【KAC20237】世界はわたしたちの色(お題:いいわけ)

 友達の優美ゆうみちゃんが、真面目な顔で「恵理えりちゃんに話がある」と放課後の教室へ乗り込んできたのは、一学期末テストが始まる前日のことだった。

 その時の私は、親友の香奈かなと一緒に帰ろうとしていたところで、周囲の生徒が「いったい何事だ」という顔で私たちを見つめている。その中には富石とみいしみどりくんの姿もあった。富石くん――通称「トムくん」は、優美ちゃんの元カレだ。

 ほんの数日前、七夕の日に、二人は別れてしまったらしい。

 その原因は、私だ。

 トムくんと私は「ケンカ友達」というやつで、顔を合わせれば常に何かを張り合ってきたような関係だった。ずっとトムくんを好きだった私は、その関係を特別なものだと思っていた。

 だけど今年の春、私は些細なことが理由で、トムくんに「大嫌い」という言葉をぶつけてしまった。トムくんが優美ちゃんと付き合い出したのは、その日のことだ。

 それなのに、私はトムくんに、自分の想いを伝えてしまったのだ。

 彼女がいる人に告白するなんて、自分でも本当に最低だと思う。だけど私はフラれるために告白をしたのであって、二人の仲を壊すつもりはなかった。実際、私に告白された時のトムくんは真剣な顔で「優美の気持ちに応えた以上は大事にしてやりたい」と言ったし、その返答で私もきちんと諦めがついたはずだった。

 だから、七夕の夜にトムくんから電話を貰った時は、嬉しかったけど困惑した。

 トムくんは、とても信じられない言葉をたくさん並べた。優美と別れた、告白してくれて嬉しかった、ずっと前から大好きだ、宮路みやじさえよければ付き合いたい――その言葉のひとつひとつは嬉しかったのに、湧き上がる罪悪感を抑えられなくて、私は「うん」と言えなかった。

 たくさんの断り文句を並べた私に、トムくんは必死で食い下がってきた。

 私が「受験生だから」と言えば「一緒に勉強頑張りゃいいじゃん」と言ったし、続けて「いろいろ噂されたくないの」と言った時には、笑いながら「今更かよ」などと言われる有様だった。

 何を言っても言い返されて、結局は全ての理由を潰されて、どうにか「しばらく考えさせてほしい」というところで落ち着いて――私はそのまま、返事を保留している。

 優美ちゃんとトムくんが別れた噂は学年中に広まっていて、みんなは私が「後釜」になると思っていたみたいだった。なのに私とトムくんは、以前よりも距離があるくらいだ。興味本位の同級生から「なんで付き合わないの?」と直球で聞かれることも結構ある。作り笑いで「友達だから」と言い張る私を、みんなはどう見ているんだろうか。今だって、教室をぐるりと見回せば、楽しそうにヒソヒソ話をしている子がいる。ド修羅場じゃん、と誰かの愉快そうな声がする。

 この状況をどうにかしたくて、私は香奈を連れて教室を出ようとした。


「待って、恵理ちゃん」

「ごめんね、香奈と一緒に帰る約束なの」

「じゃあ、香奈ちゃんも一緒でいいから! 場所変えよう!」

「私も、いいの……?」

「いいよ!」


 優美ちゃんが勢いよく、私たち二人の手を掴む。その瞬間、待った、とトムくんが割り込んできた。


「俺も同席させろ。香奈がいいなら、俺もいいだろ?」

「男の子はダーメ!!」


 とても「別れた直後の二人」には見えない明るさで、あっさりとトムくんを拒絶した優美ちゃんは、教室から私たちを強引に引っ張り出した。

 幸いなことに、誰かが付いてきているような気配はなかった。トムくんが止めてくれたのかもしれない。


 優美ちゃんに連れて行かれたのは、体育館の裏手だった。バスケ部の一年生がよく基礎トレーニングをしている場所だけど、試験前日の今日は誰もいない。

 体育館に続く段差へ座るように言われ、その通りに香奈と並んで腰かけると、優美ちゃんは目の前で仁王立ちになった。背が高い優美ちゃんと低すぎる私、ものすごい圧力を感じる。

 今までに見たことがないくらい、怖い顔をした優美ちゃんが、あのさあ、と低い声を出した。


「恵理ちゃん、碧と付き合ってないって、ホント?」

「うん……付き合って、ないよ」

「なんで?」

「友達だから」

「嘘つき、好きなくせに」


 完全に怒っている優美ちゃんへ、どう接すればいいのかわからなかった。


「ごめん、優美ちゃん」

「あたしに謝られても困るんですけど」

「で、でも……」

「謝る相手は碧でしょ? なんで応えてあげないの?」


 優美ちゃんは思い余ったのか、とうとう私に向けて手を出した。その手はまっすぐに私の耳元をかすめて、背後の扉をドンと勢いよく叩いた。


「なんで、いつまでも、あたしに気を遣ってんのよ……!」


 すごい勢いで睨まれて、だけどその目は潤んでいて――溢れ出した涙もそのままに、ずるいよ、と優美ちゃんは言った。


「恵理ちゃんって、いつもそうだよね。好きだって隠しきれてないのに、いつも『友達だから』って言い訳ばかりして……なのに、諦めてもくれない。碧はあたしと付き合ってるのに、平気な顔で『友達だから』って、碧のいちばん近くにいる! なのに何? いざこっちが別れても、まだ『友達だから』ってウダウダしてんの!?」


 何ひとつ、言い返せなかった。

 私はずっと言い訳ばかりで、自分の気持ちをごまかそうとしてきた。ようやく想いを伝える時でさえ、周りの気持ちは何も考えてなかった。いつだって自分のことばかりで――そう思った時、ずっと黙っていた香奈が、勢いよく立ち上がった。


「……恵理ちゃんだって、頑張ってた。どうしたら、優美ちゃんを傷付けずにすむのかって……ずっと、ずっと、考えてた……」

「香奈ちゃんは黙ってて!」

「ううん……黙らない!」


 香奈の怒鳴るような声に、私も優美ちゃんも動きを止めた。いつもおとなしい香奈が、こんな大声をあげるなんて……驚く私たちに構うことなく、香奈は震えながら言葉を続けていく。


「優美ちゃんだって、わかってたでしょう……? 恵理ちゃんとトムくんが、両想いだってこと……そこに、ケンカの隙に割って入ったのは、ずるくないの……?」

「それは……」

「諦めようって、恵理ちゃん、頑張ってた。なのに、急に『別れたから付き合おう』なんて……トムくんも、ずるくない? ずるいのって、みんなじゃない……?」


 思ったことを言い終えたのか、香奈は小さな声で「ごめんね」と言い、再び私の隣に座り込んだ。

 優美ちゃんも気が抜けたように座って、そっかあ、と言って笑い出した。


「ずるいのはみんな、かぁ!」

「みんな、だよ……恵理ちゃんもずるいし、優美ちゃんもずるいし、トムくんもずるいし……それにね、私も、ずるいの」

「香奈ちゃんも? なんで?」

「……恵理ちゃんを、一人占めしようとしたから。トムくんを、諦めるように勧めたの、私だもの……」

「えー!? 香奈ちゃんもけっこーエグい!!」


 香奈の告白に優美ちゃんが大声で笑って、涙なんかどこかに吹き飛んでしまって……なんとなく、今までよりも、もっともっと仲良くなれるような気がした。三人で仲良くできたら、いいな。そんなにうまくは、いかないかな。きっと簡単ではないだろうけど、本音を言わずに諦めるのは、もう、おしまいにしたい。

 言い訳ばかりの自分を、いま、変えたい。


「優美ちゃん……私、トムくんが好き」

「知ってる」

「だから、トムくんと、付き合おうと思う」

「……うん。そうしてあげて」

「それでも……優美ちゃんと、仲良く、したいな」


 今の私の、何よりも正直な気持ちだった。

 優美ちゃんは黙り込んでしまって、どんな返事が来るのか不安しかない。それが伝わったのか、香奈が手を握ってくれた。

 しばらくすると、そっかぁ、と優美ちゃんが笑った。


「ほんっと、恵理ちゃんらしいなぁ……じゃあ、約束して。あたしの分まで碧を幸せにするって」

「うん……約束、する」

「オッケー!」


 優美ちゃんはぴょんと跳ねて立ち上がり、スカートをひるがえして私の方を向き、じゃあ親友、と親指を立てた。


「大丈夫。あたしモテるから、すぐに次の彼氏見つけちゃうんだから……だから、何にも気にしないで! 仲良くしようね!」


 うん、と返事を返すが早いか、優美ちゃんに抱き付かれて――その途端、真後ろで何かがぶつかるような、ごつんと大きな音がした。体育館の扉に、内側から何かが倒れ込んだみたいな……私たちが振り返ると、扉の向こうに人の気配がした。

 優美ちゃんと私で開けてみると、そこにはトムくんと、トムくんの親友の野渕のぶちくんの姿があった。


「ひっどーい!! 盗み聞きー!?」


 優美ちゃんが叫び、男子二人が大慌てで首を振っている。香奈が本気で軽蔑の視線を向けていて、それで聞かれた内容の重大さに気付いて、私は恥ずかしさでどうにかなってしまいそうだった。


「女子の内緒話を真後ろで聞くなんてっ、どんな神経してんのよお!」

「い、いや、トムが心配だって言うからさ!」

「先陣切って体育館に忍び込んだのはお前だろうが!」

「二人とも、最低……! 恵理ちゃんっ、か、考え直した方がいいかも……っ!」


 ぎゃあぎゃあと大声で騒ぐ四人を見ていると、なんだかおかしくなってきて……つい、我慢できずに笑ってしまう。

 それを見つけたトムくんが、私の頭をぐしゃぐしゃに撫でた。


「なに笑ってんだ、心配したんだぞこっちは」

「ごめん……っ、ふふっ」

「……で? 宮路は何か、俺に言うことがあるんじゃないのか?」


 トムくんがそう言った途端、みんな揃って黙り込んだ。

 え、まさかこれ、みんなの前で言う流れなの? 焦る私がみんなに視線を向けても、全員揃って顔を背けてしまう。ちゃんと聞きたいんだけどなぁと、トムくんがからかうように急かしてくる。


「い、言えるわけないでしょ?!」

「さっき言ったし~!」

「どうせもう聞いちゃったよ?」

「今更……かも……」


 外野の三人から容赦ないツッコミの嵐を浴びて、私は観念するしかなかった。

 トムくんの前に立って、まっすぐに彼の顔を見た。照れ臭そうな顔をして、私の言葉を待っている。

 諦めるために告白した時とは、違う。

 これは、幸せになるために必要な、たったひとつの魔法なんだ。

 私だけでなく、二人だけでもなく、みんなで幸せになれますように……強い祈りをぎゅっと込めて、未来のための一言を、告げた。

 笑顔になったのは、トムくんだけじゃ、なかった。


 下校チャイムが鳴りだして、みんなで校門へと向かう。すれ違う人たちが好奇の視線を向けてくるけれど、何を言われても、もう怖くない。

 私、ちょっとは強くなれたかなぁ?

 香奈の手をぎゅっと握ると、それに気付いたトムくんが、私の頭をぐしゃぐしゃに撫でた。優美ちゃんが苦笑いを浮かべながら、野渕くんに何かを言いつけている。

 その光景が、とてもかけがえのないもののように思えて――見慣れたはずの風景が、なんだかいつもと違う色みたいだ。みんなの色で、きらきらしている。

 靴を履き替えた後、立ち止まって見とれていると、先を歩いていたトムくんが急に振り返った。


、どうした?」

「な、なんでもない!」


 照れながら駆け寄る私を見て、みんなが笑う。

 こんな時間が、ずっと続けばいいな。きらきらと光る世界の中で、大好きな人たちのそばにいたいな――そんな願いを叶えるように、トムくんの手が、私をそっと引き寄せてくれた。


(了)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る