小説 ネコのうた

アリサカ・ユキ

第1話 ネコ

あたしはネコだ。本名はもちろんあるけど、教えてやんねぇ。


1ヶ月前に、兄貴が死んだ。自殺だよ。


「こっから飛び降りてやる!」

家の中でそう叫ぶのが兄貴の毎日の決まりごとみたいなもんだった。


うちか? 団地だよ、過疎化の進んだ。人のいない集合住宅は不気味だ。近くに空き室が腐るほどあると思うと、気持ち悪りぃ。その13階に住んでる。


兄貴が、飛び降り宣言するのは、オカアやオトオの愛情が欲しかったからだ。

ろくに愛情のねえ親ってのはどこにでもいるもんかね? あたしはよくわからねえ。


簡単に言うとな? あたしら兄妹は、親に愛されてない。あたしは愛情もらうの諦めてるけど兄貴は、くれくれと、ことあるごとにだだをこねるタイプだったんだ。親は言ったもんだ。

「甘えなさんな!」

はあ? ろくに与えられなくてお腹空いてるから飯食わせろってのに、求めすぎ! なんて言うか?


それで兄貴はとうとうやっちまったんだ。その日、兄貴は台所でご飯を作るオカアに言ったんだ。


「日が暮れてきたね」


「電気くらい自分でつけたらいいでしょう」


兄貴はオカアと温かい交流がしたかっただけだ。それで、飛び降り宣言が始まった。


オカアは、なぜか無視した。いつもは止めてたんだ。「やめなさい、命は大事よ」、「うるさい、死んでやる!」演出された感じはわざとらしすぎてアホらしかったが、あの下手な劇から兄貴は親の愛情を感じてたんだな。


そして、それを得られなかったらホントにベランダから落ちやがった。


バカじゃね? あんな親のために死ぬか? 若い愛人に騙されて借金をいくつもこさえたオトオと金もねぇのに友だちと旅行行くことしか考えねえオカア。


家ん中がギスギスしてるわけでもねえんだ。壊れた家族ってのは、そんなふうに何気なくあるもんだろ?

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