1−19 『諏訪部の仕事』

 諏訪部は会社から用意された住まいで、パソコンと睨めっこしていた。

 幸いにもこの世界には電気がある。

 とは言っても、地球にいた頃のように電化製品などが豊富にあるわけでも、それらを十分稼動させる程の電力があるわけでもない。あくまで電灯照明に使用される程度だった。

 異世界でも業務を行えるよう、必要な物資は十分に持って来ている。


 地球では魔法と科学の融合により、電力を利用しない異世界でも通常業務が行えるような改良が施されていた。

 諏訪部が異世界アレバルニアに来たのは、マーヤの件で初めてというわけではない。この世界で最初の顧客となったグロモント伯爵との取引などで、実は以前にも数日間滞在していた経験がある。

 その時にも魔力と電力の両方で充電が出来るバッテリーの使用方法を学んでいた。


「小林さんにフルリノベーションしてもらった時に、壁にコンセント付けてもらって助かったな〜」


 この世界ではまだ、壁面備え付けのコンセントは普及していない。

 主に電灯照明に電力を使用するものだから、その出力場所は天井となっていた。アレバルニア出身の大工であるガムルは、当然電気の配線などは天井メインに張り巡らせていた。

 そこに小林が一手間加えたというわけだ。

 諏訪部は小林の機転に感謝しつつ、いつものように壁にコンセントを差す。そこから今度は会社から持参してきた増幅変換器に接続、これで不足分の電力を魔力で補填してパソコンを起動させるのだ。


「というか、こういった供給無しにパソコン使えるようにした方が、手間がなくて助かるんだけどなぁ」


 そんな愚痴をこぼしつつ、諏訪部はパソコンで今後の予定や検索を行っていく。

 上司命令により、諏訪部は現在の顧客であるマーヤ専属のコンシェルジュへと昇格していた。


 これまではあらゆる異世界に訪問しては、条件に見合った人物を見つけて突撃営業するのが基本だった。

 グロモント伯爵の件がまさにそれで、守秘義務契約を結んだ上で地球産の食材や調味料の販売取引を結ぶことに成功している。その際は相手が十分な経済力のある成人男性であった為、魔術書に擬態させたタブレットを伯爵に譲渡し、それを使って通信販売という形を取ることが出来ていた。

 しかしマーヤの場合は未成年、加えて自分自身の意思と経済力で販売取引を行うことが困難だと判断した為に、食材の選別や注文は代理として諏訪部が行うことに決定したのである。


「上司命令とはいえ、俺は料理人でもなければ管理栄養士でも何でもないんだぞ……」


 自分の采配でマーヤの食事内容が決まる。

 重要すぎる内容に、諏訪部は気が重かった。しかし断る気にもなれなかった。

 

「あんなに美味しそうに、嬉しそうに……。楽しそうに地球の料理を食べてくれる子を、放っておくことなんて出来ないよな」


 マーヤの喜ぶ顔が見たくて、と口にすれば少々憚られるが。

 諏訪部の本音はそこにある。だから誰に譲る気にもならなかったのだ。

 マーヤの現在の健康状態や食に関する情報は全て、ボナペティ家で雇っている主治医とコックから得ていた。

 そこからは諏訪部の仕事となる。


 健康状態から、どんな食材なら体に負担なく食べられるか。

 マーヤの食の好みは?

 どんなものなら箸……、スプーンが進むか。


 そういったところから諏訪部による分析が始まるのだ。

 パソコンでマーヤの健康状態に近い症状の患者が、一体どんな病院食を食べているのか。

 食材からどんな栄養が得られるのか?

 マーヤに現状必要な栄養は?

 健康的な身体を作る為には、どんなものを食べたらいいのか?


 諏訪部は料理が出来ないこともないが、調理師レベルの腕や知識があるわけではない。だからわからないことは全て検索に頼っていた。

 マーヤの明日の体を作る為に。

 それが諏訪部の仕事だった。


「とりあえずマーヤさんの身体作りは順調そうだし、そろそろ一般食に切り替えてもいいかもな」


 コックの腕前あってだと思われるが、マーヤは出された食事を嫌がったことがなかった。

 この数年間、水以外口に出来なかった反動か……。マーヤは料理を決してぞんざいに扱ったりしない。

 地球人ですら好き嫌いの多い食材でも「独特な食感ですね」と済ませる程だった。

 それは社交辞令でも、配慮から来るものでもない。食材ひとつひとつに対して、真正面から受け止めているのだ。

 地球産の食材への好奇心。

 料理への好奇心。

 味や食感への好奇心。

 全ての食材に対して、そういった好奇心があってこそ、マーヤは特別美味しいと言うことはあっても、不味い、苦手だと口にすることは絶対になかった。


「好き嫌いが今のところないのは良いことなんだろうけど。なんだかな……」


 それにしては食材、料理に対してマーヤが非常に貪欲に見えた。

 執着? それは諏訪部自身がそう感じただけなのだろうか、と考える。

 ひとまずコックからは特に何も聞いてない。


「考え過ぎかな……。食に対するこだわりが強い両親から生まれて、そういった環境で育ってきたのならこれが普通なのかな……」


 そんなことを考えながら、諏訪部はここ一ヶ月分の食材注文リストを作成した。

 これを元に毎週食材を仕入れて、それらをレシピと一緒にコックに渡す、という流れだ。


「ハァ〜、疲れた〜! これでひとまずデスクワークから離れられるぞ〜!」


 思い切り伸びをする。

 すっかり冷めてしまったカフェオレをぐびっと飲んで、机に置いてある写真立てに目をやった。

 そこには家族が写っている。

 諏訪部と、妹と弟が一人ずつ。親はいない。

 一番下の弟が生まれてすぐ、諏訪部が十歳の頃ーー両親共に事故で亡くしていた。

 家は非常に貧しかった。食べるものに困っていた時期もあった。妹と弟を養う為に、学校へ行きながらバイトをした。

 辛かったが、二人がご飯を食べて嬉しそうにしている顔を見て元気をもらった。

 そんなことを、ふと思い出す。

 くすりと微笑みながら、諏訪部は地球にいる家族に思いを馳せた。


「そっか……、美味しそうに食べる顔を見るのが、俺は好きだったんだな……」


 もう夜更けだった。

 諏訪部は打ち込んだデータを保存しておいて、シャットダウンさせる。

 目を擦り、大きなあくびをしながらそのままベッドまでよたよたと歩いて行く。

 ベッドに倒れ込むと、諏訪部はものの数秒で深い眠りについた。

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