砂山



~砂山~



 今日は「聞くだけ屋」に砂山という男が来ていた。


 神野ゆいがいつもの説明をし、タイマーをセットする。


「砂山といいます。今日は最初から、何かアドバイスが欲しいと思って来ました。なのでどうか何でもいいので意見を聞かせて下さい」


「わかりました」


 神野ゆいが答える。


「私は学習塾を経営しております。個人でやってるものですので、生徒さんは今四人だけです。小学生を対象に、週二回で月一万五千円頂いてます。もうおわかりかと思いますが、とても食べてはいけません。妻が頑張ってパートに出てくれていて、それで何とかしのいでいます。私が他にもアルバイトなりすればいいのでしょうが、もし生徒が増えたらと考えると、安易にやってはいけないかと思ってしまって。妻も最近は疲れてイライラしているのか、もっと宣伝しろとか、生徒を増やす努力をしろとか言い出しました。まあ、それは私も納得してチラシを作って近所のアパートやマンションに配ったりしました。でもそう簡単には。わかってはいたんですが、何も反応がないと、それはそれで少し落ち込みますよね。もうあきらめて、私が他にも仕事をするか、このまま妻にお願いして我慢してもらうか、どうするべきか悩んでおります。神野さんの意見を是非、お願いします」


 砂山が頭を下げた。


 神野ゆいは少し考えてから話し始めた。


「失礼かと思いますが、正直にお答えします。私から見れば、砂山さん、あなたは何もしておりません。たった一回チラシを配っただけで自分は頑張った、努力した、と勘違いなさってます。それで無反応だからもうあきらめると。そんな甘い考えでは例え他に仕事をしたとしてもやってはいけません。努力というものは、自分がいくら頑張ったと思っていても、人が認めないとそれはまだ努力とは言えないんです。人に、ああこの人努力してるな、頑張ってるな、と思われて初めて努力したと言いきれるのです。ですからあなたはまだ何もしておりません。奥様もそんなあなたを見ていれば、それはもうイライラするのは当たり前でしょう。そして砂山さん、あなたが一番間違っているのは、子どもたちのことを全く考えていないことです。まずあなたが第一に考えなければならないのは、子どもたちのこと、生徒さん達のことです。なのにあなたは自分のことしか考えておりません。生徒さんは純粋に勉強をしに来ているんです。あなたはちゃんとひとりひとりのことを思って授業なり指導なりしておられますか? ちゃんとひとりひとりの成績や性格に向き合っておられますか? そのご様子では、ただ学年に応じただけのやっつけの教え方をされているのではないですか? そんな塾に自分の子供を通わせようと思う親はいません。まず、今いる四人の生徒さんのことをしっかり見てあげて下さい。先程も申したように、もっと努力して一生懸命授業をしてあげて下さい。子どもたちにはきっと伝わりますから。子どもたちの未来をもっと大事にして下さい」


 神野ゆいは優しく話した。


「確かに、私はあまり努力というものをしたことがないのかもしれません。そうですね、生徒さん達にもっと向き合うべきですね。子どもたちの大事な時間を預かっているんですからね」


 砂山も素直に聞き入れてくれたようだ。


「まずはそこからやってみてはどうでしょうか。必ず努力の結果はついてくるものです」


 ピピピピピ……


 タイマーがなった。


「わかりました。とにかくやってみます。本当にありがとうございました」


 砂山が頭を下げ、ポケットから封筒を出してテーブルに置いた。


「ありがとうございました」


「失礼します」


 砂山が「聞くだけ屋」を出ていった。


 神野ゆいはタバコに火をつけた。


 坂本大臣の妻のことが気になってはいたが、自分には何もできることがない。


 (坂本茂とちえ、それに佐々木賢也……)


 この三人は二十五年前から仲が良かったはず。


 何かが引っかかっている。


 神野ゆいの感性がざわざわしていた。


 とその時「聞くだけ屋」のドアが開いた。





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