第2話 一緒に探してやるよ、ヒーローを

 俺の高校生活が始まった。

 さすがの進学校。勉強はとてもハードだった。一分一秒も気が抜けない授業がつづく。

 そんな学校生活はいつも京介と行動を共にした。何をするにも一緒。教室移動も、体育のペアも、昼休みもいつも一緒だった。

 放課後は、部活動などしないで一刻も早く家に帰って引きこもりたい京介と、子どもたちの面倒を見ないといけない俺は、学校終わりに急いで駅に向かう。そういう所も同じだったから、放課後の誘いなんかもお互いしない。本当に2人とも友人関係でいるのに何一つ苦がなかった。



 高校1年の冬

 昼休みに京介が突然聞いてきた。


「なぁ、海斗ってさ、休みの日は何してるの?

 ずっと家の手伝い?」


「いや、手伝いは平日だけだよ」


「じゃ何やってるの?」


「それは…………」


「別に言いたくないなら答えなくて良いよ」

「いや!なんていうか恥ずかしいなと思って……

 笑わないで聞いてくれる?」


「うん、俺はいつも真剣に聞いてるよ?」


「だよな……京介ならいいか……

 実は、俺、休日の天気のいい日はチャリに乗って走ってるんだ」


「チャリ?どこを?」


「どこっていうか、それがどこなのか……

 うーん、わかんないんだ。

 あれがどこだったのか、どこに行けば会えるのか……

 ハハッ、意味わかんないよな?

 俺、ヒーロー探しをしてるんだ」


「ヒーロー?そういえば入学式の日もそんなこと言ってたよな?」


「あぁ。

 俺さ、子供の頃に迷子になったんだ。

 なんでそこにいたのかは分かんないんだけど、夜道を親を探して泣きながら歩いてたんだ。

 ひとり、暗い道をひたすら親を呼びながら歩いてた。

 年齢は4歳。これははっきり覚えてる。

 そんな俺の大ピンチに、颯爽と現れて俺を助けてくれたのが"ヒーロー"。

 俺の"永遠のヒーロー"さ。

 その人はさ、泣いてる俺を励まして、手を引いて、警察まで連れってくれて、さらに親が迎えにくるまで一緒にいてくれたんだ。

 あの時はほんっとに嬉しかったし、心強かったんだ。

 本当に絶望から救われた気がした。


 でな、俺にヒーローは約束したんだ。


『大丈夫、また会えるよ。

 俺はお前のヒーローだから、つらい時や悲しいとき、ここぞって時は助けに行くよ。

 だから俺のことを忘れるなよ?

 今度会った時は、いっぱい遊ぼうな、海斗』


ってさ。

 だから俺は会いに行こうと思って。

 もうこの年だから、遊ばなくてもいいからさ。

 とにかく会って、あのときのお礼を言いたくて探してるんだ」


 京介は笑わず真剣に俺の話を聞いてくれた。

 今まで仲良くなった人にこの話をしても、『夢じゃないのか?』『バカじゃね?』なんて揶揄されてきたが、京介は違った。


「じゃぁそれ、俺も一緒に探してやるよ」


「え?」


 冬の澄み渡る青空のもと、ひときわ際立つほど眩しいほどの笑顔で京介は言った。

 優しくカッコいい京介の笑顔に、俺の心の中に何やら昂るものがあるのを感じた。




 俺たちは高校2年になった。

 京介とまたしても同じクラス。他の人との交流がほとんど出来ない京介を気遣ったのか?なんて先生たちの裏事情を考察したりもしたが、それで同じクラスになれたなら俺にとっても好都合だった。



「京介、今週末は、もっと向こうの東に行こうかと。今週も行ける?」

「いいよ」


 毎週土曜の時間が取れそうな時、京介と2人でヒーロー探しを続けていた。

 探し方はこうだ。

 あてもない道をひたすら走り、"あのときの道"を探すのではなく、お世話になった"警察署"を目指し探していた。

 とある警察署を見に行く。建物が10年以上変わった様子が無くて記憶と違う建物なら他へ。もし、新そうならその辺りの四方を走り、記憶と同じ場所がないか探すのである。

 大きな警察署の思い当たるところは全て行ったが同じものは見当たらなくて、今は小さな交番巡りをしていた。


 こんな途方もない"ヒーロー探し"に何一つ文句も言わず京介は付き合ってくれていた。



「ここも違う……こんなじゃなかった」


「海斗、そろそろ親に聞いてみたらどうだ?」

「……だめだ。それだけは出来ない。

 昔、一度聞いてみたことがあるんだ。


 『ヒーローに会いたい!

  だからどこにいるのか教えて!』


 って。

 そしたらさ、母親は大号泣でさ。


 『自分達が頼りないから。

  寂しい思いさせてるから。

  親として何も出来てないからでしょ』


 てさ。

 違うと何度も言ったけど、信じれないみたいで。


 俺があの時、夜道を歩いてた時、きっと母は生きた心地しなかったんだとおもう。

 その時のことがトラウマになってるみたいなんだ。

 あのときの母親の顔があまりにもツラそうで。


 親父はさ、

『すまなかった、すまなかった』

 しか言わなくて。

 だから俺、誓ったんだ。二度とあの時のことは両親に聞かないって。


 だから、聞かない、聞けない。

 聞いちゃいけないんだ。


 けどあの人には、"ヒーロー"にはもう一度会いたい」


「そっか、わかった。じゃあっちの道探してみるか!」


「あぁ。京介ありがとう。行こう」



 なぜあの時、夜道を一人で歩いていたのか……

 あれは迷子だったのか、家出だったのか……


 それすら記憶がない。

 警察から家に帰った記憶もすでに曖昧だ。

 車に乗り、どれくらい走ったのだろうか……。

 本当に覚えてるところは、ヒーローと一緒にいた時間だけなのだった。



 この日の捜索も夕方になってしまった。


「今日も見つからなかったな。記憶だけじゃやぱ無理なのかな。

 ありがとうな、京介」


「いいよ、これからも付き合うよ。

 なんだか俺もヒーローに会ってみたくなってきたし。

 じゃあまた月曜日に」


「あぁ、ありがとうなー!」


 今週も俺たちのヒーロー探しは成果なしで終わっていった。

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