第10話 もう一つのスマホ

 新年が明け、一月もあっというまに下旬へ突入した。


 俺の日常も通常へと戻っていた。

 父親はいない、長く手伝いに来てくれていた井上さんも、ほとんど来なくなったが、代わりのスタッフも増員され、母も元気になった。

 預かっている子どもたちの不安感も無くなったようで、新たな日常が繰り広げられていた。


 学校での俺は

「おはよう!京介、今日もいい天気だな!今日もよろしくな!」

 笑顔で京介にあいさつが出来るようになっていた。もちろん、京介の彼女からは相変わらず警戒されてる。だから、一彼女がいるときは近づかない、あいさつもしない。

 俺の中の京介への想いも、いつの間にやらスッキリとしていた。


 一つ冬休み前と違うのは、胸ポケットには常に雄一郎から渡されたスマホが入っているということだ。

 もともと自分のスマホも持っているのだが、それはカバンにしまったままで、何故か雄一郎からのスマホを胸にしまっている。

 使用するわけでもないが、『何かあった時』そう思うと、これがあるだけで安心感が凄かった。

 


「おまえら、ちゃんと荷物のチェックしてるか?出発直前になって親を困らせないように今から最終チェックをしておけ!

 休み明けたらついに修学旅行に出発だぞ!」


 俺たちの学校の修学旅行は高校2年の2月にある。場所は軽井沢。3泊4日、みんなで軽井沢へ行き、スキースノボー三昧の日々を送るのだ。

 今まで一度も雪山に行ったことがない俺はとても楽しみにしていた。

 先生たちは、危険が多いからと注意事項を何度も何度も説明してくる。耳にタコが出来そうだ。

 


「海斗、気をつけてね。

 何かあった時のための保険証とかはこれに入ってるから、必ず胸元に入れといてよ!

 山は怖いんだから気をつけて行ってきてね」


家に帰ったら帰ったで、母親も何度も言ってくる。


「大丈夫だよー、わかってるって」


「お土産なんか何もいらない、あなたが無事に帰ってきてくれたらそれでいいからね」


 父が死に、母と2人になった。その家から初めて俺は泊まりで出かける。4日間も帰ってこないのだ。やはり、母の心配は以前とは比べられないほど大きくなっている。


「大丈夫だよ、ちゃんと帰ってくるから!」


 母が俺のことで心配している様子を見ていると、旅行に行くべきか考えたこともあった。だが、やはり修学旅行には行きたい。

 だから俺は出来るだけ毎日、『大丈夫だから!』と母に言うようにしていた。

 少しでも安心して欲しかった。


 母の心配は、出発のその時まで続いた。


「体どこかわるいところない?薬持った?連絡先は?泊まるホテルはここでいいのよね?何かあったらいつでも連絡してきてね!」


「わかってるよ!大丈夫だから。じゃ行ってきます」


 早朝、大荷物を持ち俺は修学旅行へと出発した。



 新幹線から降りると街中というのに雪が既に積もっている。都心だと交通機関が麻痺してしまうレベルだ。

 俺たちはバスに乗り初日の観光地巡りへ出発した。

 この日は、寺や城などを見て巡る。

 俺らは、旅行気分満載で思いっきり楽しんでいた。

 


 夕方、軽井沢入りをし、宿へと到着した。

 部屋に入るなり同室の岡本が言う


「夕飯に行く前にさ、携帯の充電だけしとこうぜ」


「あぁ」


 俺はカバンからひとつと、胸ポケットからひとつスマホを取り出し充電器に差した。


「海斗ってスマホ2個持ちだったんだ」


「あ、あ、これはその……」


 ちょうどその時、雄一郎スマホに着信が入った。

 俺は慌てて、今差した充電器から外してトイレに駆け込んだ。

 というのも、このスマホの待受画面は花の写真に変えたのだが、雄一郎からの着信画面は雄一郎のアップのままだったからだ。


「もしもし……?」


「海斗!何故連絡してこない!もうとっくに信州にいるのに何一つ連絡してこないのはなんでだ?

 予定だとホテルにも入ったようだな、大丈夫なのか?何か起きてないか?」


 お前は俺の母親か?いや、コイツの心配性は俺の母親以上かも知れない。

 スマホを渡されたあの日から、コイツからの連絡が毎日来るようになった。


「GPSで確認してるんだろ?修学旅行中なんだ、連絡出来なくても許してくれよ。

 それにいつも言ってるけどさ、連絡は週一回でいいって言ってたじゃないか、昨日も電話したし、旅行の間くらいは勘弁してくれよ」


「旅行というのは、気が緩むもんだ。変な誘いもあるかも知れないじゃないか」


「変な誘いって何だよ?大丈夫だよ。

 そうだ、今日、土産屋に寄ったらさ、雄一郎さんに似合いそうなキーホルダー見つけたんだ。買ったから戻ったら送るよ」


「ん?俺に?」


「あぁ」


喜んでる。まだ一度しか会ったことないこの人は、俺が雄一郎さんのことを考えていたと話すたびに喜ぶ。


「そろそろご飯の時間だから行くね。また寝る前に連絡するから。じゃぁね」


やっと電話が切れた。

トイレから出ると、岡本がニヤニヤしている。


「海斗ってさ、恋人いたんだ?」


「え?違うよ!そんなんじゃないよ。あの人は……その……」


   何て言えば良いんだ?


「いいって!わかったからさ。メシの時間だ。広間に行こうぜ」



   絶対勘違いされたー!



俺たちは広間へと向かった。

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