本日はお日柄もよく

ゲコさん。

本日はお日柄もよく

 やあやあ、先生!ゆきちゃん!ときくん!どうしたの?三人揃って。


 え?体調?ああ、うん、まあ、こんな感じさ。特に体が辛いのはないよ。安心して。三人とも優しいなあ。

 まあでもね、口調とかがおかしいのはさ、勘弁してよ。まあ、ちょっと倒れちゃったんだからさ。ね。

 ああ、そんな暗い顔しないで。大丈夫。先生にさ、ちょちょーっと診てもらってさ。ね、先生。


 ん?どうしたの?


 …え?聞いた?先生に?

 え、だって、これ、先生、秘密ってお願いしたのに!ずっとお願いしてたでしょ!?


 告知義務?告知義務が発生したって?告知義務って、あの、患者がある一定の条件を満たす治療を行ってる場合において、生命維持が難しくなったら家族に自分の受けてる治療と現状伝えて、今後を話し合うためのやつ?

 え?じゃあ、もう?だめ?

 もう、負担が大きいから、もう、だめ?

 あれ、取っちゃったの?電源切っただけじゃなくて?もう戻せないの?それどころか、もう俺の脳だめなの?

 

 …。

 ……。

 ……………。


 あーーーー。

 そう、そうかあ。体が苦しいとか無いから、全然自覚ないや。

 あ、そうなんだ。これからどんどん身体の方にも影響出てくるんだ。じゃあ、今が話し合える最後のチャンスなんだね。わかったよ。わかったよ。

 

 そうだなあ、何を喋ろうかなあ。うーん、じゃあ、まずはさ、俺の半生を、本当の半生を語ろうかな。知ってるところもあると思うけど。まあ、語らせてよ。

 あ、もう半生じゃないか。全生?っていうの?あはは。…ごめん、ごめんね、ゆきちゃん、ときくん。悲しい顔しないで。ごめんなさい。

 

 俺はねえ、子供の頃からなんか変だったんだ。俺自身も自覚あったし、親も親戚もクラスメイトにも口を揃えて、「なんか変」って言われてた。喋り方も、体の動かし方も、頭の中の考え方も。全部が違和感まみれで人を不快にさせてたんだ。

 説明するのは難しいな…でも、今も話してて、声のトーンだとか身振り手振りとか、何か違和感あるでしょ。しかも個性的な人って括りに出来ないような…ねえ。

 親と一緒に色々な病院巡ったよ。外科も、小児精神科も、脳外科も、療育専門のリハビリテーション科も、バイオメディカル科も。でもね、どこの先生も口を揃えて言うんだ。

「この子は確かに変だけれど、何の病気も障害も持っていません。予兆や傾向さえ見られません」

 「個性です」

 もうさあ、どうしようもないじゃんね。じゃあ直しようないじゃん。


 学校の中でいじめは流石に無かったよ。教師やクラスメイトが俺を無下にしたら、ほら、いただろ?ロビンソンってやつ。学校ごとに呼び名違うのかな?倫理特化AIが入っている大柄のロボット。苛めや差別の前兆の動作を人がしたら誰にでも注意・警告する、ほら、国が学校の1クラスごとに支給したやつ。あいつが先生や生徒を注意してたから。

 でも、あいつ、ずっと俺の横にくっついてたなあ。友達がいなくて、ロビンソンのずうっと見守りの対象でさあ。孤独だったよ。でもどうしていいか分からなくてさあ。


 家の中でも、母さんだけがずっと俺の話し相手だった。兄弟、多い方だったんだけどなあ。父さんも姉さんも兄さんも、弟も俺の言動の違和感に耐え兼ねて、俺がリビングに行くと自室に戻っちゃうんだ。母さんも、俺と必死に向き合ってくれるんだけど、他の兄弟に話しかけられると明らかにほっとした顔でそっちと話すんだ。

 数日に一回は「ごめんね。ちょっと休ませてね」って言って俺を避けるのもしんどかったなあ。


 もうさあ、わざと顔や体に傷を作って、障害のある人になろうかって思った時もあった。障害に苦しむ人に本当失礼なんだけどね。そしたら、体の動きとかに違和感あるの仕方ないじゃん?

 まあ、非現実的だけどね。生まれた時に遺伝子の一部を保存するのが義務なんだから、大体はそれで怪我した部分のクローン作って移植してはいおしまい、だもんな。病院に行かなければ、担当区の見回り医療用AIが怪我してるの見つけて即通報だしね。

 

 転機が訪れたのは、高校一年の夏だった。忘れもしないよ。勉強だけでも頑張ろうと受けた夏期講習でも皆から避けられて途中で行けなくなって、だらだら三日位過ごしてた時だ。

 その頃から俺は、自分の違和感の正体が新しい病名になってるんじゃないかってずっと医療用の情報を探してたんだ。医療系のニュースに特化したサイトとかを。そしたら、見つけたんだよ。


 適切言動提唱装置。


 ああ、ゆきちゃん、そんなに怖い顔しないで。あのね、皆はあれが狂気の沙汰で作られたもんだって言ってるけど、俺には救いの神様だったんだ。

 ときくんはまだ生まれてない頃の機械だから、説明するね。先生、なんか違ってたら訂正して。ね。


 ああ、でも、その前に少し休憩とか、する?あのね、あのね、ゆきちゃんもときくんも、俺を見る顔、いつもと違うから、さ。二人とも今の俺に疲れちゃったんだよね?ああ、久々だなあ、この顔で見られるの。二人にその顔、されるとさ、俺もつらいよ。

 ねえ、お願いだよ、先生。五分位休めないかなあ。…そっか、五分でも、脳が劣化しちゃうか。うん、わかった。ごめんね、二人とも。話す速さ上げるからさ、もうちょっとだけ耐えて、ね。


 あ、でさ、その装置。何のためにあるかって言うと、俺みたいに言動や思考回路が少し他の人とずれてたり、あとはそうじゃなくても、「あれ、こんな時どうすればいいんだろ?」ってなることあるじゃん?普通の人でもね。他の宗派の冠婚葬祭とかさ。そういう時に「こうしたら良いんですよ」「こう言えば良いんですよ」って教えてくれるんだ。

 あ、そうそう。ときくんには、ミランダ、って言った方が分かりやすいかな。あれの前身みたいなもんだよ。

 でね、その適切言動提唱装置をね、俺、埋め込んだんだ。理論上は過剰な使い方をしなければ、何の問題もなかったんだけど、埋め込む場所が場所だったんだよねえ。


 その装置はね、脳の中に埋め込むんだ。そして、脳を通して視界の一部に適切言動と言われるアドバイスの文章を見せてくれるんだよ。


 ミランダはね、空中の水と空気を媒体にした空中ディスプレイでさあ、利用者にだけ見えるようにアドバイスを表示するじゃない?でも俺達が若い時分、そんな技術なかったんだ。空中ディスプレイなんて出たばっかでさあ、相手が見えるのと自分だけが見えるのとの表示分けするなんて勿論、その当時はまだまだ実体のある小型の液晶タブレットが主流だったよ。

 

 で、当時、装置はさ、まだ試用段階でさ、そりゃそうだよねえ。脳に埋め込むんだもん。実際に使って使い心地を試してくれる有志なんて簡単に見つからなかった。でも、まあ、そんな人生だったから、俺が飛びついたの。家族に相談したんだけど、父親は二つ返事で了承してくれたよ。母親は最初渋ったけど、何とか説得した。「ごめんね、ごめんね」なんて泣きながら言われたけど、あれは何がごめんなんだろうなあ。今となってはわかんないや。

 それでね、先生の、今横にいる先生の前任の先生の所行ってさ、埋め込んで貰ったんだ。俺が来た時は前任の先生大喜びだったなあ。俺以外の有志は謝礼金目当てだけで、別に日ごろの言動に困ってない人ばっかりだったからさあ。「僕は君みたいな人を助けたかったんだ」なんて言ってて。初めてあんなに喜んだ顔を向けてもらったよ。


 ねえ、先生、俺の説明合ってた?OK?よかった。


 でさあ、そこからは俺の生活一変よ。ミランダと違って、適切言動と言われるアドバイスの元になったのはSNSでの主張とか、動画サイトの人体の動きとか、結構有象無象のビッグデータをマイニングしたものだから、たまにトンチキなアドバイスもあった。でも、それでも以前の俺ほど顔をしかめられることはなくなったよ。

 例えばさ、朝起きるでしょ。で、母親に「おはよう」って言われるとする。前の俺だって「おはよう」って返す。でもそれだけなのに母は毎日ぴくって体をこわばらせて目をそらすんだ。

 でも、適切言動提唱装置を起動してると母親の「おはよう」を認識して、俺の視界の下に「何をどのタイミングで言って、その後どうするのが適切な行動か」ってアドバイスが出てくる。この場合なら「おはよう、と返事を返し、テーブルに就く」だけど、そのおはようを言うタイミング、声のトーン、テーブルに向かう際の手足の動かし方、全てが出てくるんだ。

 手足の動かし方を読む前に動かないといけないこともあるよね。声のトーンだってどれくらいのトーンが良いかなんて言語化しづらいよねえ。でも、そこが適切言動提唱装置が脳に埋め込まれてる理由だ。体中に信号を送れるんだよ。提唱装置が提唱する通りに体を動かせるようにね。

 でも、そこはあくまで「提唱」する装置だからさ。拒否することも出来るんだ。「そう動かしたいなー」って気持ちにさせるって程度の信号の強さなんだ。あくまでやるもやらないもその人次第。

 更には、その瞬間だけじゃなくて、俺の言動が適切じゃなかったら、その直後「ここをもっとこうすると良いですよ」ってアドバイスも付けられたんだ。

 うん、適切言動提唱装置を発表した時は凄まじい批評の嵐だったよねえ。当事者や関係者じゃない人達から「脳に埋め込まれた機械に支配される」「もともとの人格を否定するための装置」、散々な事言われたねえ。

 本当はまあ、さっき言った通り拒否も出来るし、何だったら機械の電源、いつでも切っておけるのにねえ。


 で、ああ、それで俺のね人生、さっき言った通り一変したよ。謝礼金を使ってまず転校したよ。転校先では装置を入れてることは一言も言わずに過ごした。そしたら生まれて初めて友達が出来たよ。そんなに沢山じゃないけどね。そこそこ。

 家族の俺を見る目も少しずつ変わっていった。元々悪い人達じゃなかったからね。ゆきちゃんもときくんも知ってるだろ?普通の、団欒が出来たよ。ちょうど第二次反抗期頃に装置を導入したから、少し反抗的な態度をとることもあったけど、でも心の中ではすごく嬉しかった。

 進学も、就職も、言動提唱装置に従ってやったよ。そしたらそこそこの学校出て、そこそこの会社に勤められたよ。


 あはは、先生、ごめんね。そんな顔しないで。大丈夫、承知の上だったから。

 うん、あのね、俺の装置の使い方、良くないの。本当はね、もっと使う頻度少なくしないとだめ。脳に埋め込んでんだからさ。使いすぎると脳に負担が直接かかるんだ。

 だから、朝の挨拶程度に使っちゃいけないの。そんなの論外なの。学校や会社では電源付けてても、せめて家では切っておかないと。

 でもねえ、俺四六時中付けっぱなしだった。なんなら夜寝るときにさえ付けてた。だってさ、これ使っても、俺、装置を使っても、使う必要のない人との隙間は埋められなかったんだもん。

 え?分からなかったって?それはありがとう。

 でもねえ、使ってない人と話せば話すほど差があるなあって。自分はこの境地になれないなあって。

 それにさ、電源を切ると同時に他の人との繋がりもさ、消えちゃうんだよ。もう、あの目で見られない日々を送ったらさ、耐えらんないよ。


 だからさ、正直俺、今日が来るのを覚悟してた。俺の思考と言動は、借り物なんだから。借りたものは返さなきゃ。凄く助けられたから、凄く利子を付けてね。

 この時代の、この医療だから、俺はここまで人の世に適応して生きられたんだ。神様仏様お医者様技術者様のお蔭さ。時代が時代なら苛め殺されたか、それとも自殺か。

 でもそうはならなかった。俺は信心深いわけじゃあないけどね。でもこれはいわゆる「お導き」ってやつなんだって思いながら生きてきたよ。

 だからね、その日が来たらね、潔くこの体と魂をね、返してあげるのが道理ってなもんだ。そう思って生きてきたよ。


 ああ、でもねえ、君たちと家族になることはねえ、自分で選んだんだ。そこだけは分かってほしいなあ。

 ゆきちゃん、仕事先に入ってきてさ、ときくん抱えて旦那さんから逃げてきてさ、でもそれでも大変だけど一人で何とか生きていこうとしててさ。そんな一生懸命さが気になって仕方なかったんだ。

 あ、もう分かってると思うけど、同情じゃないよ。何回かゆきちゃんに聞かれたことあるけどさ。こういう俺だからさ、なんていうか、人一倍努力をしている普通の人のゆきちゃんがうらやましかったんだよね。だから、逆なのよ。

 でもさ、言動提唱装置の言動の元ってさ、SNSの大意でしょ?で、まあ、一般論として、あの時代は連れ子がいる人との結婚とか、俺みたいな世間一般に馴染めない人の結婚なんか推奨されなかったからさ。だから、装置はずっと俺がゆきちゃんにアプローチするのやめるよう提唱してた。

 でも、それを無視して俺はゆきちゃんにずっと話しかけてた。ありがたいことに結婚までこぎつけた。入籍の時に、同時にときくんを養子に迎えることもやめるよう提唱されてた。でも無視して養子に迎えた。

 あんなに普通の事が出来なかった俺が、こんな普通の人達と家庭を築けるなんて、夢みたいだと思った。ずっと思ってたし、今でも思ってるよ。

 まあ、行動しちゃえば、適切言動提唱装置は行動した「後」どうすれば不快にさせないか、言動を提唱してくれるんだどね。だから、夫として、義理の父親として不快ではなかったでしょ?

 うん、うん、よかった。よかった。それだけは本当に良かった。ゆきちゃんが穏やかに暮らせていた事も、ときくんがすくすく育って、大きくなって、きちんと反抗期も迎えて、独り立ちして、そういうの見ながら暮すの、その暮らしの助けになれてたの、ずっとずっと嬉しかったんだ。ああ、この言葉、装置を外す前に言いたかったなあ。こんなに君達を不快にする前に。

 装置が入っていたけれど、君たちの家族になれていた頃に。


 …。父親が不快な存在な家庭にはしたくなかったからとはいえ、ずっとだましていた形になっちゃった。それはもう、本当にごめんね。ごめんなさい。本当は、ずっとだましたまま、死にたかった。そのまんま、脳に言動提唱装置埋め込んだまんま、息を引き取って、装置と一緒に火葬されたかった。そう考えてた事も、ごめんなさい。ごめんなさい。


 ねえ、ときくん、君が持ってくれてる、黒い錠剤、それがあれなんだろ?生命維持が難しくて、苦痛を緩和することも出来なくなった患者に飲ませてくれるやつ。飲んだら麻酔みたいに一瞬なんだってねえ。まあ、麻酔とは違って、もう目が覚めないけどね。あはは。


 …ごめん、ごめんね。何とかさあ、ときくんの父親で、ゆきちゃんの夫をしていた、適切言動提唱装置が入っていた頃の話し方とか考え方とか、再現できないかなあって、頑張ったけど、駄目だねえ。

 ここにいるのはさ、別の人なんだねえ。その人は、先日倒れた時に即死しちゃったって、思ってほしいな。ここにいるのは、ただのそっくりさん。ね、そう思っておくれよ。君達との幸せな記憶が、無かったことや偽物にされるのだけは本当に辛いって、それだけは分かるんだ。

 だから、今の俺を忘れておくれよ。ほら、あるだろ。病気で亡くなる直前に人格が変わってしまったりよく分かんない事を言うってやつ。それだと思ってよ。適切言動提唱装置の入ってた俺が本物で、今の俺は、偽物。

 ああ、もう、何が言いたいんだろうね。自分でもよく分かんなくなってきちゃったよ。


 え?大丈夫?分かってくれる?え?そんな風に思ってくれるの?

 家族の為に適切言動提唱装置を脳に入れて今まで頑張ってくれた人…装置を付けた付けてないじゃなくて、頑張ってた姿が本当の姿…そうかあ、そういう見方も出来るんだ。俺は。

 本当に、幸せ者だなあ、俺。こんなに優しい奥さんがいて、息子が優しい男に育ってくれて。

 似たもの夫婦?父親似?そんなに褒めないでよ。参っちゃうなあ。


 そういえばさ、窓、見てよ。ここ数日晴れてたね。ぽっかり綺麗な青空だ、そうだろう。

 まあ、あれだね。うん。あれだ。


 死ぬには良い日だ。


 っ…!ごめんね。ときくん。乱暴に奪ったりして。

 あはは、やーだよ、返さないよ。もう、わかるんだ。そろそろ苦しくなってくるって。

 喋りながらねえ、脳がぎゅーってベルトか何かで固定されてる感じがしてきてるんだ。固定されてるのに、そこからゆっくり回転してるような違和感まみれの感じ。この感じがどんどん強くなるととんでもない苦痛になるだろうねえ。


 先生、今までお世話になりました。前任の先生の教え子だったとはいえ、このように世間から忌み嫌われた医療装置を付けっぱなしにしている患者を引き継いで、診つづける事で、何か絶対に言われていたと思います。

 それなのに、俺の意思を尊重してくれて。最後のギリギリのところまで普通の人間であり続けられました。本当にありがとうございました。


 ゆきちゃん、ときくん、何か、あるかい?もう装置をはずしちゃったけど、それでも構わないなら、伝えたいこと。最期に。

 …。

 ……。うん。うん。

 俺も、俺も愛してる。二人の事を。装置つけてても、そうでなくても。

 ありがとう。ありがとう。


 …もう時間だね。頭がぎゅうぎゅうしてるよ。苦しい。限界だ。

 っ。はは、飲んじゃった。




 それでは貴兄ら、今こそ別れ目いざさらば!    <了>

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本日はお日柄もよく ゲコさん。 @geko0320

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