第1章:ソル・スプリングは恋した相手に恋される(3)

 春の佐名和町さなわちょうの夕暮れ時は、暖かい風が吹く。

 山の向こうに沈んでゆく太陽を左手に見ながら、千春と克己は並んで歩いていた。克己は自分の歩幅が大きいことをわかっていて、自然に千春の速度に合わせてくれる。それを嬉しく、どこかこそばゆく思っていると。

「そういや千春。お前さ、進路は考えたのか?」

 高い目線から、克己が見下ろして、問いかけてきた。

「うーん……」

 千春はあごに拳を当てて、しばらく考える素振りを見せたが、親友に隠し事をしても仕方無い。首を横に振って、素直に今の状況を述べる。

「まだ。これ、っていうやりたいことが見つからなくて」

「そうか」

 克己が納得したようにうなずく。ここで『そんなんじゃだめだ!』と否定してこないのが、克己の優しさであり、千春が克己を好きな理由のひとつである。

「じゃあさ」

 名案を思いついた、とばかりに克己が白い歯を見せて、親指を立てた。

上波北かみなみきたに行こうぜ、一緒に。千春の成績なら楽勝だろ?」

 上波北高校は隣町にある男子校だ。都市部への大学進学を考える男子ならば、大体みんなそこへ進む。

 それだけに、受験の難易度も高めだが、千春の成績は、体育以外は上から数えたほうが早い。実は年度初めに担任教師と面談をした時にも、『澤森なら楽勝だろうなー』と太鼓判をもらっている。

 反して、克己の成績は、体育は常にナンバーワンだが、それ以外はからっきしだ。とはいえ、上波北はスポーツ推薦も積極的に受け付けている。柔道部主将をつとめ、地区大会に出れば必ず好成績をおさめる克己ならば、そちらで余裕を持って入学できるだろう。

「柔道部はマネージャーも募集してるから、一緒にいられるな」

 一緒にいられる。その言葉に、千春の心臓が意識せずに高鳴った。

 高校生になっても、この幼なじみのそばにいられる。それはどんなに素敵なことだろうか。

 だが、という気持ちもある。

 高校に行ってまで、克己の助けを借りなければいけないのか。いつまでも、彼に甘えていていいのだろうか。

 この先、大学に入り、就職すれば、きっと克己とは進む道がずれてくる。その時、幼なじみの足を引っ張るのではないか。

 今日だって、運良く克己が来てくれなければ、自分はあの男子生徒たちにからかわれっぱなしで、漫画も取り上げられたままだったに違いない。

 いつまでも克己に頼ってはいられない。その思いが針となって、千春の心をちくちく刺す。

「……考えとく」

 少し長めの前髪をいじくりながら、なんとかそれだけを返した時。


 ふわっ、と。


 頭上をなにか大きい鳥が通り過ぎたような影が地面に落ちたので、千春たちは足を止める。

「なんだ?」

 克己が怪訝そうな顔をしながら上空を見上げ、そして、表情を固まらせる。追いかけるように千春も視線を上に向け、そして、息をのんだ。

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