第四話 ふたりめの『推し』

 ひとまず僕が味方だと無理矢理に納得したこにゃたんは、同じユニットのメンバーであるゆーりぃの帰りが遅いことを心配し出した。


「守くん。あのね、ゆーりぃが今どこにいるのかわからない?」


 こにゃたんは基本的にぽやんぽやんなドジっ子さんだけれど、実はそこまでバカではない。

 僕が、変装コスプレを含めて常人離れした技術の持ち主だと勘付くと、おずおずと話しかけてきた。


 こにゃたんのファンだという僕が、この非常時にこにゃたんの居場所を特定できたことに、何かしらの手段を有していると推測したのだ。


 ――大正解。


 ただね、ここで近距離限定簡易GPSをゆーりぃに付けていると話せば、こにゃたんにもソレを付けていることがバレてしまうじゃないか。


 そうこうしているうちに、こにゃたんは自身の制服をまさぐりだし、発信機の有無を確認しだす。


 「ん~? なんかココ、かゆい……?」


 一般の生徒に混じっ変装してすれ違いざまに付けた発信機も、簡易なだけあって探そうと思えばバレてしまう程度にはお粗末なつくり。

 スカートの腰に挟まったソレを、パンツが見えそうな勢いで大胆にむしり取ると、こにゃたんは僕にジト目(ご褒美)を向けた。


 僕は正直に白状する。


「ごめんね、こにゃたん」


 監視し、影ながら守るために発信機を付けたと述べると、こにゃたんは驚きと呆れを通り越したような虚無顔になる。

 でも、動機が動機なだけあって素直に怒り切れないようだ。

 むすーっと頬を膨らませた、カメラ越しでない素顔オフのこにゃたん……

 くそ可愛い。


「ああ、許して。それも全てはこにゃたんのことを――!」


 懺悔にむせび泣きせんとしていると、突如として教室の窓が叩き割られた。

 ガシャアン!と鼓膜をつんざく音がして、こにゃたんは猫のように瞳孔を見開く。


 その先にいたのは――


「こねね、見ぃつけたぁ!」


 バールのようなものを手に、にたにたと肩叩きしながら土足で教室に踏み込む美少女。春の風に銀発を揺らし、獰猛な蒼い瞳でこにゃたんを射抜くのは、


 ――春風はるかぜハレル。


 僕のふたりめの推しだった。


 こにゃたんにとってはユニットもクラスも違う、同学年の顔見知り。

 だが、ハレルちゃん――通称『は~たん』は、自堕落な日常配信(ぽろりもあるよ♡)がバズを生み、今まさに一世を風靡しようとしている勢いのあるアイドルだった。


 ちなみに、性格はお世辞にもいいとは言えない部類だ。

 ――そこが好き。


「ハレルちゃんっ、どうしてA組に!?」


「ンなもん、てめ~が一番弱っちそうに見えっから、真っ先に殺しにキタに決まってンだろ~!?」


 ぎらりと八重歯を覗かせて、は~たんは嗤う。


 ああ、ああ! コレだよ、コレ!

 自分のためなら他者はあんまり顧みない、はリアルでも健在だったのか……!


 清々しいくらいにクソだ!! でもそこが好き!!!!


 どれだけ口と素行が悪くても、この銀髪と洗練された美貌を前にすれば、そんなものはどうだっていい。

 綺麗で、汚くて、ダメダメで。でも最強に可愛くて憎らしい……

 それが、春風ハレルだった。


「こねね、知ってるかぁ? さっきクラスの奴から聞いたんだ。このデスゲーム、今委員長に殺されないで生き残ってる奴は、あと一時間以内に誰かを殺さないとゲームオーバーなんだってよぉ」


「「えっ!?」」


「だから死ね!!!!」


 そう言って、手加減なしにバールを振りかざすは~たん。


 この勇ましさと浅ましさがあるから、僕は最初に、きみでなくてこにゃたんを選んだんだ。


「どちらかというと、味方コスプレしてあげないといけないのは、は~たんでなくてこにゃたんだもんね」


「は!? 誰だテメ――」


 咄嗟にカーテンの影に隠れていた僕に、は~たんは目を見開いた。


「な――こねねがふたり!? つか、どこに隠れてやがっ……」


「存在感がなくて、ごめんね」


 だって僕は、盗撮常習犯――いわゆるその道のプロだから。

 こういうのは、お手のものなのさ。


 手刀で気絶させた『推し』を腕におさめて、僕は興奮を抑えながら呟いた。


「はぁ……は~たん。今、安全な場所に連れていってあげるね……」


 一部始終を隣で見ていたこにゃたんが、ぞくりと背を震わせた瞬間だった。


※あとがき

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