第9話 南太平洋海戦 帝国海軍の1番槍

1942年10月27日



 昨日の航空戦によって散々に叩かれた米機動部隊――TF16、TF17にとって10月27日の夜明けは正しく最悪の夜明けだった。


 空母「ホーネット」「エンタープライズ」、そして軽巡2隻、駆逐艦2隻を撃沈された両部隊は、夜の内に合流を果たしており、合流部隊の旗艦は重巡「ペンサコラ」に定められた。


「おはよう、マレー少将」


「おはようございます。キンケイド少将」


 TF16司令長官トーマス・C・キンケイド少将の朝の挨拶に、TF17司令長官ジョージ・D・マレー少将は幾分やつれた声で挨拶を返した。


 夜を徹した合流作業と、部隊の現状把握によってマレーは疲れ切っており、それはキンケイドとてほぼ同じような状況であった。


「取り敢えず、我が軍の基地航空隊の航空援護が受けれる海域に移動することが最優先だな」


「同感です。昨日の航空戦で1隻の喪失もなかった日本軍の機動部隊が追撃をかけてくる事は間違いないですからね」


 キンケイドの方針にマレーも同意した。


「取り敢えず、ポートモレスビーに展開している友軍に・・・」


 マレーがそこまで言った時、どこからともなく砲弾の飛翔音が聞こえてきた。


「まさか・・・!!!」


 キンケイドが最悪の事態を悟った時、駆逐艦「アンダーソン」の右舷側に水柱が奔騰した。噴き上がった水柱の高さから、それが戦艦の主砲弾であることはキンケイドの目から見ても明らかであった。


「『アンダーソン』から連絡です。『我、砲撃を受く』」


 「アンダーソン」から「ペンサコラ」に通信が飛び込んできた。キンケイドは目を見開き、艦隊全艦に即座に迎撃態勢を取るように命じた。


 戦艦「サウスダコタ」が真っ先に転舵を開始し、重巡「ポートランド」「ノーザンプトン」がそれに続く。


「『サウスダコタ』『ポートランド』『ノーザンプトン』転舵しました! 部隊後方に行く模様!」


 見張り員から報告が入り、敵弾の新たな飛翔音がそれに重なった。



「さあ、締めようか。米軍!」


 第2艦隊、第3艦隊から抽出された追撃部隊の先頭を行く戦艦「金剛」の艦橋で、第3戦隊司令長官栗田健男少将は仁王立ちになって叫んだ。


追撃部隊

第3戦隊 戦艦「金剛」「榛名」

第4戦隊 重巡「愛宕」

第5戦隊 重巡「妙高」「摩耶」

第2水雷戦隊 軽巡「五十鈴」、駆逐艦10隻


 昨日の航空戦で、第2艦隊、第3艦隊は米機動部隊の空母2隻を撃沈し勝利した。ここに追撃を仕掛けて更に戦果を挙げようというのが、2艦隊司令部の考えだった。


 追撃部隊に選ばれた戦艦2隻、重巡3隻、軽巡1隻、駆逐艦10隻は夜通しの強行軍で米機動部隊との距離を詰めた。この強行軍は艦・乗員の双方に相当の負荷をかけたが、その甲斐あって米機動部隊を捕捉することに成功したのだった。


「第3戦隊、目標敵戦艦」


「第4、第5戦隊、目標敵巡洋艦」


「第2水雷戦隊、目標敵駆逐艦」


 第2艦隊司令長官近藤信竹中将が座乗する「愛宕」から命令電が送られてくる。第3戦隊に割り振られた攻撃目標は新鋭戦艦であり、その戦艦は艦の下腹から僅かに黒い重油を垂れ流していた。


「航空戦で魚雷を喰らった戦艦だな」


 米戦艦の状態を見破った栗田は唇の端を釣り上げた。金剛型戦艦は1隻当たり36センチ連装主砲4基8門と、米新鋭戦艦の40センチ3連装主砲3基9門よりも劣勢であったが、あっちが損傷している上に、数も2対1とあっては、こちら側が圧倒的に優位であった。


「『金剛』『榛名』目標敵戦艦!」


 栗田は下令し、「金剛」の主砲がゆっくりと旋回を始めた。


「目標敵戦艦!」


「目標敵戦艦。測的始めます!」


 「金剛」艦長小柳冨次大佐が射撃指揮所に司令部の司令を伝え、砲術長加藤翔馬中佐が即座に復唱を返した。


 主砲の発射を報せるブザーが鳴り響いた。金剛型戦艦の象徴である36センチ主砲の先端に巨大な火焔が湧き出した。雷にうたれたかのような衝撃が栗田と小柳の体を駆け抜けた。


 「榛名」も砲撃を開始し、敵戦艦の艦上にも発射炎が認められた。


 「金剛」の第1射は敵戦艦の前方に着弾し、「榛名」の第1射は敵戦艦の後方に着弾した。いずれも敵戦艦から大分遠い所に着弾しており、あと何回かの弾着修正が必要そうであった。


 敵戦艦から放たれた第1射は「金剛」の頭上を飛び越え、右舷側に着弾した。敵戦艦は魚雷を喰らっている影響でやはり狙いはかなり不正確であり、至近弾炸裂の衝撃が「金剛」の艦底部を揺さぶるといった事態すら発生しなかった。


 弾着修正後、「金剛」は第2射を撃つ。


 「榛名」、敵戦艦も第2射を撃ち、2種類の口径を持つ巨弾が高空を飛翔し、目標に殺到する。


 第2射の結果は、3戦艦とも第1射と同様のものとなり、なおも巨弾の応酬が繰り返される。


 「金剛」が第3射、第4射、第5射と放ち、着弾の度に狙いが正確になってくる。


 当たれ! 当たれ! 当たれ!――砲戦の様子を眺めながら栗田は心の中で祈り続けた。


 そして、均衡が崩れたのは、「榛名」の第7射が敵戦艦に落下した時だった。


 水柱が崩れ、敵戦艦の中央部から火災煙が確認されたのだった。








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