すごい語彙
志道正宗(まめじぃ)
第1話「集団自決」の勘違い
初回からいきなり重いテーマ。
2023年1月11日、「集団自決」がTwitterでトレンド入り。イェール大助教授で経済学者の成田悠輔氏が過去に発言した内容が話題となった。
「高齢者は集団自決すべき」という主張。
そして「集団自決」という言葉は、多くの人にとって「集団自殺」という言葉に置き換えられて、批判の対象となっている印象を受ける。
まず「自殺」と「自決」は、どう違うか。
これは「犬」と「チワワ」はどう違うか、同じ問題だと考えている。
「自決」は、自殺の一種である。他にも「自尽」・「自害」・「自刃」・「自裁」・・・と、「自ら命を絶つ」表現は多彩である。
それらは全部「自殺」のこと。自分で、自分を殺すこと。
ところが「自決」となると、ただの自殺とは、違う。自殺には違い無いが、そこに「責任を取る」・「けじめをつける」という意味が伴う。
成田氏は、自身の発言について、これは「メタファー」だと説明している。
例えば、組織人が「クビを切られる」という表現は、日本の歴史や文化に深く根付いたものである。これも「メタファー」である。不祥事を起こして退職に追い込まれたとしても、実際に首を切断された人がどれだけいるだろうか。
成田氏の「自決すべき」も「切腹すべき」も、別に本当にそれを実行しろ、と言っているわけではなく、言いたいことは「クビを切る」という表現と何ら変わらないわけであるが、氏の立場、肩書が、問題だった。私が同じことを発言しても、誰も何も反応しなかっただろう。
ところで、私は、高校3年生から大学4年生まで、葬儀社でアルバイトをしていた。その後、その葬儀社に入社して1級葬祭ディレクターの資格も取得し、合計8年程、数千体のご遺体を見てきた。
中には、自殺者も多くいた。たくさんの自殺者をこの目で見てきた。
また、親しい人を自殺で何人も失った。
理由を知っているものもあるし、理由も知らず、どこの誰かも知らないまま終わった仕事もあり、どちらかといえば後者の方が、圧倒的に多い。
理由を知ってしまったとき、私は「なんでそんなことで」と思う以上に、自ら命を絶った方々の想いに、強く共感してしまっていた。理由を知らなくても、毎回必ず、自殺者の遺体に話しかけたのは、「ずるいぞ」という言葉だった。
もともと、幼い頃から、自殺願望が強かった。「生まれてすみません」としか言えない日々だった。
いや、幼い頃は、そんな風に言語化できていなかったと思う。小学4年生のとき太宰治と出会い、「生れて、すみません」の言葉に、
ぼくがずっと抱いてきた気持ちは、これだ!
と天地がひっくり返る位、衝撃を受けたのだったと記憶している。
両親は、出来の悪い私を何とか真人間に育てようとしたのか、どうなのか、幼い頃から私は、両親から責められ続けた。オマエは何でこんなにダメなんだと。毎日のように「どんくさい」と怒鳴られ、暴力を受け、閉じ込められた。
何で自分みたいな、ダメな人間が生まれてきてしまったのだろう。どうして、ぼくは「みんなと同じ」になれないんだろう。
この劣等感を、徹底的に、執拗に、毎日何時間も、休日はほぼ一日中、刷り込まれ続けた。これが365日×10年以上、続く。
ダメ人間。ニンゲンの欠陥品。能力が低すぎる。
だから、人の何倍も何倍も努力して努力して、それでやっと、人並みになれるんだ。だから皆が遊んでいるときも、みんなが休んでいるときも、努力しなくちゃ、努力しなくちゃ、また怒られる、また殴られる、また閉じ込められる・・・
中学3年生のとき「生徒会長としてわが校に来て欲しい」とオファーがあった。当時珍しい「生徒会推薦」として高校に入学した。入学前から生徒会長になることを条件とされた中学生、なかなかいないと思う。
それでも、ずっと「死にたい」と思いながら、生きてきた。
38歳で、ある会派の空手組織の会長職に選出された。それより上は無いポジションに就いた。50代60代70代のベテランの諸先輩方を飛び越して、トップになった。ある意味、成功者のひとりだった。
それでも「死にたい」という願望は全く消えなかった。
同じ年、日本テレビから密着取材を受けた。私の教育手法が注目されて、わざわざ三重のど田舎までカメラが来た。実は緊急特番「若者の自殺」とかぶってしまい、放映されなかったのだが。それでもある意味では、成功者のひとりだった。
それでも「死にたい」という願望は全く消えなかった。
その後、度重なる失敗の連続で、それらの立場をすべて失って、今はまったくのフリーで活動しており、今年で51歳になる。でも人生は何度でもやり直せるという信念のもと、2025年の起業を目標に、日々がんばっている。そんな私であるが、
やっぱり「死にたい」という願望は、毎日顔を出す。
そんな私だからこそ、自殺者への共感というのは、とてつもなく大きい。だから成田氏の件に絡めて、第1回に相応しいテーマだと選んだ。
薩摩武士は、警察なんていらなかった。もし掟を破るようなヤツがいたら、切腹で済んだ。日本には「ハラキリ」の文化がある。あくまで武家社会の文化であるが、自殺がひとつのけじめのつけ方、だった。
そう、こういうのを「自殺」の一種で、「自決」という。
責任を取って、けじめをつける、という意味での、自決。
日本最古の自殺の記録は『萬葉集』にまで遡る。いや、他にもあるかも知れないが、『萬葉集』の記録が最古だと勝手に信じ込んでいる。
天平元(729)年、丈部龍麻呂(はせつかべのたつまろ)は、班田収授の業務に就いていた。歴史の授業で習う「大化の改新」。その政策のひとつに「班田収授法」があった。詳細は省く。
この業務を行う役職を「班田司」という。龍麻呂(以下「たっつぁん」)は、班田司の書記官として、日夜業務に明け暮れていた。
「大化の改新」というと、何か華々しい、きらびやかな政治改革、という印象がある。しかし実際に現場で業務を行う者たちは、それはもう、激務にも程があっただろう。地獄だったろう。仕事のできる人にたくさん仕事が回ってくるというのは、世の常。ましてや、今までの常識を覆すような大改革。たっつぁん、本当にしんどかったんだろうな。
彼は、自ら首を吊って命を絶った。
『萬葉集』には「自ら経(わな)きて」と記述がある。首吊り自殺である。彼を悼む大伴宿祢三中の歌に、たっつぁんがどれだけ過酷な状況だったか、わかる箇所がある。
「天皇の仰せに従い、年が変わっても、衣も洗わず、朝夕多忙な日々を送っていた」
と詠まれている。
これを私は「日本最古の過労死の記録」だと思っている。
「過労自殺」を、ここで簡潔に論ずるだけの力が、今の私にはない。ただ想像できるのは、とても責任感が強く、真面目で、コツコツと仕事に打ち込む、たっつぁんは、たぶん、良い意味で「手を抜く」ことを知らなかったんだろう、ということ。
強い責任感で、とても一人ではこなせないような膨大な仕事を抱え込み、どうにもならなくなってしまい、心身共にボロボロになってしまって、それで、頑張りたいのに、頑張れなくなってしまったのだろう。
想像することしかできないが、たっつぁんは、不甲斐ない己を責め続け、もっと頑張らなきゃ、このままでは陛下の顔に泥を塗ってしまう、なんて、思い詰めて、日々、苦しみながら、抱えきれない大量の業務を、抱え続けていたのかも知れない。
そこで逃げ出した、という見方もできるが、業務が思うようにうまく進まない、抱えきれない責任を、自ら取った、という見方もできる。
後者なら、これは「自決」なのだ。
いつか「たっつぁん」のことは、ちゃんと文章にしたいと思う。
しかし、成田氏は、「自決」という表現を、そこまで重い言葉として使ったつもりは無いはずだ。「第一線から退いて欲しい」と言えば、ここまで叩かれることは無かった。
成田氏を擁護はしない。炎上を目的とし、あえて狙って過激な発言を連発しているのかも知れないし。
でもやっぱり、日本の文化で「自決」というのは、重い言葉だと思う。1日1回は「死にたい」と思う、私が言うのもおかしいが、
自殺なんて、ゼッタイ、駄目だ。
それが「自決」だろうが「自尽」だろうが「自裁」だろうが、そんなもの、結局は「自殺」だろう。言葉の意味上の違いはあれど、結局は、自ら命を絶つという事で、違いはない。だから「集団自決」を「集団自殺」と受け取って怒っている人の感情も、わかる。
周囲の人間の気持ちを考えて欲しい。
守れなかったんだ。その人のことを。
この喪失感、絶望感、無力感を、遺された人たちは一生引きずるんだぞ。
そんなことを言っても、発作的に自死を選んでしまう人を、完全にゼロにする、というのは難しいんだろうな。
私は幼少期からずっと「死にたい」と思い続けているから、ある意味「死にたがりの熟練者」だともいえる。死にたい歴は50年近くあるんだ。だからこそ、死にたいからこそ、今この瞬間が、人生最後かも知れないと思って、大切に生きているところもある。
よく人から「なんでそんなに優しいの」と聞かれる。何か裏があるんじゃないかと。理由はひとつ。「明日はもう、あなたと会えないかも知れないから」だ。
もし私が自決するならば、理由は「こんな私が生まれてきてしまってすみませんでした」という事になる。でも、しない。
「集団自決」
成田氏のこの言葉は、あくまで「メタファー」だった。成田氏からすれば、みんなの勘違いだよ、という事だ。
そう言われてもやっぱり、
この言葉は、重たいぞ。軽々しく使っちゃダメ。
この言葉の重さを測り損ねた成田氏も、勘違いしていたね、と言われても仕方がない。
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