転生した元【魔王】の侵略から始まった『月のお姫様』と【勇者】とヤンデレ幼馴染の四角関係が始まるまでの一夜
納豆ミカン
第1話 主人公
恋の目的地は
そこにはお美しい美談なんか無い。単に贅沢が好きなんだ。お湯の中に身を沈め、あふれ出たお湯こそが『
だがこれから語るのは、愛の話。本質的にはエゴと表裏一体でありながら、交わらないもの。例えばそれは、地球から見た月。表だろうが、裏であろうが、その本質は『月』以外の何物でもない。表も裏も本人は意識などしていないだろう。地上の人々もそうだ。美しいと地球の人を魅了している月はいつでも表側。それでもそれは
そんな、自らの傷や痛みを厭わない行動こそを愛と語るに相応しい。まるでほら、自分の幸福を削って我が子を育てる『母』のようではないだろうか?これこそを『愛』と言わずに、なんと言うのか。
恋を
「きりーつ、礼」
「寄り道せずに帰れよー」
学校のホームルームが終わり、死んだ魚のような目をしていた者。あるいは授業なんざそっちのけで机に鏡だの化粧品だのを出してるバカも。机の下でゲームやスマホやらいじってるやつも。少数派の真面目に勉強してる生徒も。その他大勢のモブどもが一斉に放課後を思い思いに過ごすべく、行動する。特別何と言うことも無い、スクールライフのアフターだ。
ところで、唐突だが、主人公とは特別であるべきだ。あるいは特別だから主人公なのか。無個性を謳う主人公だって、結局何かしら才能、人望。容姿に頭脳。性格に才能……二回言っちゃった。まあ、なにかしらが必ずある。本当に無個性なら、ただのモブだ。
そして、俺の双子のお兄ちゃん。
まあ、そんなわけで。誕生日と言う特別視されるような今日の日に、お兄ちゃんの人生が変わったのは必然と言えるのかもしれない。
「みんなーこれからカラオケ行かない? 今日は光輝の誕生日だし、お祝いしようよ。ドリンク無料券があるんだー」
今日も主人公の金髪頭の周辺には、引き寄せられた友人がわんさか沸いている。緑頭に紫頭に赤頭。オレンジ頭。虹かな?
「おーマジか光輝君、誕生日オメー! いいじゃんカラオケ。最近あっちーもんな。クーラーの利いた部屋サイコ―!」
「光輝君おめでとうー! ウチ、光輝くんとデュエットしたーい」
「おめでとう光輝君。アタシもーデュエットするー!」
「じゃあ、順番に歌おうか」
「やったー! 光輝君優しい~好きー」
「ちょっとー光輝くんはウチの彼ピ(予定)なんだけどー」
「はー? 光輝君はアタシの彼ピだし~」
「「キャハハハハハハハハハー!」」
大声で楽し気に話している中身のない会話に、嫌な顔一つせずに対応している。そんなこと出来るイケメンなんて、フィクションの住人くらいのもんだろう。
少なくとも俺は金でも貰わんと無理だ。連日の慈善事業とか冗談じゃない。そんけーしちゃーう。一方俺は教室の出入り口が空いてきたのを見計らって帰るだけ。仮にも双子だってのに、どーしてこうまで差がついたんだか。ははっ。
「あ、ごめんちょっと」
「え? 陽香―?」
(今日は何をしようかな。昨日は何したっけか……?)
「ねえねえ、月兎。今日これから--」
(ああ、そうだ。ひと昔前に流行った漫画読んでたんだった。だったら今日はそのアニメでも観てみようか)
「カラオケ行くんだけど、月兎も一緒に行こうよ」
(うん。それが良いかもな。確か今日はお母さんは夜勤だし、お父さんは明後日まで出張。うん。完璧なプランですねこれは)
退屈でめんどくさい学校から解放されてからの帰り道に、何して遊ぶか決める時間は楽しいもんがある。これは遠足前の準備に匹敵する。つまり、家につけばめんどくさくなって、やらなくなるタイプの完全な無駄骨。夏休みの宿題の計画だ。
「今日さ、月兎の誕生日でもあるでしょ? だから、お祝いしたいなって」
「…………」
それでもお兄ちゃんは学校のお友達と楽しい放課後を過ごすらしいから、しばらくはロンリーでオンリーなクールタイムでいられる。ただそれだけで心が躍る。自由万歳。
「どうかな月兎?」
「…………」
お兄ちゃんはリア充ライフ。俺は誰もいない自宅という学生最強のアヴァロンへいざ直行。開け道路光線。
ところで、優秀な自慢の息子が誕生日だってのに親はお仕事な辺り、この国の未来マジで暗くね?
「あとね、月兎。今日お父さんもお母さんもいないから、また泊まりに――」
「おいテメエいい加減にしろよ! 陽香が話しかけてんだろうが、ガン無視してんじゃねえよ!!」
(おーおー。何か会話が盛り上がってんなぁ。ちっとは周囲の鼓膜に配慮したボリュームで発声してほしいな)
なんて思っていた俺の肩に、誰かの手が乗る。怪奇現象の類かな? とか思っていたのもつかの間。そのままぐいっと引っ張られて、バランスを崩した俺は思いっきり尻餅つくことになった。
超いてえ。
「ちょっとトオル! 何するの!?」
「だってムカつくだろこいつ!? 光輝くんの弟だか何だか知らねえけど、話しかけられてガン無視とか完全に舐めてんぞ!」
「だからって暴力を振るうの? そんなの最低だよ!」
「こうでもしなきゃこいつ話もしねえじゃねえか! だいたい入学の時からムカついてんだよコイツ! 何話しかけてもひとっことも話さねえしよお? 流行の話題振ってもシカトしてきやがるし、鉄板ネタも笑わねえし。何なんだよテメェ?」
「…………」
すっげえうるせえ……鼓膜に響く。何だこのチャラ男Aは。
「そんなのトオルが……」
「……それってさー。トオルがダダ滑りしながら絡んでたやつのことー?」
別の女の声が聞こえた。
「三咲…………え? オレ、滑ってた?」
「滑ってたっしょ。友達いない無口君がアレ返事すんのはハードルヤバいわ」
「……え、マジか」
「マジ。だからアンタ頭冷やしなって」
「あ、はい……」
「トオルさー陽香が弟君のオカンやってんのとか、いつものことじゃん? 嫉妬すんな~」
「べ、別に嫉妬とかしてねえし!」
「あとさ、アンタ謝った方がいいんじゃん?」
「あ、おう。ごめん。陽香」
「そっちじゃねえ!」
「月兎に謝ってくれなきゃ、トオルには無料券あげない……」
「わ、わかったって! 謝るからさ! 弟君もわるかった……ってあれ? いねえんだけど」
「え? 嘘、月兎どこ行ったの?」
「陽香とトオルが喧嘩してるうちに帰っていったし。こっち見もせずにね。おら、さっさと追いかけて来いし」
「あーもうやっぱしあいつムカつくってー! 普通あんなに話しかけてんのに帰るとかナシだろ!」
「トオルが喧嘩腰になるから悪いんだよーばかー!」
いやーリア充ってあれよね。結構迷惑だよね。主に自分の主張ばっかし通そうとする辺りが。おかげで下駄箱に付くまでちょっと時間ロスったし。でもその割にグループの外にあんまし興味ねえから秒で脳みそが明後日の方向に行くんだよね。この生態、知って損はねえな。
「月兎―! ちょっと待ってよー!」
「…………」
ふいに聞き飽きた声が聞こえた。ガキの頃からうんざりするほど聞かされた声だ。多分。さっさと帰りたいので、めっちゃ嫌そうな顔で出迎える。
「あの、月兎。さっきは大丈夫だった? どこもけがしてない?」
「…………」
なんだろう。そんなことでいちいち呼び止めないでもらっていいですか?
「あ、あのね。さっきのこと、トオルが謝りたいって」
知らねえよそんなこと。何で被害者の俺が加害者のデモンストレーションの為に貴重な時間を消費させられなきゃならんのさ。
「あーえっと、ごめん! さっきは悪かった。勘弁」
(はい、中身空っぽの言っとくだけ謝罪ありがとうございます。もう聞いたからいいよね?)
用向きも済んだと見込んで俺は靴を履き替えていざ、自由の空の下へ……。
「あの、それでね。仲直りにってわけじゃないんだけど。良かったらこれからボクたちと一緒にカラオケ行かない?」
「…………」
(行くわけがない。何でいじめを受けた加害者が一芸披露させられなきゃならんのだ。常識の内容が異次元過ぎるだろ。さてはお前異世界人か)
海より広い私の心もここらが我慢の限界よ。俺はもう家に帰らせてもらう。踵を返して今度こそ広い空の下へ飛び立たん。
「……あのさあ。さっきのこと蒸し返して悪いんだけどさ。お前何でしゃべらないわけ?」
今度はチャラ男Aが俺に話しかけてきた。あーうざい。もうそろそろ俺を解放して欲しい。
「…………」
「いや、オレと喋りたくないのは良いよ? 嫌いなんだろ? うん。まあ良いよ。
けどさあ、陽香を無視するってのはなんなの? さっきもめちゃくちゃ話しかけてたじゃん。お前シカトしてテクテク歩いてたけどさあ。光輝くんと陽香が幼馴染ってことはさ、二人の関係も、幼馴染なんじゃねえの? 何でシカトしてんだよ」
「…………」
「もう止めてよトオル。いつものことなんだから!」
「だったら猶更だろ。何があったか知らねえけどさ、いつまでも陽香に心配かけてんなよ。陽香はお前の母ちゃんじゃねえんだぞ?」
「だから止めてよ! トオルには関係ないことでしょ!」
「関係なくねえよ! コイツがこんなんだから、陽香も時々浮かない顔してるんじゃねえか! オレだってさ……その、お前のこと心配だし……」
「そうだったんだ……それは、ごめんだけど。ありがとう」
おーおーラブコメしとる。おあとがよろしいようで。これでようやく後顧の憂い無く帰れるってもんだよ。
「ああ、良かった。ちゃんと仲直り出来たんだな。陽香とトオル」
……あーあ。もたもたしてたら主人公登場だよ。はよ帰りてー。
「あんまし遅いからさー様子見に来たし」
「もうお話終わったー? アタシ早く光輝君とデュエットしたーい」
(俺も放課後とランデブーしたーい。せっかくお友達も付いて来たみたいだし、もう解散でいいだろ)
「ああ、光輝君からも言ってやってよー。コイツ、マジで空気読めないよー。本当に光輝くんの弟なわけー?」
「なーにー? トオルまだうだうだやってるわけー?」
「だってこいつ、マジでありえないんだよー」
「ああ。ごめんなトオル。月兎は間違いなく俺の弟だよ。生まれてからずっと二人で。幼稚園の頃からは俺と月兎と陽香の三人で過ごしてきたからね」
(そーなのかー)
「んじゃあ何でこんなに根暗なわけ? 超無言なんだけど!」
「月兎は根暗じゃないよ! ちょっと今人生に疲れてるだけで……!」
「陽香、落ち着いて。フォローになってないから」
「人生って……オレらまだ中学生なんですけど。何があったの、弟くんの人生に」
(まあ、人生には疲れてるとこありますけどね。主になう)
「…………はぁ。あのさぁ、俺もう帰りたいんだけど」
重いおもーい口を嫌々開くと、その場の三人が揃って俺の方を振りむいた。
「げ、月兎が……喋った……?」
何で信じられない感じになってんのお兄ちゃん?
「……オレ、マジで初めて弟君の声聞いたんだけど」
「えー喋ると結構アタシ好みかもー」
「んじゃそっちはあげるから光輝君もらってくわー」
チャラ男Aは宇宙人を見る目をしている。あと新たに追加されたギャルAとBは……どうでもいいか。
「月兎……げっとぉ……」
うわあ、日野陽香に至っては泣いてるよ。何? 小鹿の出産にでも立ち会ったの?
「月兎。お前、何で最近全然喋らなかったんだ?」
「何でもいいだろお兄ちゃんよぉ。いいから帰らせろよ。休ませろよ自由にさせろよ」
「弟くん、結構イケボしてんね。これは光輝くんに似てるわ」
「不幸にも
「下位互換なんかじゃないよ月兎。月兎の声は月兎だけのものだよ」
「あーさいですか」
「つかさあ、弟くんそんだけ喋れるなら歌もいけるんじゃね? カラオケ一緒しよーよ。陽香もめっちゃ気にしてるしさあ」
「さんせー!」
「まあいっか別に」
「うん! そうだよ月兎。ボク、久しぶりに月兎と遊びたい。一緒に行こうよ、月兎」
何でそうなる。帰りたいって言ってるじゃん。俺が話してる時だけ聴覚を失ってるのかこいつら。
「行くわけないだろ。帰りたいって言ってるじゃん」
「何か大切な用事があるのか、月兎? 観たいテレビがあるとかゲームしたいとか」
「もちろんあるさ。家に帰って一人でダラダラするっていう、外せない用事がな」
これを大事な用事に含めないようなやつとはマジで関わりたくないよね。
「なぁーんだ。全然用事なんてねーじゃーん。じゃあ行こうぜ~」
これだよ。こいつら日本語で話している筈なのに会話にならない。口を開くのも馬鹿馬鹿しいってもんよ。
「それなら月兎。日を改めるから、俺達と遊ぶ約束をするっていうのはどうだい?トオルもさっき言ってたけど、月兎と話をしてみたいって言ってる人も結構いるんだ。
新しい友達ができるかもしれないよ」
さすがお兄ちゃん。秒で妥協案を出してきた。伊達に頭いいって言われてないわ。つっても、根本的な部分で誤解があるから、やっぱり俺たちは致命的に相性が悪いんだけれどもさ。
「…………突然だけどもさ、お兄ちゃんよ。
アンタにとって友達って何よ?」
「友達が何か?
それはもちろん。仲良くしている大切な人たちだよ。家族とも恋人とも違う、大切な存在だ」
「へえー大切ねえ~それって、家族や恋人とどっちが大切なんー? おにいちゃーん」
「それはもちろん。みんな大切だよ。一番とか、そんな格差は無いよ」
「おーおー。耳心地の良い血の通った回答をどうもありがとう。テストの模範解答丸写しにしたみたいだ」
「それじゃあ、月兎にとっての友達ってなに?」
「そんなの言うまでもないだろう。俺には友達なんていないんだ。『無いものは知らない』これが俺の模範解答だ。やったこと無いゲームレビュー書けってくらい無理。あるいは食ったこと無い飯の食レポ」
「それはおかしいと思うな。月兎、俺とお前は双子の家族だから、友達じゃないっていうのは分かる。けど、陽香はどうなんだ? 生まれた時から親同士が仲が良くて、家も近所。最近ではテストで赤点取ってお小遣いまで減らされた月兎に、毎週勉強を教えてくれてる。家族同然な付き合いだけど、俺達にとって陽香は、幼馴染であって、大切な友達でもあるはずだよ」
「陽香、あんた最近ぜんっぜん週末遊びに来ないのってそれが原因だったん?」
「うん。月兎は昔から学校の勉強が苦手で。でも、もうボク達中二だし、来年は受験もあるから。将来のこと考えないとって、光輝に頼んでけっこう強引に勉強会をしてたの。
ねえ月兎。最近全然話してくれなくなったのって、それが嫌だったからなの?」
「別に。
訂正があるとすれば一つ。俺は日野陽香を『親の友達の娘』あるいは『ご近所さ
ん』くらいにしか認識していないってことかな」
「なっ!?」
「……は?」
俺の訂正に対して、お兄ちゃんは驚いた顔をして、チャラ男Aはなんか眉間にしわを寄せてる。コワーイ。
そして、当の日野陽香はと言うと。
「…………」
信じられないという顔をしている。
「薄々その辺に誤解があるかもしれないと思ってはいたけども、その様子だと当たりらしい。
アンタがどう思ってんのかは知らないけどさ。俺、一度たりともあんたを友達とか幼馴染とか思ったことないんだよ。俺とアンタの関係性はあくまで『他人』だ。
そりゃあ、勉強会も正直止めて欲しい。偽善のつもりなのか、教師に頼まれたのか。あるいは他に企みがあるのかは知らないんだけども。俺、アンタの自己満足に付き合わされても損しかないからさ。どんだけやっても一ミリも成果上がんねえし。他人に付き合わされてるだけの時間とか。完全に時間の無駄。人生の浪費じゃん? 友達って能力的にある程度対等じゃないと成立しないものだし。
でも、喋んなくなったのは、単純に会話するのにうんざりしたってだけ」
特にこれと言って感情もなく、感動もない、俺にとってはあくまで当たり前の言葉。紛れもない、俺の本心だ。
「…………何コイツ。マジでありえないじゃん」
「だからそう言ってんだろ。三咲。なあ、お前マジで頭おかしいんじゃねえの」
「あーあ。一瞬アリかと思ったのになー。これはナシだね」
そうだ。ようやく伝わったか。俺はお前らと友達になるとか嫌なんだよ。だからほっといてほしい。
「っつーわけだから。お兄ちゃんにはわりーけどよ。遊ぶ約束は俺抜きで勝手にしててくれや」
なんとも心が晴れやかだ。まるで家の中の生ごみが全部ゴミ収集車に投げ込まれていくような爽快感。最高の気分だね。
「…………月兎。お前、どうして……」
「世の中おひとり様ブームだろ? そういう人間が一定数いるってことだよ。まあ、お友達欲しいよーってなっても、そこの壊れた蓄音機みてえなのは勘弁願うわ。ゲーセンでフィギュアでも取っておままごとでもしてる方がまだマシ。言えた立場じゃないとは思うけども、アンタの友達、俺にはサルか何かにしか見えないんだわ」
「…………そうか」
「そうよ。つーわけでカラオケ行くんだっけ? せいぜい遅くまで時間掛けてくれよモブ共。その分俺はおうちで気兼ねなく過ごせるし。あ、ドリンクの無料券、今日までなんだけど、良かったら日野さんいる? どうせゴミになる紙だし」
「…………」
返事もなく立ち尽くすだけの日野陽香。
まあいいかと、ビリビリと破いてゴミ箱にきちんと入れておく。良い子はポイ捨てしないものだ。今入れた青い箱は傘入れとして使われているような気がしなくもないが、気のせいだろう。多分。
「んじゃ、よい放課後を」
ひらひらとお手々をふってさようなら。さあ、結局今日は何をしようか。いっそのこと俺もヒトカラ行こうか? あ、ダメだ。今ドリンクの無料券千切っちゃったわ。バカだわ。
「月兎…………」
何か背後で声が聞こえた。今まで黙ってた日野陽香の声。あるいは怨嗟の呪怨にでも変わるのかな? やだなー。俺ホラーきらーい。
「陽香、もうほっときなよ、あんなの」
「そうだよー。あいつどうかしてるってー」
「月兎」
「…………」
お友達の静止も振り切るように大きな声でハキハキと俺を呼ぶ声がする。さあ、どんな呪言が湧き出すかなー?
「明日の勉強会……忘れないでね。いつもの時間に、行くから。ちゃんと、いて……ね」
「………………」
思わず背筋が凍った。何か目に光が無い。笑顔じゃないぶんだけマシだが、これはマジのホラーですわ。夜道に刺される方がよっぽど健全だぞオイ。怖すぎてもうお顔見れない。マジ見れない。
「ありえねえのは……あんたの方だったな」
視点:聖光輝
幼稚園でかけっこをすればいつも一番だった。同年代よりいろんなことを褒めてもらえて、嬉しさを感じていた。でも、いつも後ろめたかった。
双子の弟の月兎のことだ。俺が出来ることがいつも出来なくて、俺を褒めてくれる人たちに、悲しい目で見られ続けていた。分身も同然に思う弟と、もし一人の人間として生まれてきたのなら俺達は一緒に褒められていたんじゃないかって、心が苦しかった。月兎も同じことを、いや、もしかしたら俺がいなければ良かったって考えているんじゃないかって、怖かった。最後に月兎の笑顔を見たのは、いつのことだろう?何年も一緒に生きていながら、俺の中の月兎は、いつも暗い表情で俯いている。
「大丈夫か、陽香」
「うん。大丈夫」
とても大丈夫には見えない無理をした笑顔が、俺の心を絞めつける。陽香とは自我が生まれた時にはもう、月兎と一緒に家族同然の付き合いをしていた少女だ。明るい髪色に負けない程、明るく元気で、優しい。
そんな彼女のことを、異性として意識したのは、いつからだろうか。もしも陽香と一緒に生きていけるなら、俺は一生幸福で生きていられる。けれど、そんな俺の思い人が恋をしたのは、月兎だった。少しだけ悲しい気持ちはあったけど、それでも。月兎なら、祝福できる。そう思っていた。
「陽香、気にすることないからね。あんなやつに陽香はもったいないし!」
「そうだよ~。あんなクズ、絶対にろくな目に合わないよ。その時に指さして笑ってやろうよ。ね」
「…………やめてよ」
「何言ってんだよ陽香。庇うことねえよ。アイツのどこにそんな価値があんだよ?わざわざ毎週勉強教えてやってんのを、偽善なんて言ってんだぞ。あんなやつ、どう考えてもただのカス――」
「違う!! 月兎はそんなんじゃない! 月兎はそんなこと言われるような人じゃない! 何も知らないくせに勝手なこと言わないでよ。ほんとに……月兎のことを悪く言わないで。ボクはどう言われたって、構わないから」
「何でだよ。何であんなやつにそこまで……意味分かんねえよ!」
「分かんなくてもいいよ! ボクだって、他の誰かが理解してくれるなんて思ってないよ。それでもいいから。月兎のことは干渉しないで。月兎が受け入れてくれる日まで、ボクは月兎を支えて行くの。それだけでも良いの」
「……光輝君。アイツと陽香の間って、そんな固い絆みたいなのがあんの?」
「ごめん。それは俺にも分からないんだ」
嘘だ。本当は知っている。
「……そっか。光輝君も知らないんか。んっか! じゃあしょうがねえか。
よっしゃ。んじゃ気分変えてカラオケ行こうべ」
「軽っ。急に変わりすぎじゃん」
「だって考えてもしゃーねえべ。光輝君にも話してないことじゃ、オレに話してくれるわけねーし。そんなことよりカラオケで発散だ! 鬱な気分は大声出せば炭酸出来るってな!」
「発散な。ジュースじゃねえんだから」
「はいはいどうせバカですよーんじゃ行くべ。陽香!!」
「……うん」
一時はどうなるかと思ったけど、無事に仲直り出来てよかった。こういう切り替えの早さは、トオルの長所だ。俺もよく救われている。短気なところもあるが、少し話せば、きっと良いやつだって分かると思う。月兎。俺はお前と六人でいつか一緒に遊べたらって思ってるんだ。いつか分かってくれるだろうか……月兎。俺の家族。
「いやー歌った歌ったー!」
「んーっ! やっぱ明日休みの日のカラオケって最高だねー」
「そうだね。陽香も、ちょっとは気分晴れたんじゃん?」
「うん。もう大丈夫だよ。心配してくれてありがとう。三咲」
「いいって。それより、またアイツに何か言われたらあたしに連絡しなよ。味方するってスタンスはもう何も言わないけどさ、悲しかったら愚痴くらい聞かせなよ。それくらい良いでしょ? あたしら……友達だし」
「三咲……うん。ありがとう」
陽香もだいぶ調子を取り戻したな。やっぱりこう言うのは、同性の友達の方が気兼ねしなくてもいいのかもしれないな。本当に良かった。陽香。
このままずっと、こんな日々が続いてくれれば。そしてここに月兎も居てくれれば、俺はもう何もいらない。本当に、心から、切ないほどに、そう思う。
《残念ながら、その願いは叶わない》
俺の知らない声がした。
「…………今、誰かいた?」
「へ?どったの光輝君?そりゃあ街中だから人はいっぱいいるけど」
「……そう、だよな。空耳ってやつかな。驚くほどはっきり聞こえたよ」
「ふーん。まあ、弟があんな感じになったら、ストレスもキツくなるよなー」
「そうでもないよ。月兎は、少し分かりにくいけど、俺は、アイツの方が天才に見える」
「いやー光輝君には悪いけど、オレには想像つかないなー。こっちから見ると弟君? つーか月兎くん。はさ、光輝君と双子だっていうけどさ。目つきは悪いわ、口は悪いわ。成績も悪いしで。全然別人だし成績も最悪じゃん?」
「…………これでも昔は、親も見分けが付かない。瓜二つだって言われたくらいそっくりだったんだよ」
「それってマジで言ってる? 表情とかって話じゃないよ? 顔の骨格。体格。身長。いちらんせい? らしいけども、言われなきゃ双子って思うやついないんじゃね? いつからあんだけ変わっちゃったわけ?」
「……きっかけは四年前だと思う。ウチと陽香の家は、母親同士が子供のころから仲が良くてさ。家族ぐるみの付き合いが頻繁だったんだ。
そんな時期の十歳の時に、ウチと陽香の家で、月兎が商店街の福引で当てたハワイ旅行に行くことになったんだ」
その時の俺は、正直言って、福引を当てた月兎よりも喜んでいた気がする。ここから少しでも、これまでの悲しみが癒えるほどの幸福が訪れてくれればと思っていた。
「へー福引当てたのが光輝君じゃなくて月兎君なんだ。何か意外だねー」
何でかそういう運は、俺ばかりに回ってきてたのは間違いないよ。実際、母さんはその福引を俺に引かせようとしていたくらいだから。
でも、福引は当たりさえ入っていれば、理論上は誰でも絶対に出せるものなんだ。当たるのは、あくまでも当たるときに引いたから結果的に出るだけ。だから俺は、自分が回す直前になって、月兎に交代したんだ。もし、俺が偶然に『出る時』に回しているだけなら、きっと俺じゃなくても誰かが回せばそれで出てくるはずだって」
「おー! それで本当に月兎くんで当たり出たん? すっげー。でもそれって、結局光輝くんが当てるはずだったものを代役で引いてるだけなんじゃねえ? 自分で引いたって言えるん?」
「うん。俺はそれでも言えると思ってるよ。だって、出る時に引くも出ないときに引くも、それを誰も証明出来ないだろ? 結局は確率でしかないんだよ」
「それ、すっげーへりくつじゃね?」
「屁理屈でも詭弁でも、何でも良い。俺は、月兎に責められてもいいから、月兎にも幸せになって欲しいんだよ。たった一人の、双子の弟だから」
「なるほどね。そんで? そんな奇跡みたいなことまで起こした旅行の何にケチが付いたん? 月兎君が怒ったん?」
「…………事故だ」
「事故!? そりゃあ災難だったね……え? もしかして頭打って性格が変わっちゃったん?」
「多分、間接的にはそうだと言えると思う。そもそも月兎は、せっかく当てたハワイ旅行すら全然前向きじゃなくてさ。俯いてるだけで、凄く苦々しい表情をしていたんだ。それなのに、当時の俺は、そこからハワイ旅行が楽しいものになれば、月兎の成功体験になると思って、自分勝手に月兎を外に連れ出したんだ」
「へえ。今の光輝くんからは想像出来ないね。誘われて付き合ってる感じなのに」
「そうだね。あの旅行は、月兎の成功体験どころか、俺の明確な失敗体験としてトラウマになってしまったのかもしれない。
当時の俺はまだ失敗らしい失敗をしたことが無かった。だから、失敗することを考えていなかった。あの行動が、独り善がりだって、気付けなかったんだ。
事故が起こったのは、帰国する前日だった。その日も俺は、陽香と人生初めての海外旅行を楽しんでいるようには見えない月兎を連れ出して、遊びに行っていたんだ。
今思えば俺はその日、焦っていたんだと思う。明日は帰国の日。つまり、月兎がこの旅行に良い思い出を残すには、今日が最後のチャンスだって。そんな日に俺が選んだのは、気球の夜間飛行だった。その夜は、ちょうど満月の夜で月兎がよく月を眺めているのを知ってたから、大きなチャンスだと確信してた。
その日見た満月はさ本当に大きくて、吸い込まれそうで。それを空から眺めるから、本当に迫力があった。俺も、陽香も、月兎がその日ハワイにやってきて初めて大きく顔を上げたのを見て、成功だと思ってたんだ。
けど、その時に思いもよらないことが起きた」
「思いもよらないこと……? 気球が落ちたとか?」
緊張したまなざしで俺の話を聞いていたトオルが、ごくりと息を飲んだ。
「……跳んだんだ。月兎が。気球から」
「……え? 飛んだ? え? 翼が生えた……わけない、よな」
「事実だけを口にするなら、気球から飛び降りたんだ」
「うっそ……!?」
「俺も、陽香も、両親も、呆気にとられてた。一番最初に手を伸ばした陽香でも、伸ばした先がすでに大きな満月しか見えないくらい、手遅れだったんだ」
「そんな高いとこから落ちて、生きてるだけでも奇跡じゃんね」
「ああ。下がコンクリートじゃなかったことが、多分唯一。月兎が生き残った理論的な理由だと思う。あとはもう、本当に奇跡だ」
「それでマジで頭打って人格変わっちゃったわけ? 言っちゃあなんだけど、漫画みたいな話だな……」
「それが、違うんだ。月兎が変わったのは性格じゃない。記憶だ」
「記憶……? もしかして記憶喪失ってこと?」
「ああ。月兎は……俺の弟は、気球から落ちた時に、生まれてから十歳までの記憶の殆どが……抜け落ちているんだ」
「…………マジかよ」
ここから先は、誰にも語らない実際に起きた出来事。陽香が月兎に対して思い入れが強くなった理由だ。
医者の診断こそ無かったが、月兎が記憶喪失となったことは明白だった日の翌日。帰国の日にも拘らず、月兎は病室から姿を消していた。いったいどこへ行ったというのか? 何の情報もなく、一週間も行方不明だった。俺たちは旅行ということもあって、帰国するしかなかったけど、もう誰も旅行から帰ってきたという気持ちは持ち合わせていない。
陽香は自分が真っ先に手を伸ばしたのに間に合わなかったっていう自責の念が強すぎて、ハワイで行方不明になっていた月兎が、何故か日本の俺たちが通っていた小学校で発見されるまで、部屋に引き篭ってしまっていた。その時の陽香は本当に見ていられなかった。月兎の名前以外言葉を発しない口は、食事すら拒み、絶望の底にいた。
月兎と再会してからの陽香は、それはもう凄い執着だった。一秒だって離れようとしなくて、一時期はずっと家に泊まっててさ。
本当に家族そのものだった。他の誰でもない、陽香は俺たちの家族だ。でも……月月兎は。どうして……。
《それは、やつが地上の命の意味を理解できない【
「……また、聞こえた」
「え? 何が?」
「トオル、本当に聞こえてないんだよな?」
「…………? うん。全然なんも」
「そっか。分かった。
トオル。俺少し用事を思い出したから、連絡してくるよ。月兎に」
「あー、うん。んじゃオレらファミレスでも入ってるわ」
「うん。すぐ戻るよ」
何かいる。俺の頭の中に。幻聴だろうか?それとも、テレパシーのような何かが、俺の中に? 良く分からないから、少しみんなと離れて検証してみることにした。判断材料がない不可解に対処する方法は、分析して、理解することだ。二度あることは三度ある。無いなら幻聴と判断して病院へ行けばいい。とりあえず、もう子供も家に帰ってるような時間なので、近くの公園のベンチに腰掛けてから念じてみる。
(俺に話しかけているのは誰だ)
さすがに声に出して見るのは、周囲の目が怖いので最後の手段だ。さあ、どうだろう。
《ようやく私の存在を認識する決意が出来たか。
ともかく、これは行幸だ。私にとっても、キミにとっても》
「――!?」
返事があった。返事と言って良いものか分からないけれど。
(質問したい。キミは誰だ?)
質問は簡潔に行う。その方が話と分析が進みやすい。
《ああ、すまない。私は【
同種が存在しないがゆえに個……いや、単体であり必然として名付け親もなく、個体名は存在しない。
情報の送受に不便を感じるのであれば『スピリット』とでも呼称してくれれば良い》
(スピリット、か。じゃあスピリット。キミが俺にだけ意思疎通を図っていたのは何故かな?)
《回答しよう。私は前世のキミの魂と縁がある。言うなれば電話の番号を登録しているようなものだ。それゆえに、私はキミとだけ交信が可能となっている》
前世か。これは困った。いよいよ俺は本当に幻聴を聞いているんじゃないだろうか。言語は理解できるが、不安は募る一方だ。
(なるほどね。俺だけが声を聴けた理由は分かったよ。スピリット。
正直あんまり納得したいものじゃないけどね)
《心情とは別の理性で物事を俯瞰するキミの観察眼は、衰えていないようで喜ばしい限りだ。
私も今のこの惑星の文明レベルや、これまでの生活を考えれば、納得しがたいことは理解できる。
魔術文明は衰退の一途を辿り、人間種以外の種を迫害し、生まれたばかりの機械文明に傾倒するも、未だ児戯に等しい。そんな惑星に生誕から住み着いていれば、いくら勇者の魂と言えども、あらゆる才能は持ち腐れに堕ちるだろう》
(……俺の前世って、勇者だったの? 魔王と戦った……とか?)
《その通りだ》
その通りなんだ……たしかに人より少し得意なことが多いような気はしていたけど。勇者なのか……。
(そうなんだ。じゃあ、今度は倒した魔王が復活するのかな?)
《否。【魔王】は復活しない。あれは二度と蘇ることは無い》
「それは良かったよ。世界滅亡の危機だなんて、歓迎出来ないからね」
《【魔王】の存在を拒絶するか? 勇者よ》
「ああ。俺は自分の生きる世界と、世界に生きる人たちを滅ぼすような存在なら、容認出来ないよ」
《そのために戦う力がまだ、その魂には刻まれている》
「でも、魔王は復活しないんじゃなかったの?」
《【魔王】の復活はない。だが、【魔王】というシステムは宇宙の歴史の中で発生し続ける。
ゆえに、復活はせずとも、新たな【魔王】は誕生する。宇宙でブラックホールが生まれるように、『当然の現象』として、そこに発生する》
ブラックホールか。もしそんなものが地球の近くで生まれたら、魔王なんて呼ぶには充分すぎる被害が起きる。
「つまり、スピリット。キミが俺にコンタクトを取ってきたのは……」
《いかにも。幾千万の時と変貌を超えた先に生まれた【勇者】の魂を持つ者を導き、勇者の力の覚醒を助力する。これが、躯と寿命を持たぬ私が、一つの惑星に肩入れし、汝に語り掛けた本懐である》
「…………」
月兎。陽香。トオルに三咲、アユ。大切な家族と友達に危険が及ぶなら、俺は喜んで戦う。つらい思いをさせるくらいなら、俺は自分が戦いたい。そして、大切な人を護るということは、必然的に世界中の人を護るのと同じだ。人は一人で生きてはいけない。密接に絡み合う人生と運命の糸は、たった一人誰かが殺されるだけで崩壊する薄氷。誰を助けて、誰を助けない。そんな取捨選択を選ぶ余地の無いものだ。
「うん。分かったよスピリット。俺は何をしたらいいのか教えてもらえるかい」
《了解した。汝の敵は、これより月から飛来する【魔王】となる。ソレを討ち果たせ》
「月って、宇宙の月?」
つぶやきながら天を仰ぐ。もうすっかり暗い夜空。街中は明るくてあまり星の光は届かないけれど、それでも月明りはしっかり見える……あれ?
「月が少し……赤い? 今日は皆既月食だったっけ?」
《違う。あれは月そのものが赤に染まってきているのだ。千年前に眠りについた【魔王】が吸収した、月の民の『血』によって》
「…………そんな、バカな」
月に生物が住んでるなんて聞いたことが無い。なんて否定しても仕方がないので、実際に起こっている現象だと受け入れるとしよう。それでも、否定したくなる。何故なら。
「地球から見た月が徐々に赤くなっている。その理由が光の反射じゃなくて、地球の海のように血が拡がっているだって? 月そのものを最低でも半分近く覆う量の血が、月に流れているっていうのか!?」
《その通りだ。月の【魔王】は、かつて月の民を虐殺し、血を奪い、殲滅し、眠りについた。それは、いずれ生まれてくる【勇者】を滅ぼすための画策だろう》
「つまり、俺に会いに来るために、千年前に生きていた民を皆殺しにしたって言うのか?」
《如何にも。アレは恋に狂い、新生の【魔王】となった。そして、勇者よ。
万人の為に悪を討つならば。聖月兎こそが、勇者と人類の最大の敵となるだろう》
………………なに。
「何を……言ってるんだ?」
《聖月兎は、気球から落ちた日に死んだ。今キミが弟だと思っている聖月兎はもはや別人だ》
「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」
この声の言っていることがリカイ出来ない。
《詳細は後に話すとしよう。まずは魂に眠る【勇者】の力を目覚めさせる必要がある。それが出来なければ》
「きゃあああああああああああああああああああああーーーー!!」
《キミの護りたいもの以外は、ここで全て消えることになる》
「何だ!? 今の悲鳴は」
《敢えて伝えるまでもないことだが、肉眼で捉えられる宇宙の光景は、常に完了した事象が遅れて映像として届けられている。つまり、地球から見える月が血に染まっていないからといって、月の現地ではすでに全て血に染まっているとしても、それは当たり前のことだ。
結論として、この惑星に既に月から贈り物が届いていたとしても、それは未だ半分も血に染まっていない月の光景と矛盾しないと言うことだ》
スピリットの話を聞きながら、声のした方に走っていく。
「待ってくれよ。それって、月の【魔王】が地球に攻撃してくるってことか? 何故!? 目的は【勇者】の俺なんだろう?!」
《目的などない。ブラックホールが目的も意図もなくただ己の存在のみで超重力を生み出し、他の天体を飲み込みながら移動するように。【魔王】が近場の星を飲み込み破滅させることは、システムとして極めて自然な生態運動に過ぎない。
【魔王】とは、その現象の名称。存在としてそれが自然であるがゆえに【魔王】なのだ》
「なんだよそれ……それじゃあまるで災害じゃないか!」
《災害は惑星の内情。それは宇宙全体では些事に留まるが、【魔王】は宇宙全体の話だ。星の中でつむじ風が起こるのとは規模が違う。【魔王】が目覚めれば星など幾らでも滅ぶ。嘗て地球によく似た生態系を育んだ月も、現れた【魔王】によって滅ぼされかけた。だから月の住人はキミと言う惑星外の勇者を召喚した。
結果として、新たな【魔王】を生み出したに過ぎなかったのだがね》
もし、もし仮に本当にブラックホールが地球を襲うようなことがあったら、人間が一人で一体何が出来るのだろうか? 前世の勇者の力は、ブラックホールに抵抗できるんだろうか? もし、出来たとして。それは俺以外も守ってくれるようなものなんだろうか?
超重力の中で圧死しないとか、自由に動けるような俺だけに効果が有効なものだったら、まずみんなの安全を確保しなきゃならない。
「…………いや、今考えても仕方ない。とにかく、悲鳴のした方へ行かないと!!」
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