第1章:ソル・スプリングは恋した相手に恋される(1)
ああ、聞いてロザリー!
わたくし、かの国の王子様に恋をしてしまったの!
でも、あのお方にわたくしの想いが届くはずも無いわ。諦めるしか……。
えっ?
あなたに案がある? 本当に?
わたしく、あのお方を諦めなくてもいいの?
どうか知恵を貸してちょうだい、ロザリー!
下校時間を告げるチャイムが鳴る。
読みふけっていたのは、今、十代の少女達に人気の少女漫画。隣国の王子に恋をしたお姫様が、頭の良い侍女の知恵を借りて、迫る危機や敵の手から王子を救ってゆく話である。
千春は少女漫画が好きだ。弱い、泣き虫、無力。そう言われてきた主人公の女の子が、一生懸命がんばって、恋の相手役を振り向かせるから。読んでいる間はどきどきして、がんばれがんばれと主人公を応援する。恋心が成就した時には、まるで自分の恋が叶ったかのように、とてもほっとする。
でも、現実はそうではない。千春の恋は叶わない。
だって、自分は。
「あー、なんだぁ、澤森?」
からかい気味の声が耳に届いて、おなかの底に冷たい鉛が落ちた気持ちになる。のろのろと目線を教室の中に戻せば、へらへら笑いながら近づいてくる男子生徒が三人。不良とまではいかないが、普段から千春にからんでばかりの奴らだ。
「まーた、女々しい本を読んでたのかぁ?」
三人は、逃げ場を無くすように千春の机を取り囲むと、千春の手からばっと漫画を取り上げた。
「ははっ! お姫様が主人公の漫画だってよ!」
「『ああ、ロザリー! 王子様を救うにはあなたの知恵が必要よ』ってさ!」
「お前もお姫様になりたいのかよ、千春ちゃーん?」
たちまち千春は耳までかあっとあかく染まり、椅子を蹴るように立ち上がる。
「返して!」
必死に手を伸ばすが、千春の身長は男子生徒たちに比べてやや低い。高々と本を掲げられては、届かないのだ。
「『返して!』だとよ!」
「なよなよした声だよなぁ」
「ほらほら、悔しかったら取り返してごらーん、千春ちゃーん!」
相手を図に乗せるとわかっていても、むきにならずにはいられない。案の定、男子生徒たちは千春の反応を見てますます面白がる。目の端にじわりとにじむものがある。
「お、泣くか泣くか? 泣き虫千春ちゃーん」
男子生徒の一人が千春を指差してけらけら笑い声をあげた時。
「いい加減にしろよ、お前ら」
低めの声が降ってきたかと思うと、男子生徒が掲げていた漫画がその手から消えた。たちまち彼らの顔色がさっと青ざめる。対照的に、千春の心臓は高鳴り、ぱっと表情を輝かせる。
「げえっ、
中学三年生にして百八十センチを越える高身長。適度に筋肉がつき、引き締まった体。短く刈り込んだ髪は清潔感がある。
「お前ら」
つりあがった細めの目が、男子生徒たちを抜かりなくにらみつける。
「オレがいない時ばかり見はからって、こいつにちょっかいかけるのやめろって、何回言わせれば気が済むんだ?」
十四歳の少年とは思えない気迫におされて、男子生徒たちは「うう」とうめきながら後ずさる。
「か、帰ろうぜ」
「ちぇっ、面白くねえの!」
悪態をつきながら男子生徒たちは千春から離れ、ばたばたと足音を立てて教室を出てゆく。それを眼光鋭く見送った後。
「千春、大丈夫か」
十河と呼ばれた少年は、千春に向き直り、打って変わった穏やかな笑みを浮かべつつ、取り戻した漫画を差し出す。
「うん」
千春は頬が熱を持つのを感じながら、本を受け取り、大事に抱え込みながら、うつむき加減に礼を言う。
「ごめん、
「いつもいつも、『ごめん』ばかり言うなよ」
克己は笑みを苦笑いに変えて、千春の頭をがしがしなでてくる。その手は大きく、たこができていて、体育の授業以外で運動をほとんどしない千春の華奢な手指とはまるで違う。
「オレがお前の役に立つなら、いつでも頼れって言ってるだろ?」
おどけて肩をすくめてみせる克己に、千春は「うん……」とうつむいたままうなずくしかできない。
自分は、いつもこの幼なじみに守られてばかりだ。何も返せない。
申し訳なさで顔を上げられない千春は。
学ランに身を包んだ、小柄な少年の体を、ちいさく震わせた。
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