12 鳴
その日の夕食は、テンポブロッケンの話題で持ち切りとなった。
「あれが現れたとなると、この時間風も半分は終わったことになりますね」
アフリカ人科学者のエンクルマが流暢な日本語で指摘した。ガーナ科学アカデミーの最古老である彼は奈良丸の古くからの友人で、お付きのいかめしい顔つきの兵士から逃れて、沢村たちのいるテーブルにやってきたのだった。そういう様子からすると、彼も軍人が嫌いらしかった。
「はい、テンポブロッケンは――時間風力学の立場からいえば――永遠値の保存を要請するために現れるものですから」
奈良丸が、これもまた流暢なスワヒリ語で答えた。沢村は、一体どちらの言葉で会話に参加すればいいのか一瞬惑った。すると、
(ドウゾ、オ国ノオ言葉デ、オ考エテクダサイ)
エンクルマが高振動数の機械モード――ただし、前にブラック・ハムと交わしたものとは異なるマトリックスのもの――で、沢村に思念波を送った。沢村はぎょっとした。
(アナタモ機械感能力者(ら・ぺるそーの・で・さい・ましーの)ナノデスカ?)
それは、沢村が自分以外に初めて出会った機械感能力の持ち主だった。
(珍シイ。イヤ、非常ニビックリシマシタ)
沢村は素直に感想を述べた。そして、それを得るに至った――と彼自身が考える――道筋が、心の中を素早く通り抜けた。
(ドウモ、ソノ過程ガ、アナタノ精神的外傷(とらうま)トナッテイルヨウデスナ)
エンクルマが指摘した。どうやら、彼は沢村の思考の流れを捕まえたようだ。それは、彼が沢村よりも強い超能力者であることを示していた。
(アナタモオ考エノヨウニ、自意識機械感能力ト精神感能力ニハ、本質的ナ差異ハアリマセン。ソノ違イハ、超能力波(さい・おんどー)ニ対スル共鳴振動数ノ違イダケトイッテヨイデショウ。コレハ、電磁波(光)デイエバ、核磁気共鳴(NMR)、電子スピン共鳴(ESR)、赤外線吸収分光(IR)、紫外・可視吸収分光(UV&V)、X線分光、無反跳ガンマ線共鳴吸収(めすばうあー・いふぇくと)ナドノ分光法ガ、ソノ用イル波長(エネルギー)ノ違イダケニヨッテイルコトトマッタク同ジデス(用いる電磁波は順に、ラジオ波、マイクロ波、赤外線、紫外&可視光線、エックス線、ガンマ線)。ソシテ、ソノ類似ハ、自意識機械感能力、精神感能力、念動力、賦活能力、予知能力ナドトヨイ対比ヲミセテイマス。
(アナタハ遺伝的ニ精神感能力者ノ素質ヲ持ッテ生マレマシタ。ソシテ子供ノコロ、オ兄サント強イ精神的絆デ結バレテイタ。ソノタメ、アナタハオ兄サンノ脳トモ、ソノ補助機械脳トモ感能デキルヨウニナッタ。
(アナタノオ兄サンハ、ソノ後モドンドン機械化サレテイッタ。当然、生命維持ニ関ワル機械脳ノ方モ大キクナッテイッタ。ソレニツレテ、アナタノ自意識機械感能力モグット協力ニナッテキテ――)
(モウイイ。モウ止メテクレ! ソレ以上ハ聞キタクナイ!)
沢村が悲痛な調子で叫んだ。
(イヤ、駄目デス。ソレヲ乗リ越エナケレバ、アナタノ精神ハ、コノ先破綻シマス)
沢村の呻きよりもさらに強い調子で、エンクルマが主張した。それは、沢村の〈無意識の〉遮蔽フィールドさえ越えて、彼の右脳で共鳴した。
(イイデスカ、ヨクオ聞キナサイ。〈アナタノオ兄サンノ自殺ハ、アナタトハ何ノ関係モナイノデス〉。ソレハ、アナタガ一時的ニオ兄サンヲ恨ンデ、怪物ヲ見ル目ツキデ彼ヲ見ツメタカラデモナク、マタ、アナタガ無意識ノ内ニ生命維持装置ノすいっちヲ切ッタカラデモアリマセン。ソレハ単ニ〈不幸ナ事故ダッタ〉トイウダケノコトデス)
(ダガ、兄貴ハ、アノトキ、オレヲ、確カニ恨ンデイタ。ダカラ、オレハ……)
(ソコガ考エ過ギナノデス。イイデスカ、自意識機械感能力ハ、ソノ身ノホトンドガ機械デアルモノノ方ガ強イ。タトエ、アナタガ生命維持装置ノすいっちヲ切ロウトシタニシテモ、アナタノオ兄サンガ、難ナク、ソレヲ阻止シタデショウ)
そして、ふいにエンクルマはその話題を打ち切った。
(トニカク、オ気ヲツケナサイ。アナタハ狙ワレテイル。私ニハ自意識機械感能力シカナイガ、アナタニハ、ソノ他ニ精神感能力ガアル。私ノ国ノオ偉方ガ――モチロン、自由主義ヲ標榜スル国家ノ幹部トテ同ジコトデショウガ――喉カラ手ガ出ルホド欲シガッテイル存在ナノデス。ダガ、イマノ状況デノアナタノ危険ハ、ソレヨリモムシロ、アナタ自身ノ頭脳ノ明晰サニ由来スルカモシレマセン。
(ソレカラ、アナタガオ仲間ダト思ッテイル機械知性ヲ、アンマリ信用シスギナイヨウニ。イマ行ワレテイル会話ハ、私ノ遮蔽ふぃーるどデ、トリアエズ守ラレテイマスガ、ソレモソウ当テニハデキナイ。
(トニカク、気ヲツケルコトデス!)
エンクルマが会話を終えようとした。そこに沢村が追い縋った。
(ヒトツダケ教エテクダサイ。アナタハ何者ナンデス? ソシテ、何故ボクニソンナコトヲ教エルンデス?)
するとエンクルマは妙に親しげな思念で答えた。
(私ガアナタニイラヌ節介ヲ焼イタノハ、沢村サン、アナタニトッテ私ガソウデアッタヨウニ、私ニトッテモ、アナタガ初メテ出会ッタ自意識機械感能力者ダッタカラデス)
そして、彼は悲しげにこうつけ加えた。
(外見カラハ想像ガツカレナイカモシレナイガ、モウ二十年モ前カラ、私ハ、脳ト内臓ノ一部ヲ残シテ、スッカリ機械化サレテイルノデスヨ)
「新庄先生の測定でも、テンポブロッケンの時間は、確かに未来でした」
西田承子がいった。
「それに、新庄先生はすごいんですよ。計算機の助けを借りずに、テンポブロッケンの発生を予言したんです」
そのとき、会場がわずかにざわついた。
「ご夕食中、まことに済みませんが……」
トニー・ニューマンがマイクを取るとアナウンスした。全員が、それに聞き耳を立てる。
「これは良いニュースです。たったいま、我が時間風調査隊に、イタリア政府からの差し入れが届きました。……どうやら、食べ物のようです」
だが、届けられた箱を開けると、ニューマンは一瞬むっとした表情を見せた。だが、すぐに笑顔を取り戻し、
「海洋性蛋白ですな。ホヤ(シー・スクヮート)です。……残念ながら、私自身は好みではないが、お好きな方にはいくらでもお分けします」
夕食会場内にやんやの喝采が巻き起こった。それに賛同したのは主にイタリア、フランス、チリ、韓国、日本の調査隊員たちだった。
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