表裏

 三連休最終日の夕方らしく、ロングシートに隙間なく並んだ人々の多くが微睡みと現の狭間に浮かんでいる。登山から帰ってきたような格好の老夫婦、腕の中ですやすや眠る赤子を抱き抱える父親。窓の外を見ようと体を捻る幼児とそれを支える母親。彼ららしくないほど口数の少ない学生のグループ。電車はゆっくりとスピードを落とし東京駅に到着した。扉付近に立っていた乗客がホームへと降り立ち、代わりに同じくらいの数の人がこちら側へやってくる。何の気なしにその様子を眺めていると初老の男性の後から乗り込んできたある男性に目を奪われた。八頭身ほどあるのではないかと思うほどの身長と風にたなびく長い前髪。その間からちらりと覗く切れ長の目。何故か分からない。しかし私は瞬間的に「これが運命なのだ」と思った。根拠もなく。

 しかし、その彼は私に目をくれることもなく車窓に目を向けた。ほとんど毎日通る路線の車窓に目新しさは無く、私はなんとなくその彼を見つめる。視線に気づいて振り向いてくれないかな、なんて淡い期待を抱いて。現実なんてそう甘くないのだろうと思いながら。

 浦和駅を過ぎた頃だろうか。未だに視線を向けていた彼が突然こちらに目を向けた。止まる時間。消える音。こちらから視線を合わせた手前、視線をずらすこともできず、どうしようかと思案していると彼のほうから話しかけてきた。そんなことがあるのだろうか。思わず怪訝そうなトーンで返事をしてしまい、不快な思いをさせていないだろうかと不安に思う。

 降りる駅を聞かれ、最寄り駅を答える。もしかして、と膨らんだ期待が次の彼の一言で現実のものとなった。

「降りた後少しお時間ありますか」

 一瞬で予定を確認し、この後二十時間は予定が無いことを確認。幸か不幸か通りすがりの人に声を掛けられお茶に誘われる経験はある程度持ち合わせていたが、こんなにも誘われることを期待したのはこれが初めてだ。大体は丁重にお断りするか、飲み物を一度奢ってもらうだけ。

 きっとこういうことに慣れていないのだろうな、というぎこちない誘いの言葉を受け、私はその誘いに飛びついた。飛びついて妙な日本語になってしまった後で、ここは私が冷静になるべきだったかと反省したがもうどうしようもなかった。

 名前を聞かれ、彼も名を名乗った。示坂春哉さん。なんとなく、名は体を表すという言葉の意味が分かったような気がした。

 もうすぐ電車は大宮駅に到着する。私は肩にかけたトートバックをかけなおした。

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