心霊写真館 鏡雅堂

井出弾正(いで だんじょう)

第1話

 俺は中野飛駒なかのひこま。フリーランスのカメラマンをやっている。仕事の内容は、地域情報誌や求人広告、飲食店のメニューの写真を撮ったりと。地元の写真館も人手が足りないと手伝いに行く。いや、むしろそれがメインだろうか。


 今は十一月。十五日は七五三だ。ただ、十五日は祝祭日にはなっていない。その前後の土日の神社が混雑しないよういている日付をねらって参拝するものだ。で、十一月というと他にもいろいろとイベントはあるもので、七五三の記念写真の撮影のために地元の写真館『鏡雅堂きょうがどう』の店の奥、撮影スタジオに籠っている。


 七五三について解説しておくと、子供の成長を祈りお祝いする行事。年号も平成になった今なら、そんなことはないが、昔は子供の死亡率って高かったわけですよ。それで地域の氏神様に子供の健康、将来をお願いしに行く。もともとは関東の武士や公家、身分の高そうな人たちが行っていた地方風俗なわけだね。で、男の子は三歳と五歳。女の子は三歳と七歳で行うことが多い。自分自身は五歳でしかやってないと思う。三歳のときのは記憶にないだけか?まあ、細かいことはいいだろう。


 この写真館、昭和初期からやっているそうだが、現在の店主、二代目の七十代の爺様はカメラマンはほとんど引退。店の受付とDPE、つまり写真の現像、プリント作業が中心。ただいまフィルムの自動現像機の前に座っている。働き盛りの四十代の三代目は、近所の神社の境内。神社の社務所の脇で七五三の参拝の写真を撮っている。ちなみに初代の名前が加賀美雅一郎かがみまさいちろうだそうで、この写真館の名前になっている。




スーツ姿の三十代の夫婦が、椿の柄の赤い着物に身を包んだ幼女を真ん中にして手を繋いで歩いている。駅から神社へと続く道。都市計画が見直された為に無くなってしまったが、この神社の参道は、昔は大きな鳥居が幾つも並んでいた。今は神社に程近い鳥居が三基だけ残っている。神社から一番遠い鳥居に近づいた頃、親子に声を掛ける若い女性がいた。長い黒髪にワンピース姿。細面の美人だが、松葉杖を突いている。


「あの、すみません。もしかして迷子をお探しではありませんか?」

「え、いいえ。子供とはこうして手を繋いでおりますから。駅からずっとこうして歩いてきましたが・・・?」


母親の女性が答えた。


「そうでしたか。すみません。私の考えすぎだったようです。その女の子とお揃いの椿の柄で色違いの着物を着た女の子が独りで歩いているのをさっき見掛けたものですから。」

「似たような着物の子もいるんですね。まあ、椿なら、この季節の花ですから七五三には多いかも知れませんね。」

「ああ、そうでしたね。七五三の時期ですね。お嬢ちゃん、おめでとう。三歳かな?綺麗な着物ねえ。パパママも優しそうでいいなあ。」


女の子に話し掛けると両手を繋いだ娘は嬉しそうだ。松葉杖の女性をじっと見た。


「ありがとうございます。迷子を見つけたら私から声掛けてみます。」

「はい、お願いします。三つ目の鳥居の近く、写真館の前あたりで見掛けました。では、失礼します。」

「はい。失礼します。」

「お姉ちゃん、バイバーイ。」


三歳児は何度も後ろを振り向きながら参道を歩いて行った。小さい子はサヨナラじゃなくとも「バイバイ」と言う。


 神社での参拝が済むと記念写真を撮りに写真館鏡雅堂へ。念のため迷子の女の子がいないかと夫婦は周りを見たが、それらしい子供は見当たらない。鳥居の柱の影にもいない。気になったまま写真館へ入店した。


「予約した沢渡です。」

「はい、いらっしゃいませ。七五三の記念ですよね。奥の写場へどうぞ。」


店長がお茶菓子を出しながら、父親と撮影ポーズ数や仕上がりのプリントサイズ、台紙などの注文確認をしている間に、俺はしゃがみ込んで女の子と話す。


「お嬢ちゃん、お名前は?」

「鷹子ちゃん。」

「たかこちゃん幼稚園行ってるの?年少さんかな?」

「うん、年少~。」

「なに組さんですか?」

「ひよこ組ですっ!」

「そうかー、ひよこ組かー。たかこちゃんもひよこさんも可愛いお名前ですねー。」

「はいっ!」


何故か返事と一緒に背筋を伸ばしてビシッと気を付けをする。褒められて得意気になっている、ということだろうか。何にしても可愛いのでオッケーだ。


 まずは女の子一人での晴れ着写真。撮影セットの真ん中にぽっくりを置く。「ぽっくり」とは歯がなく、爪先を前のめりに削ってある楕円形の高下駄。女の子の晴れ着のほか、祇園の舞子さんなどが履く。


「はい、じゃあ、たかこちゃん。こっち来てー。草履を履き替えてください。お兄さんの肩につかまってていいですよ。背が高くなってお姉さんになるよー。」


この調子でやや斜めに振った前後の立ち姿を撮ったあとは、家族での写真だ。このとき俺はもう一人、人の気配を感じた。


「沢渡様。この写真館、ご利用は初めてですか?」

「二回目です。四年程前にも、一度。」

「そうでしたか。ご贔屓にしてくださって、ありがとうございます。」


(四年前にも、か。なるほど。そういうことか。)


布のバックドロップの背景を換え、セットの真ん中に夫婦が立つ。母親を半歩前の椅子に座らせ、両親の前、画面中央付近に正面向きで、元の草履を履いた鷹子ちゃんが立つ。スタジオ用の中判フィルムを使うカメラは構図やピント合わせのためにファインダーを覗き込むと、カメラマンの顔は下を向くことになる。俺はウエストポーチからキャラクターのぬいぐるみを出して、顔をあげ、被写体となる家族の表情を確認しながら、声を掛ける。


「はい、お嬢ちゃん。二人とも、このお人形を見てくださいねー。」


カメラに目線が来るタイミングを狙ってシャッターレリーズボタンを押す。「二人とも」という言葉に両親は違和感があったようだが目を大きく開いてくれたので、こちらには好都合だ。目つむり防止などのために、何回か繰り返し撮る。


「はい、OKです。お疲れ様でした。たかこちゃん、雷みたいなのがピカピカ光って眩しかったでしょ。がんばったね。」


この後は店長から、台紙入り写真の仕上がりの日付などが知らされる。

「小さいサイズのプリントでしたら、一時間くらいでお渡しできますよ。」

「あ、それじゃあ、娘がお祝いにケーキを食べたいというので、その後、こちらに寄っても構いませんか?」

「はい、お待ちしております。」


沢渡親子は、参道沿いの洋菓子店に入って行った。


「今日、予約のお客さんは、これで済みましたよね。店長、今日はこれであがりますけど、いいですか?」

「おう、お疲れさん。ギャラはいつも通り月末にまとめてでいいかい?」

「はい、いつも通りで。じゃあ、お先に失礼します。」


俺が帰ったあと、現像機から出て来たネガを見て、店長は目を丸くした。写らないはずのモノが写っていた。まあ、初めてじゃないから、そんなに驚かないでほしい。


「ああ、飛駒のヤツ、また撮ったな。飛駒が撮ったときしか写らないからなあ。うちのせいじゃなく、飛駒のせいだよなあ、絶対。」


小一時間経って再び沢渡親子が鏡雅堂に来店。父親がぼやいていた。洋菓子店で注文していないのに四人分のケーキが出て来た、と。それを聞いた店長は言った。


「そこの『スヴァルトアルフヘイム』っていう洋菓子店ですよね。間違いではないと思いますね。こちらをご覧ください。」


店長が先程撮った写真のサービスサイズのプリントを見せると、夫婦が泣き崩れた。悲しいのか、嬉しいのか、苦しいのか、夫婦揃って嗚咽し、娘の鷹子は驚いておろおろする。


「パパ、ママ、どうしたの?」

「ごめんね。鷹子は知らないものね。」


 その写真には四人写っていた。沢渡親子ともう一人。鷹子と色違い、お揃いの椿の柄の青い着物を着た、小学生くらいの女の子。父親の一歩前。鷹子の隣に千歳飴の袋を持って。鷹子のほうに、僅かに首を傾げている。


「鷹子のお姉さんだよ。」

「三年前に死んだ長女です。交通事故で。生まれ変わりのように、この子が、次女が産まれたんですよ。しかも、この写真は成長した姿で・・・。まさか、こんなことが。」


亡くなった長女は四年前に、この鏡雅堂で七五三の写真を撮っていた。しかし三歳のときなので、成長した姿が合成であるわけがない。


「この神社の参道、けっこう幽霊が通るらしいんですよねえ。私の親の代からやっている写真館ですが、こういうの、初めてじゃないんです。」


 写真の姉妹は、どちらも笑顔だった。先だった姉は妹を見守っているのだろう。


「千歳飴を買って帰りましょうね。仏壇のお姉ちゃんに食べてもらおうね。」

「やったー!」

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心霊写真館 鏡雅堂 井出弾正(いで だんじょう) @idedanjo

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