第九話 MESIAというアイドル

 僕らがメシアを倒したことで、デスゲームは一歩前進した。

 監視カメラには、処刑と称してこにゃたんがメシアを成敗する偽映像を見せつけておいたので、デスTubeを見ている視聴者にも、こにゃたん(僕)との熱烈キスシーンと共にその旨が伝わっていることだろう。


『これが、ゆるふわ子猫系アイドルのこにゃたん……!?』

『なんつー獰猛さ……いや、激しいキッスだ。まさに獣』

『雄みマシマシのこにゃたん、だと……!?』

『えちえち百合なこにゃたんもイイ!!』

『ああああMESIA様ぁ――っ!?!?』


 など。コメント欄は阿鼻叫喚だ。


 無論、本当にメシアを殺したわけじゃない。

 ただ、監視カメラからは確認しづらい場所で、ナイフで刺したように見せかけただけだ。だが実際には、言葉通り――僕によって飼い殺されているような状態ベタボレのメシア。

 こんな、本物のアイドルに惚れられるなんて幸運、僕の人生をひっくり返しても起きないような奇跡なわけだけど。

 僕には『推しこにゃたんとは~たん』がいるから。意味なんてないさ。


「じゃあ、今後メシア様には僕の手足となって動いてもらうから」


「はい、守さま♡」


「って、ちょっと! そんなにひっつかないでよ。僕だって一応、男なんだから。そんなにおっぱい押し付けられたら……」


「むぅぅう……!」


 ぐはっ!!

 なぜか膨れっ面のこにゃたんが超絶可愛い!!

 そうだよね、こにゃたんの胸は控えめだもんね、こんな風に自慢されたらそんな顔したくもなるよねっ!


「メシアちゃん、守くんから離れてよ!」


 はぁぁっ……! ぷんすこ顔のこにゃたん可愛い!!

 悶絶死する!!


 ……って、それどころじゃあなかった。


「こほんっ。じゃあ、メシア様にお願いするよ。命令その1。全力でゆーりぃを守って。ふたりで安全な場所に隠れてて」


「仰せのままに♡」


「うげぇ~。どうしてメシアなんかに……」


「ごめんね、ゆーりぃ。これから私と守くんは、『魔女』――色んな悪い子とデスゲームをしないといけないから、一緒だと危ないの」


「その点、メシア様は相当な実力者だ。一緒にいれば身の安全はある程度保障される。僕への忠誠も厚いしね。……で、メシア様。きみは本当に、『魔女』と呼ばれるような悪いことをしたの? 噂によると、ファンと心中を図ったとか……もしそれが真実なら、きみは学校ココを出れば自殺幇助の疑いで逮捕されることになる。僕は、こんな形――デスゲームなんて真似で君に罪を償ってほしくない。贖罪は、きちんと法の下に行われるべきだ」


 しっかりと目を見据えて尋ねると、メシアは「はわわ♡」と頬を染めながらもぽつりと経緯をこぼし始める。


 曰く、メシアがファンと心中を図ったのは本当のことらしい。

 けれど、彼女は本当に、自身も死ぬつもりだったのだとか。


「私を愛してくれた信徒ファンの方と共に、浴室でリストカットをしましたの。彼女は、死んではいませんわ。けれど今も昏睡状態で……私だけがこうして生き残ってしまったのは、悲劇としか言いようがありません。私はただ、彼女の『求め』――『愛』に、応えたかっただけですのに……」


「『求め』――じゃあ、心中を持ち掛けたのは、ファンの子の方からってこと?」


 その問いに、メシアは長い睫毛を伏して頷く。


「アイドルは、ファンに求められてこそ存在し続ける偶像です。その『愛』――『求め』が失われた瞬間に、ただの人間に戻ってしまう。私はただアイドルとして、死をも超える愛というものを享受してみたかった。彼女と共に究極の愛を得て、そうして命を散らすこと……それが最上の終焉おわりだと考えての行動でした」


「究極の、愛……」


 こにゃたんは、どこか呆気にとられたように呟く。


「ですが、その一件は信徒たちの間で『死を超えた奇跡』と呼ばれ、私の人気に、カルト的に火を注ぐことになってしまったのです。私は、より多くの者から求められ、彼らの望むパフォーマンスを披露し続けることが、目を覚まさない彼女への贖罪になるのではないかと……愚かにもそう考え、自首をせずに、黙ってしまっていたんですの。だって、私を求める彼らの瞳の輝きを見ると、共にリストカットをしたあの子が、そこに息づいている、生きているように見えて……」


 ゴスロリ服の裾を握り、儚い息をこぼしながら、MESIAは言った。


「……私、できれば、もうアイドルを引退したいんですの」


「「「!?!?」」」


「引退して、罪を償い、彼女の眠る病院に毎日お見舞いに行きたい。人目を盗んでお忍びで通うのではなく、堂々と、想いを通わせ合った友人として、彼女の帰りを待ちたいんですの。そうして、もうリストカットに頼らずとも、『貴女の愛を受け取りましたわ』と伝えたい。もし彼女が望むなら、彼女のために歌いたいんですの」


 ふわ、と寂しげな笑みを浮かべる様は、どこか、廃教会の聖女像を彷彿とさせた。


 僕は、立ち上がってメシア様の頭を撫でる。


「じゃあ、きちんと償いをするためにも、学校ここから出ないといけないよね?」


「守さま……」


「僕たちで終わらせよう。この、ふざけたデスゲームを」


 こねねと全く同じなのにどこか頼もしい眼差しに、ふたりの乙女がきゅん♡とした。


「そのためにはまず、デスゲームを仕組んだ犯人を探さないと……」


「え? でも、それって学園側の偉い人なんじゃあ……?」


 こにゃたんの問いに、僕は首を横に振った。


「僕の見立てでは……犯人は、この学校内にいるよ」

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