第10話
家に帰ると夢子と雫はリビングにいた。
夢子はイヤホンをしてパソコンを見ていて、雫はタブレットで何かをやっているようだった。
「帰ってきたよ〜」
ルナがそう声をかけても二人は集中しているのか気づく様子はなかった。
「集中してるわね」
「みたいだな。何やってるんだ?」
「仕事だよ」
「仕事?」
「そう。仕事! 夢子は声の勉強中。雫は絵を描いてる」
「どういうことだ?」
「まぁ、簡単に言うと私たち三人でアニメを作って動画投稿してるんだよ!」
「え、マジか?」
「アニメ研YSRってチャンネル知らない?」
「悪い。知らないわ」
「え~。私たち結構有名なんだけどな~」
ほら、これだよ、とルナはスマホを勇司に見せた。
そこには『アニメ研YSR』というチャンネル名とこれまでに投稿されてきた動画(アニメ)がたくさん並んでいた。
映し出されていた画面の動画の再生回数はどれも数十万回を超えていた。
勇司はあまり『Xtube』で動画を見る方ではないが、この再生回数はかなり凄い。
「Xtubeで動画見たりしないの?」
「あんまり見ないな。見ても好きなアーティストの新曲のMVくらいだな」
「そうなんだ~。見てみてよ! どれも面白いから!」
「オススメは?」
「やっぱり私たちの代表作であり、一番最初に投稿した『ヒロインは君しかいない」かな~。ご飯できるまで暇だろうから、その間に見て感想聞かせてよ!」
「分かった。見てみる」
「じゃあ、私は夕ご飯作ってくるね! ハンバーグ楽しみにしててね!」
ルナは買ってきた食材を持ってキッチンに移動した。
勇司は『Xtube』のアプリを開くと『アニメ研YSR』と入力して、ルナが言っていた『ヒロインは君しかいない』の一話目の動画をタップした。
どうやら『ヒロインは君しかいない』はシリーズのようで、これまでに数話の投稿がされている(現在五話目)。
動画が流れ始めた。
主人公のナレーションから始まり、物語が進んでいく。
描かれた絵はとても綺麗で、ヒロインの声には聞き覚えがあった。
(凄い……)
思わず見入ってしまうほど、話の展開は面白く、声はスッと入ってきた。イラストも場面場面によって可愛らしかったり、カッコよかったりと描き分けられていた。
見入ってしまっていて、一話はあっという間に終わった。
続けて、二話、三話と見進めた。
三話目のラストシーンで勇司は涙を流した。
感動的なシーンだった。
主人公がヒロインに告白するシーン。
「勇司君。これ使う?」
告白シーンが終わったタイミングで夢子がハンカチを差し出してきた。
「ありがとう」
そのハンカチを受け取って勇司は涙を拭った。
「そのシーン素敵だよね。私もアテレコしながら何度も泣いたよ」
「このヒロインの声って夢子だよな?」
「そうだよ」
「主人公の方は誰だ?」
「それも私。というか、登場人物は全部私だよ」
「えっ!? マジか!? 凄いな……」
登場人物すべてということは男も女もすべて夢子がアテレコしているということになる。
登場人物の中にはもちろん男もいる。
主人公の声なんて夢子の声じゃないみたいだった。
その事実を知らなかったら男の人が声をアテレコしていると思うほどだ。
「えへへ、凄いかな?」
夢子は照れくさそうに笑った。
「凄いな」
「えへへ、嬉しいな。勇司君に褒めらるの久しぶりだね」
「そうだな。そういえば夢子、声真似得意だったっけ。よくいろんなアニメキャラの声真似してくれたよな」
「俺の特技だからね。これぐらいは朝飯前さ」
まるでボイスチェンジャーでも使っているかのように夢子は某人気アニメの男キャラの声真似をして言った。
「前より上手くなってないか?」
「そうかな?」
「上手くなってると思うぞ」
「勇司君がそう言うならそうかも」
「俺の知らないところでこんなことやってたなんてな」
勇司の知らない三人の三年間のことを少しだけ知れた気がした。
それが嬉しくて、少し嫉妬した。
「いいな。やっぱり俺もこっちで三人と一緒に中学生になりたかったな」
「そうですね。それが一番でしたけど、仕方がありませんよ。それにこうして再会できたのですから、三年くらいいくらでも取り返せますよ。私たちの人生はまだまだ続くのですから」
「それもそうだな」
夢子は微笑んで頷いた。
「ところで、今日の夕飯は何になりましたか?」
「デミグラスハンバーグだよ」
「ハンバーグですか。勇司君の好きな食べ物ですね」
「だな。夢子も覚えててくれてたんだな」
「もちろんですよ」
「そっか。ありがとう」
「子供の頃、無邪気な笑顔で食べていたのをしっかりと覚えてますよ」
「それは忘れてくれ。恥ずかしいから」
「忘れてなんてあげませんよ。私の大事な思い出ですから」
そう言って夢子は勇司の手を握った。
「ずるい。私も勇君の手握る」
いつからそこにいたのか、いつの間にか雫が勇司の側にいた。
雫は夢子が握った手と反対の手を握ると自分の頬に持っていってスリスリとした。
その仕草はまるでの猫が甘えている時のそれによく似ていた。
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