第36話 親父の思い
「あの日は晴れてたな。本当に空は澄んでいた。
俺たちのお袋の葬儀の後、俺と親父は話したんだ。
『遺された俺たち3人はこれからは力を合わせて
生きていかないといけない。
だが十維はまだ幼い。
だから、十維のことを守って生きて行こうな』
だから、俺もその時からお前のことを守ろうと思って生きてきたんだ。
そして、それは12代目としてさらに相応しく生きるということと合致してたから、より言いつけを守ることにしたんだ。
その結果俺は、遊び相手も選ばれた人としか遊ばせてもらえなかった。
習い事だって自分からこれをと言った訳じゃないのに、毎日たくさんあって、自由な日など週にひとつもなかった。稽古がない日曜は平日に出された課題をこなすので精一杯だったからな。
けどお前は、違った。
学校から帰ると夕方まで友達と野球したり、ドッチボールしたり、公園行ったり……公園ではいつもなにやってたんだ?
お前はいつも自由だったよな。
部屋だってお前だけ奥の部屋だから、友達が泊まったりしたこともあったよな?楽しそうに話してる声が夜中まで聞こえてきてたよ。
一方の俺は、常に良い子を求められてきた。廊下を歩く姿勢、立ち振る舞い、客人に接する態度も……常に気を遣っての生活を余儀なくされていた。
お前はそういうのも、きっと自分だけ除け者にされてる思いだったんだよな。
そうそう!子供の頃一番羨ましかったのは、旅行だよ!
家族旅行でおまえはさ、普通に付き人と一緒にバスや新幹線に乗ってさ、車内探索なんかもして楽しんでただろ?
学校の修学旅行なんて付き人なしで参加してた。クラスのみんなと同じように過ごしてた。
俺は誰にみられるかわからないところで、はしゃぐことなど許されなかったし、学校行事だとしても、付き人が俺の見えないところにいくような時間はなかった。だからほんっと羨ましかったよ。
そしてお前は、俺の脅威でもあった。
自由に、何でも自由にさせてもらえてるお前が、何をやっても成績が優秀だった。塾も行ったことないのに。
『十維様が全国模試で優秀な成績をおさめました』
『十維様が今回のコンクールで金賞に』
『十維様がまた1位をとりました』
『十維様の活躍で勝利をおさめました』
秘書から聞くお前のことはいつもそんな成績の話だった。
……だから俺は必死だったんだ。
俺にたくさん投資して習い事をさせてくれているのに、お前に負けるわけにはいかないからな。
ほんっと必死だったよ。
だから、正直、お前が大学選びの段階で、俺とは違う学部を選んでくれて、ホッとした……。」
「失礼します」
料理が運ばれてきた。
配膳が終わり、スタッフが去っていったのを確認して朝陽は話を続ける。
「誠くん、この店はね、我が家の御用達だから幼少期からずっと通ってきてるんだ。
だから各々の好みを把握して出される。見てくれ。
俺は跡取りとして相応しくないといけないと思い、多くのことをみなに合わせてきた。欲しいもの、好きな物、美味しいと思うものですらね。
大人たちが美味しいというものを美味しいと言ってきたんだ。
そんな俺の料理には、こうやって旬のものを中心に満遍なく料理が並ぶ。
だが、十維のは違う。
大トロ、中トロが各3貫。海老と、サーモンは種類別に2貫づつ。そして巻物や、十維が好きそうな旬のものをいれて全部で常に16貫。
十維は貝類が苦手だからそれを使った料理は出されない。だから、お吸い物も十維のは特別にこしらえた野菜の味噌汁が用意される。
好きだと言った漬物の箸休めや、しんじょは必ず出てくるし、天ぷらも十維の好みのものだけ揚げられる。
いつも思ってた。
同じ兄弟なのにってな……。
本当に俺はお前が羨ましかったんだよ。
さて、ここからが今回の話だ。
さっきも言ったように、日曜日の夜からお前のことを、家族みんなで話をしてきたよ。本当に何時間も何時間も。昨日の午後はみな仕事をやめて延々話したんだ。
そして、今日、誠くんも呼んで2人に話すことを決めてきた。
まず、お前の思ってる勘違いから訂正させてもらう。
お前は、自分だけ違う乗り物に乗せられたりしてきたのは、お前を影に追いやろうとしてた訳じゃ決してない。
危機回避だったんだ。
今の時代だからこそ危険な目に遭うことはほぼないが、いつ何時、俺に何かあってもお前が家を守れるようにと俺たちは別々にさせられていた。
他の家族が、俺のほうに着いてきてくれてたのは、長男の俺を大事にしてしまったのかもしれないと、義母が反省してたよ。寂しい思いをさせてしまった、悪かったって。
だから付き人には、お前を自由にさせてやるように言ってたんだ。見たいものは見せて、体験したいものは体験させるようにとね。その後、お前が何をしてたのかは、逐一確認してたそうだよ。
だから決して放っておいてたわけじゃないんだ。
親父は言ってたよ。
『十維を自由にさせていたのは、十維の自由は
俺の夢だったからだ』
ってね。
親父は俺以上に、自由がなかったそうだ。
だから次男であるお前には、自由を、やりたいことをやらせてあげようと思ってたんだって。
結果子どもの頃から、好きにみんなとサッカーや、ゲームや、お泊まり会なんかも経験させてもらえたんだよ。
お前が友人たちと海外旅行へ行くと言った時も、
お前が経済学部ではなく法学部へ進むと言った時も、
お前が、お前からやりたいと言ったことには、
親父は全て叶えてやるぞ!て思って対応してくれてたんだ。
決して金だけを出してたわけじゃないんだ。
お前から何か思いを言われるたび、心の中は嬉しかったそうだよ。
お前が自由に、やりたいようにすればするほど、親父の心は、子どもの頃からの我慢が一つ一つ癒されていくような気持ちだったんだと。
お前は知らなかっただろうけど、お前の使ってる離れの部屋はな、親父のかつての隠れ家だったんだ。
幼少期、付き人から隠れてこっそりとあそこに行き、ほんの少しの時間だけど、何もかもから解放されて過ごせた、思い出の部屋なんだと。
だからお前には、あそこで自由に楽しい時間を過ごしてほしかったと。幸せな思いで成長してほしかったんだってさ。
俺に不測の事態がない限り、お前はあの家の縛りなんかを受ける必要はない。
ならば自由に、人らしく生活させてあげようという、親父の優しさだったんだよ。
無表情でわかりにくい人だけどさ、親父は、俺たちの親父はデカくてあったかい人なんだよ、十維」
俺は、朝陽の話を聞きながら涙が溢れてきた。
誠は俺の肩を優しくさすり続けてくれた。
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