がついたようで目を丸くした。

「ああ、もしかしてあれか。最近、王室御用達の見直しをするために城の使者が店を回ってるって」

「そう、それです。城の使者というか、城の使者の使者だけど」

 今回はすんなり話が進みそうだと気を緩めていると、思いがけず店主が難しい顔を見せた。

「あれだよね。うちはやっぱりその薬があるから王室御用達を名乗れているんだよね」

「名簿を見る限り、そういうことみたい。何か問題でも?」

「更新の条件は?」

「簡単な審査です。審査員の前で作ってみせたりとかはあるみたいだけど、ここの薬は評判もいいし更新できるんじゃないかな」

 確約はできないけどとつけ加えたものの前向きな表現を重ねた。しかしそれでも店主の顔から不安の色は拭えなかった。

 嫌な予感がやってくる。

 それは予感というよりは再燃というべきか。つい先ほどまで味わっていた残念な気持ちがふつふつと戻ってくる。

 これは友を問い詰めてやらなければいけないなと、半ば決めつけてかかっていたら、店主はリッドが予想しない言葉を発した。

 今までのどの店よりもたちが悪い言葉だったかもしれない。

 店主は照れたような顔をしてこう言ったのだ。

「うちの薬ねえ、誰が作ってるか知らないんだよ」


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