夕木春央『方舟』(2022年・講談社)※既読者向け
※本章は、『方舟』の真相や結末に関する重大なネタバレを含みます。注意はしましたからね。
この作品の魅力は、何と言っても、「その衝撃の結末について、誰かと語り合いたくてたまらなくなる」という点に尽きる。『未読者向け』の章でも記載したが、私は狂ったように妻に読むことを強要し、妻の読了後、夫婦間の会話は『方舟』の話だけで持ち切りとなった。結果として、僕も妻も「非常に衝撃を受けた」という点は同じだったのだが、僕の言う衝撃と妻の言う衝撃の内容に著しく大きな差異があったことが判明した。以下に、その詳細を書いていく。
僕が真っ先に感じたことは、「作者の選択」があまりにも巧みすぎるという点だった。読者に最も衝撃を与える結末を「選んで」いる。天才である。具体的に言うと、本作品は、本当にぎりぎりのタイミングまで、主人公の柊一にだけは明確な「生存ルート」が残されていたことが判明する。それも、「愛する人間を死に追いやるという立場を放棄し、一緒に死ぬことを選択する」という、いわばヒロイズムに近い「物語世界の主人公」になら持ち得たかもしれないヒューマニティを発揮しさえすれば、なんと大逆転、ヒロイン(?)の麻衣と二人だけ生き残る、仮初のハッピーエンドが待っていたのである。そして、奇しくも柊一は、麻衣を見送るシーンで麻衣と一緒に行く選択肢を考えて葛藤している。結局「じゃあ、さよなら」と声をかけるにとどまるのだが、よもやそんな終劇直前の一幕が「取り返しのつかない」選択であるなど、読者は想像だにできない。この、最後にぎりぎり何とか出来たかもしれない、という思いが、ラストシーンの絶望感につながっている。メタ的な話になるが、作者は、柊一にその選択を選ばせることができたのであって、そういう結末であっても、十分に本作品の「衝撃の結末」や「どんでん返し」は担保されているし、「犯人であることを理由に犠牲になることを強いるのもまた殺人なのではないか」というテーマを維持したまま、主人公だけは奇跡的にその罪を回避できるのだから、局所的に「報われた」内容となって納得感は高いだろう。麻衣が紛れもなくとんでもない殺人者であるという点に引っ掛かりがあるものの、そのエクスキューズや報いに関しては、生き残った後の二人を描く短いエピローグがあれば何とでもなる。そんな中で、作者はあえて「犯人以外全滅」という衝撃的なバッドエンドを選んでいる。しかも、地の文で真相を明かすのではなく、トランシーバーアプリで麻衣から柊一に直接伝えるという手法で、作中人物の絶望感を煽りに煽っている。ハーネスを二つ作ってあったことまで言う。発電機が止まって電灯まで消える。主人公の柊一の麻衣への想いは、たった一つの選択を誤っただけで、偽りであったのと全く一緒のことになり、暗闇の中に掻き消える。何度でも言おう。ここまでの絶望感の惹起、作者は天才である。
そんな風に、僕は「主人公がぎりぎりまで助かるかもしれなかったのに、愛に殉じる選択を選べなかったためにとてつもないバッドエンドを迎えた」ことに衝撃を受けていたのだが、妻は全く違った。僕にとって全く盲点だったのだが、妻は言うのである。「探偵役の翔太郎が可哀そうすぎてショックだった」と。言われるまで気づかなかったのが不思議であるが、それもそうだ。そもそも、翔太郎は、大学のサークル時代の仲間ではなく、主人公の柊一の親族であり、本来「招かれざる客」である。何故来ているかと言えば、「柊一が、人妻である麻衣との関係をその夫であり主人公の昔馴染みでもある隆平に疑われており、剣呑な雰囲気になった時に間を諫めてもらいたいから」という女々しい理由で召喚されたためである。……冷静に考えると、主人公の卑劣さがすごい。そして、その柊一が作中でやっていたこととしては、この大変な時に(真犯人の)人妻との不埒な関係性を深めたことくらいで、ミステリの文法から不可避な部分でもあるが、真犯人に迫る推理はほぼ完全に、翔太郎におんぶに抱っこという有様であった。実際、その推理力と論理のキレにより、犯人を正しく指摘することに見事成功したのだが、ラストシーンでは、上げ蓋が開かずに絶望の悲鳴を上げるモブの役割に甘んじている。惨すぎる。
だが、私は妻と話している内に、翔太郎にもある種の「生存ルート」があったのではないか、ということに思い至った。翔太郎は、犯人の動機をそれほど重要視していなかったが、そのことが、この事件の「本当の真相」に到達できない要因になって、彼の可能性を閉ざした。それが(あまりにも厳しい見方だが)「彼の敗着」なのではないだろうか。すなわち、第一の殺人である裕哉殺しと第二の殺人であるさやか殺しの共通の動機を丁寧に追っていれば、両被害者ともに「方舟の入り口付近の様子を知っている(知り得る)者である」という点に到達し得る余地は残されている。そこからさらに推理を飛躍させれば、「監視カメラの映像が入れ替わっている」という可能性に気づくことができたかもしれない(少なくとも、他作品に出てくるメルカトル鮎のような「超人的な名探偵」なら平然とやってしまうことは想像できる)。仮に、その点にさえ気づけば、「酸素ボンベを持って巻き上げ機を操作する側に残る」ことが唯一残された生存ルートであり、それこそが犯人の真の動機であると看破することも可能である。翔太郎は、第一の殺人の動機が「憎い相手に罪を着せて最も残酷な方法で死なせること」であると誤信したが、その動機が非常に尤もらしかったことと、「本当の動機なんて誰にもわからない」みたいな彼の性格に由来する諦観が、思考停止に陥らせ、その目を曇らせてしまった。本当の真相にたどり着いたとして、翔太郎はスキューバダイビング経験者でないだろうから、水没した地下三階を抜けることは物理的に不可能かもしれない。ただ、犯人が麻衣であると看破した際に、「麻衣ならば、柊一の分も含めて、二人分のハーネスを作製しているのではないか」という点まで推測し、「真相を皆にぶちまけて、酸素ボンベをめぐって争うデスゲームを始めてもいいんだぞ」と脅しながら裏取引を持ち掛けて、何とか一緒に外へ連れ出してもらう算段を整えるサイコパスめいた名探偵像も悪くないのではないだろうか。あるいは、いとこの柊一にだけ真相を伝え、麻衣と一緒に行くように背中を押す、「名探偵にして英雄」みたいなポジションに落ち着くのも良い。本当の真相に到達さえできていれば、そのような選択肢もあり得ただけに、翔太郎は、「探偵役としての能力が少し足りなかった」せいで、惨すぎる最期を迎えることになってしまった。要求される水準が高すぎるし、可哀そうであることに変わりはないが、そういった世界もあり得たと思うと、感慨深い。余談だが、妻は、BL的な視点で「柊一×翔太郎」というカップリングを推しながら本作品を読んでいたらしく、柊一が人妻を寝取ろうと(?)しているところで幻滅し、あとは翔太郎だけを応援していたとのことで、ラストで柊一がとんでもない絶望を植え付けられる点については、「ざまあみろ。罰が当たった」くらいの感想だったそうである。……男と女で、かくも見方が違うものかね。
そして私と妻は、最後の世界線についても検討を行った。すなわち、「全員生存ルート」の模索である。この手の作品にありがちな解決として、「一人が絶対に死ななければならないというルール自体を疑い、誰も犠牲にならない突破法を思いつく」というものがある。デスゲームものなどで一番期待される展開と言って良い。本作品で、その可能性はなかったのだろうか。考え得るベストな選択は、「入口が土砂崩れで埋まっていることを知った麻衣がそのことを素直に全員に伝えて、全員で力を合わせてハーネスを二つ作り、酸素ボンベを背負って地下三階を抜ける二名の決死隊を組織し、その二人が全力で非常口からの脱出を試みて、山を降りて救助を呼んで来るのに賭ける」というものだ。本作品の麻衣は、判断が早過ぎる。「入り口が埋まっているということが知れ渡ると、酸素ボンベを巡るデスゲームが始まるに違いない。そうだ、監視カメラの映像を入れ替えた上、それに気付きかねない裕哉を口封じのために殺そう。時間も稼げるぞ」じゃないのである。その行動力をもっと前向きな方向に発揮していれば、結果的に救助が間に合わない可能性はあれど、全員助かる道もあり得たのではないだろうか。何より、麻衣のとった行動は、「この世界には英雄みたいな行動をとる人間は絶対に現れない」という偏見に支えられて成立している。万が一にも、矢崎家の父親あたりが「こんな殺人者もいるところに家族をずっと閉じ込めておけない。私が犠牲になれば済む話だ」みたいなことを考えて一人で夜中に巻き上げ機を動かしてしまったら、それだけで計画は頓挫し、全滅確定である。本編中に少しだけそれに近い状況があり、麻衣は必死で止めていたが、止められない状況でそれをやられていた危険性もあったのだ。そう考えるとやはり、先に示した正攻法で行くしかなかった。その場合、救助を呼びに行く役をどうやって選ぶのか、という話になるが、それはもう、一番生き残る可能性の高い体力があってスキューバの経験のある人間の中から籤引きでも何でもするしかない。巻き上げ機を操作する人間を決めるのと同じくらい殺伐とするかもしれないが、全員助かるかもしれないという希望があるだけ幾らかマシである。方舟に閉じ込められた際に備えて、この作戦は是非、参考にしていただきたい。
冗談はさておき、本作品で「自分ならどうするか。何が出来るか」という点を真剣に考えてみるのも非常に興味深い。私の妻は、「地下からの水にネズミの死骸とかが浮いてた描写があって、ボンベがあろうがなかろうが、そんなところに入るのマジ無理。水没する前にどうやったら一番楽に死ねるか、死に方を考える」と言っていた。確かに、水死は苦しそうで避けたい。勿論、生き残るのが一番だが、その術が見つからない小市民には、死に方の模索が現実的な選択になってしまう。私もたぶん似たり寄ったりだろう。ただ、そもそもそんな地下建築に行ってみようというアクティブさを持ち合わせていないし、そんなアクティブさを持ち合わせているサークル仲間みたいな存在すらもいないので、今日も生温い環境での生存が許されている。その現状をありがたく享受し、今はただとにかく普通の日常を楽しみたいと思う。
良い作品は、人生観を変える力を持つ。本作品は、読み終わった後に、「何かはわからないが、とにかく何かをしなければならない」という、高揚感に裏打ちされた不思議な衝動に駆られる。妻は、あまりの後味の悪さにしばらく悪夢にうなされるようになったという。私には、読者にそういう衝撃を与えられる傑作を書いてみたい、と思っていた時代があったので、心のどこかに悔しさがある。その思いを落ち着かせ、自分の中に折り合いをつけるために、この感想文を書き始めたのだと言って良い。
ここまで散々駄文を撒き散らして、ようやく、もういいかな、って思えるようになってきた。--じゃあ、さよなら。
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