拳を固く
異世界に行って獣人と戯れたい。ギルドに入って冒険者もしてみたい。魔王を討伐してお城で祝勝会を上げてみたい。信頼できる仲間と大冒険をしてみたい。
この現実世界で、叶えられない夢なんて無いんだからきっといつか叶う。
俺はそう信じてきた。
「昨日の懇親会超楽しかったね!」
「うちのクラスみんな良い奴で良かったよ!」
「お前あのゲームやってんだろ? 俺もやってるから後でパーティー組もうぜ」
クラスメイトたちは昨日よりもより一層仲が深まっているように見えた。
超リア充の流星が中心となって、おとなしい生徒も関係なくみんな仲良く話している。
なんだろう? 非常にいたたまれない気分だ。別に俺が悪いことをしているわけじゃない。なのに疎外感がより一層強い。
「あ――」
隣の席の委員長と目があってしまった。
委員長は手を振って笑顔で俺に答えてくれた。
挨拶が友達への第一歩だ。俺は勇気を出して挨拶をしようとした。
「お、おは――」
「流星君おはよう!」
委員長は俺を見ていなかった。俺の後ろにいるであろう流星を見ていたんだ。
あげようとした手が宙ぶらりんとなる。誰かの忍び笑いが聞こえる。
恥ずかしくて顔が赤くなる。
「ちょ、マジでキモ……」
……このクラスで友達を作るのは無理か。なら別の方法を考えよう。委員長とのやり取りを記憶から消した。
そういえば葛之葉さんとはあれっきり話せていない。勇気を出してどっかのタイミングで話しかけてみよう。色々と気になる事が多い。
「……おはよ」
「おーす、可憐、なんか目にクマができてない?」
「うわ、泣いた跡みたい」
「バカ、そんなわけないでしょ。ただの寝不足よ」
可憐から視線を感じる。足音は俺から遠い。今日は俺に絡んで来ないんだ。良かった……、笑いものにならずにすんだ。
そういえばあの後、可憐から何度もメッセージがあったが、特に返信をしなかった。
正直、自分の夢を馬鹿にされるのはもう嫌なんだ。もう友達でも幼馴染でもないから構わないだろ。
程なくして先生がやって来てHRが始まる。
教室がざわついている。先生の後ろには見たことがない女子生徒がいるからだ。
「あの娘ってまさかアイドルの『マミやん』じゃね?」
「いやいや、まさかそんな事ありえねえだろ」
「でもよ、俺ファンクラブに入ってんだよ」
「ただの似てる人じゃね? でも可愛すぎだよな」
騒がしいクラスメイトに注意する先生。
「はい、静かにしてね。今日は転校生を紹介するから。はい、間宮さん自己紹介よろしく」
間宮? なんか聞いた事がある名前だな。俺の昔の友達と面影が重なる。
まあいいや、そんな事より異世界ノートの更新をしなくては。
「……えっと、
***
子供の頃の記憶が蘇る。
間宮響、俺の近所の友達だった。学校は違ったけど、いつも一緒に遊んでいた記憶がある。
『文哉君は異世界行ったら何したいの?』
『もちろん勇者になってお姫様を助けたいよ』
『私も連れてってくれる?』
『当たり前だろ! 響は俺のダチだからな!』
友達だと思っていたのは俺だけであった。
小学校の高学年の時だ。俺は異世界の修行の道筋を見つけた時だな。
響は俺を避けるようになった。
『ねえ、文哉。いつもまでも異世界異世界言ってないで勉強しなよ』
『うちのママが文哉と遊ぶなって。ママの言いたいことわかるもん。文哉ちょっとおかしいよ』
『ちょっと、話しかけてこないでよ。気持ち悪いよ』
『わたしは今の文哉は大嫌い。二度と近づかないで絶交よ!』
響は子供の頃から可愛かったから変なおじさんが沢山寄ってきた。俺は一生懸命守ったのに――
『あなたがうちの娘をそそのかしたの! この娘は大物になるのよ! あなたみたいな頭がおかしい子は近づかないで頂戴!』
響が足を擦りむいて帰った時の事だ。大人からの悪意は子供にとってとても怖かった。
それ以上に――
『ママ、文哉君が無理やりわたしを連れ回したの。足が痛いよ……』
一緒にいた時の笑顔が嘘だと思いたくなくて――俺は響の存在を忘れようとしたんだ。
疎遠になってから一週間後、響から借りていたゲームがあった事を思い出した。俺は勇気を出して響の家に向かった。
チャイムを押しても誰も出てこない。俺は家の前でずっと待った。ゲームをポストの中に入れておけばいい。そう思ったが、直接響に渡したかった。謝りたかった。仲直りしたかった。
翌日も、翌々日もチャイムを押しても誰も出てこなかった。
『君、近所の人から通報があったんだ。ここの家の人は引っ越していないよ』
響は俺に何も言わずに突然引っ越してしまった。
胸にポッカリと穴が空いた気持ちになった。その時、俺は響の事がちょっとだけ好きだったって初めて理解した。
***
いやいや、もう過去の事だから本当にどうでもいい。
確かにあの時は苦しかった。響が本当は俺と一緒にいるのが嫌だってわかった時は。
俺もあの時よりも成長した。……女の子と話すのは緊張するけどな。
それに響も俺の事なんて覚えてねえだろ。
「あっ、やっぱ文哉でしょ! わたしずっと会いたかったのよ……、文哉……、突然引っ越してごめんね……」
「へ?」
教室がざわつく。響は教壇から降りて俺の方へと向かってくる。
い、いや、ちょっとまってくれ。
口がうまく回らない。うまい返しが思い浮かばない。
「わたしね……、アイドルになれたんだよ。これも全部文哉のおかげ。文哉わたしの事好きだったでしょ? ……ねえ、私と付き合って頂戴」
「え、あ、べ、べつに、その……、は、恥ずかしいから、と、友達から……」
なんだこの状況は? クラスメイトからの視線が痛い。俺はこんなラブコメ的な展開は期待していない。なんではっきり断らなかったんだ? 傷つけるのが嫌だったからか?
笑顔だった響の顔が嘲笑に変わった。
「ぷっ、アイドルのわたしがあんたと付き合うわけないじゃん! 超キモいのは変わってないね。え、なにその顔? 本気にしちゃった? あははっ! ねえ、可憐〜、こんな感じでどう?」
「さっすが響〜。変わって無くて安心したわよ。こっち来て話そ! このクラスの子たちはみんないい子だよ!」
そうだ、響と可憐は幼馴染でもあったんだ。
連絡を取り合っていたのか……。
気がつけばクラスメイトは爆笑していた。
笑われているのは俺だ。響の冗談をうまく返せず、気持ち悪い言動をしたからだ。
だけどな、あんな時どうすればいいなんて誰にも教わらなかったんだよ……。
なあ、ボブ、なんで教えてくれなかったんだよ?
――おれ、友達できないよ。
クラスメイトが俺を笑う中、俺は拳を固く握りしめかつての戦友の顔を思い浮かべていた。
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