2-3 幽霊屋敷古城へ
「ねえねえゲーマ」
馬車の屋根に上って風景を眺めていたルナが、飛んで戻ってきた。
「あの山の上にあるよ、幽霊屋敷。ねえねえ」
「おう。ようやく着いたか」
「……」
馬車の窓から顔を出し、エミリアも進行方向を見ている。
「……あそこまで一時間」
「そうか」
相変わらず口数こそ少ないが、エミリアは自分なりに俺の役に立とうとしているようだ。一緒に暮らすようになって、俺もそのあたりがわかるようにはなってきた。
「あそこでクエストかあ……」
稜線上に見え隠れする崩れかけた古城を、俺は目を細めて見た。あそこに「遠見の
「クエストって楽しそうだよね、ゲーマ」
いつものように俺の胸に、ルナが潜り込んできた。
「ゲーマ、少し痩せたんじゃない。お腹がきつくないよ」
「まあなー」
ゲーマ、どうやらストレスマックスで大食していたようだ。そらあんだけ金貸して管理してたらストレス溜まるわ。転生した流れで俺も貸金業続けてるけど、借りるときだけぺこぺこしてくるくせにあいつら、返済を求めるとのらりくらり逃げた揚げ句、返す際は「こっちが鬼か悪魔」くらいにけなしてくるからな。
でも転生前の俺の食欲が上書きされたから、たいして食べなくなった。そうしたら当然だが、徐々に贅肉が落ちつつある。まあまだまだ普通に太ってはいるが。
「クエストだが、楽しいかなあ……」
「楽しいよ。決まってるじゃん。この世界、冒険してなんぼだからね」
「そうかなあ……」
このゲーム世界での一周目で悲惨なモブ人生を歩んだ俺は、懐疑的だ。
「なんかゲーマ、あんまり乗り気じゃないね。せっかくボクの装備まで揃えてくれたのに」
上げた腕に、腕輪が輝いている。あの武器屋で最後に頼んだのがこれ、「妖精の腕輪」だ。まあ人間サイズ的には指輪にすらならない小さな品だが、あの日購入したアイテムで一番高い。なんせ妖精自体がレア中のレアのチートキャラ。その能力を増幅する、貴重アーティファクトだからな。ネームドでもないのに、異様に高かった。
別に妖精を連れてもいないのにそれを揃えさせたもんだから、武器屋も困惑してたわ。ルナの存在は、なるだけ表に出したくないからさ。
「大丈夫、怖くないよ。モンスターは出るだろうけど、ボクが退治するから。せっかく装備揃えてくれたんだし」
「私も……その……」
エミリアが俺を振り返った。相変わらず無表情だが、瞳に微かに親愛の情が浮かんでいる。エミリアの感情、なんとか読み取れるようになったわ、俺。
「戦闘は心配してない」
一周目のモブ転生でも、それなりに戦闘自体は経験したからな。死にそうになっていただけで。おまけに二周目俺には、チート妖精と能力を読み切れない謎エルフの助けがある。
「でもなあ……」
春風が森の香りを送ってくる中、次第に大きく見えてくる古城を、俺は見つめていた。
俺はゲームシナリオを考えていたんだ。初期村強襲イベントで幼馴染モブーを殺された主人公アンドリューは、同じく幼馴染フローレンス、それに偶然居合わせた貴族魔道士シャーロットとパーティーを組む。魔王討伐の意志を固めて、冒険の旅に出る。旅に出て二番目のイベントが、ここ幽霊屋敷だ。
つまりアンドリューと遭遇してしまう危険性がある。まだ来ていないか、あるいは先にイベントをこなしていてくれることを、俺は祈った。
「とにかく、さっさとクエストを終わらしてアイテムをゲットしよう。長居はしたくない」
●
「ここかあ……」
すぐ近くに立って、俺は見上げた。
「ねっ。ちゃんと古城があったでしょ」
俺の襟の間から、ルナが顔を出した。俺を見上げて、ドヤ顔になる。
「いやこれ、古城と言い張るのすら無理だろ。最大限良く言っても廃墟だな、これ」
「……廃墟」
無口ながら、エミリアも同意してくれた。
だってそうだろ。城自体はかなり大きな建造物だが、長期間の放置で石造りの古城はあらかた崩れ落ちている。割れ落ちた石は風雨で丸まりつつあり、割れ目から生えた多様な草が、春の花をきれいに咲かせていた。
「いい風だ……」
山上だけに、風は強い。春風は温かいので、寒くはない。
「で、ここでアイテム探すんだな、ルナ」
「そうだよー。『遠見の珠』。ここの城主は、古代に広大な土地を支配していた貴族だよ。遠くの領地を管理するために、『遠見の珠』を使っていたんだ。だから多分、城の最上部にあるはず」
「城主って、今の王族の祖先か」
「ううん。古城の一族は、古代に滅んだんだ」
「へえ……」
ぐずぐず崩れた城壁で、青草が葉を揺らしている。昔それだけの権勢を誇ったとは、とても思えん。
「なんで滅んだんだ。戦乱か」
「戦いで負けたとかじゃないらしいよ。よくわからないんだってさ」
「へえ……」
「それより、どう攻略する、ゲーマ」
「そうだなあ……」
改めて、俺は廃墟を観察した。
「あそこから入るか」
入り口のアーチだけは崩れておらず、かろうじて原形を保っている。残っていたので、そこからは入れそうだ。
「中には階段が残っているはず。それを上ればいい」
「そうだね。でも、これだけ崩落してると足元が危険だよね。突然踏み抜いて下まで落ちるとか。……死ぬよ」
「いやな想像すんな」
「ゲーマ様……」
エミリアが俺の袖を引いた。
「……先導します」
「大丈夫なのか」
黙ったまま、エミリアが頷いた。
「エミリアはエルフだからね。山歩きが得意だから、悪い足場には慣れてるんだよ。そうだよね、エミリア」
また頷く。
「だからエミリアの踏んだところを正確に辿ればいいんだ」
「わかった。そしたらルナ、お前は一番前だ。空を飛べるからな。先を見て、なにか問題がありそうなら、俺やエミリアに教えるんだ」
「いいよーっ」
胸から飛び出すと、エミリアの前に浮かんだ。
「じゃあ、しゅっぱーつっ!」
ルナやエミリアに続いて、俺は入り口を潜った。
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