二、信用という言葉の信頼性

 大通りに立って、両手に連なる建物の吊り看板に目を向けてみると、この国のおかしさがよくわかる。

 あちこちの看板に王室御用達であることを示す紋章が付いているのだ。

 パン屋も肉屋も仕立屋も。靴屋も楽器職人も、鉄看板を作る工房までも。王室にはまったく縁がなさそうなものまで、あらゆるものに王室御用達の称号が与えられていた。

 あまりの多さに、本当に信用できるのかしらと不安を抱く者も出てくる始末。

「ありゃあまったく、先代王の失策だよ。いや、悪いお方ではなかったんだがね」

 尋ねれば、人々はまず間違いなくそう返す。

 王室御用達というものは、本来はその名の通り王室に品物や技術を納めていた者だけが名乗ることを許されたものだった。

 王が愛した逸品。惚れ込んだ技術。品質の高い工芸品や日用品。それらはいわば『王のお墨付き』として高い品質や希少性を証明されたようなもので、当然、商売にも大きな影響が出る。

 たいして売れなかったようなものが、王室御用達の称号を得ただけで売り切れ必至の人気商品となるわけだ。

 それに目を付けた先代の国王が、王室御用達を『制度』に変えてしまったのが問題だった。『申請』をし『許可』が下りれば王室御用達の称号が与えられる。王やその一家が見たことも聞いたこともない品だとしてもだ。

 初めは、庶民が使うようなものでも安全性や品質が保証されるとあって好評であったが、許可を得るための明確な基準が設けられることもなく定期的な審査も行われなかったため、増え続ける中でその信頼性は薄れていった。

 それでも国民の多くは『無印』よりは安心できるとさほど問題とはとらえず、増え続ける王室御用達に次第に慣れていった。

 しかし他国相手にはそうはいかない。

『ファブールの王室御用達とはこの程度のものか』

 そんな声が聞こえるようになって間もなく即位した現国王が、王家の沽券に関わると制度改革を開始した。

「とりあえず一斉審査をして大部分をふるい落とすという計画らしい」

「それで僕に何を手伝えと?」

 ファブールで王城勤めをしている古くからの友人に呼びつけられて、リッドはついさっき国に入ったばかりだった。

 あらましは徽章メダイユと一緒に送られてきた手紙に書かれていたので理解していたが、実際何を手伝えばいいのかはよくわからなかった。

「調査を手伝ってほしいってことだけど、何を調べるの。僕は職人のこととかよく知らないんだけど」

 リッドは言いながら窓の外に目をやる。

 裏通りに面した静かな部屋はまったく生活感がなくて、きっとこういうことのために持っている部屋なのだろうと想像できた。

 その部屋で、小さな机を挟み旧友と額を寄せ合う。数年ぶりの再開を懐かしむ間もなく、「いつまでぶらぶらしているつもりだ」などと小言をぶつけられた。

「まあ、そのうちね」

 と会話を切って机に置かれた分厚い書類の束に視線を向けた。

「それが今のところ確認されている王室御用達の店と職人だ」

「これが? 全部?」

 リッドはぱらぱらと書類をめくった。

 上質の紙に細かい字で記された名前は、一枚につき十人ほど。それが何枚あるかと数える前に、街で見た看板の様子を思い出してため息をついた。

「ここに書かれている店と職人の現状を調べて欲しい」

「僕が? 全部?」

 二度とも『全部?』の部分を強調してみたのだが、どうにも友はそこははぐらかす。

 それで代わりに「どうして僕が?」という問いを追加してみると、それには饒舌に答えた。

「こういうものは知り合い同士でやるよりも、日頃の付き合いがない他人がやった方が効率がいい」

「調査するだけだろ。その場で審査するわけじゃあるまいし」

「顔を合わせれば、何があったっておかしくない」

 そう言って友はリッドの手に何かを握らせた。数枚の金貨だった。

「こういうことさ」

 にやりと笑った。

「他人だったとしても金に目がくらむことはあるんじゃないだろうか」

 リッドは金貨に書かれた数字を数えて「これが報酬?」と確認した。

「それは今日の分の宿代ともろもろの経費だ」

「僕にどれだけの高級宿に泊れと言うんだ」

「もろもろの経費だから、楽しんでくれても構わない」

「君は僕を信用してるようだけど、分不相応の金を握らされたら、人はどうなるかわからないものだよ」

 リッドはそう言ってしっかりと金貨をしまい込んだ。

「お前に任せたいのは、職人たちの現状と更新審査を受けるかどうかの確認。それから――」

「おいおい。仕事が増えていないか?」

「無法者の始末までやれとは言ってないんだ」

「それはありがたい」

「だろ?」

「ありがたいけれど――」

「話は以上だ。詳しくは書類を読んでくれ」

「まだ話は終わっていないよ」

「悪いが他の奴にも説明しなくちゃならないんだ」

 そう言って友はリッドに渡した書類の倍ほどある束を見せつけた。

 そんなものを見せられたらリッドはもう何も言い返すことはできなかった。


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