第7話 ―蒼緒― Premonition

 蒼緒あおの予感は当たる。もしかしたらそうかな、と思っていたら出撃命令が下されたのは蒼緒たちの班――雪音ゆきね紗凪さな衣蕗いぶきと蒼緒だった。

 五分以内に装備を整え、軍用馬車に乗り込む。

 みっちり訓練を受けているが、やはりなんだか落ち着かない。正直、銃が重い。手に血豆が出来るほど射撃訓練はしているが、いまだ銃が手に馴染むとは言えなかった。

 それを察して紗凪が背中をポンポンとなでてくれる。少し気分が軽くなって、微笑み返す。

 けれど、重たい銃器の鉄の感触に、思う。


 私には何もない。

 空っぽだ。

 自分は何なのかと。

 二ノ宮衣蕗おさななじみのように剣術が得意でもなく。

 他人に誇れるようなものも何も無く。

 秀でた才能も、賞賛されるような知性も、知識も無い。

 努力はしているけれど、足りてなくて。

 だから、笑ってやり過ごして。

 空っぽだから、そのぽっかりと空いた空洞を他人で埋めようとする。他人に「良い人」と思われる事で、ようやく心の穴を埋めて。自分すらも演じて。空っぽの心の中に、自分のようなものを必死に溜め込んで。また笑って。

 

 いつか、本当の自分で埋められる日は来るのだろうか?

 ――いつか。



          *

 


 半日ほど費やして、ようやく現場周辺に到着した。そこからは徒歩だ。馬車はそのまま帰投してしまうため帰路も徒歩になる。敵の特性を考えると仕方がない。何せ馬は格好の餌食だ。

 

 蒼緒は胸騒ぎがして、その小さな鼻をしかめた。

 嫌な事が起きるその前には、いつも鼻の奥がツンとした。

 子供の頃、〈狼餽ウェアウルフ〉に襲われた時も。

 大風邪を引いて寝込んだ前の晩も。

 お腹を壊した昼食のその前も。


 今も、軽機関銃サブマシンガン銃把グリップを握りながら、鼻の奥がツンとする嫌な感覚に蒼緒は鼻を啜った。目の前に何か異変を見つけたわけでもない、ただなんとなく――だ。

 だから、何が起こるかまではわからない。いざ事が起きたら転んで擦りむいただけ、という時もある。だが、必ず何か起こる。


 今回の現場は統京とうきょう府郊外の工業地帯だった。辺り一帯、赤レンガ造りの建物や倉庫、工場が居並ぶ。似たような景色ばかりで、うっかりすると迷子になりそうだ。この紡績会社の巨大な敷地内にはなんと、学校や寄宿舎まであるらしい。

 その中の工場の一つになんとか〈狼餽〉を追い込んだ。――が、さっきからツンとした感覚が消えない。奥に行くほど強くなる。それも二方向。

 蒼緒は少し考えてから、先の通路で先行する雪音に手信号ハンドシグナルを送った。彼女が了解のシグナルを返して、山と積まれた紡績糸の中を進む。

 本来は不確かな情報など伝えるべきではないが、彼女なら上手く判断してくれるだろう。

 それに、これは唯一の「特技」なのだ。銃の腕もない、運動が得意でもない、戦術だって勉強中で、何もない自分が、皆のために役立てられる、唯一の。

 

 幼い頃はなんの役にも立たないつまらない特技だったけれど、特務機攻部隊ここに入隊してから、案外有用だとわかった。危機察知能力――とでも言えようか、それはこういった危険な任務では存外役に立つのだ。

 蒼緒はサブマシンガンを握り直して、同僚に続いた。鼻の奥にツンとした刺激を感じながら。

 

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