狂った世界とその日常

@denziparusuhou

プロローグ

初めに言おう。この世界はゲームだ。



登場人物である俺が言うのもなんだが、なかなかに人気のものだ。

舞台は現代。学園系異能力シミュレーション。


俺、如月雫が〈元〉主人公。


 

この世界が作り物なんてことを知らず戦って、青春して……シナリオ通りにハッピーエンドまで辿り着いた。


ゲームだから当然、後日譚や続編がない限りエンドの後なんて作られない。大抵エンドロールが流れて終わり。

 


例によってこのゲームも終わり、ここがゲームの世界だと知った俺は二週目を歩むと思っていた。当然のように同じ世界を繰り返すと思っていた。

 


 


それなのに。

 



突然、世界は崩壊を始めた。


 



俺以外の人は眼の光を失い、石像のように固まって動かない。戸惑っても崩壊は止まらない。


色が消え、その上から黒が侵食する。塗りつぶされる。

呆然と突っ立っていた俺も当然黒色に飲み込まれた。


がくん、とグリッチだらけの真っ黒い世界に落ちる。

底へ沈んでいく感覚は、昔海でおぼれた感覚によく似ていた。


 

 


何の抵抗もできないまま、足元から体が崩れる。


画像データが消えていく。


 


……無意味だとしても、俺は諦めきれない。これまで何度も抗ってきたじゃないか。

そう自分を鼓舞しもがいていると、がさり、と何かを掴んだ。




紙切れ――言うなればチラシのような感触のそれは。



 


……よくある詐欺系のメールのような文が書かれた、場違いすぎる勧誘チラシだった。


 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 


      おめでとうございます!!

  あなたは消える世界から救われる優秀な人材です!


 

世界のバグを修正するため管理人となり、我々にご協力ください!


 



  ※因みに拒否権はありません。


 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 


一瞬、頭が考えることを投げ捨てる


管理人?我々ってどなた?拒否権無いの?一方的ぃ……


もう体の消滅がが膝下まで迫っていることも忘れて考え込んでいると、突如として体が燃えるような激痛に襲われた。


体が作り変えられるような、全身に異物が埋め込まれるような感覚。



チラシの意味も解らないまま、激痛に耐えかねて俺は意識を手放した。



 


―――それからだ。

 


数年にわたりこんなトチ狂った世界を管理することになったのは。


 

 


◇◇◇◇◇


Prologue


◇◇◇◇◇



 


 


どうしてこんな世界を留めるのか、と管制室の大きなモニターを見ながら俺は思う。

 

俺の世界が残した弊害は大きく、二周目以降の世界が「なんだこれ」と言わざるを得ないほどにまで変動しきっていた。



出身地が消滅して一年半も経つというのに一向にバグを消せる気がしない。

永遠に続くモグラたたきのようにバグが降ってわいてくるのだ。


 

おかげで数日の間眠っていない。管理人になってから、身体はデータではない実体を持った。寝不足で体が重い。辛い。


幸いにも食事は取る必要がないらしい。あと下の処理も。個人的に、作業するには結構嬉しい点だと思う。


 


因みに俺の体からは何故か、映画で使われたようなフィルムが生えている。ドアに挟むことも多くて困る。


他にも管理人になって起きた変化は色々とあるのだが……少し話を戻そう。


 


この世界にはバグ以外に、もう一つ大きな問題がある。


 

この世界はシナリオがなく、変動する。まさに現実のように出来上がってしまったものだった。


登場人物に自我があり、フラグが立たず物語が正常に動作しないのだ。その都度時間を巻き戻し繰り返す。


 


この変化は俺の世界が消えたうえで、無理やり作られた二周目データ、ということも関係しているのだろうか。いかんせん前例がないから分からない。


一周目の主人公というのもあり見て見ぬふりもできず、何度も何度も繰り返した。……まあ単に上からの指示というのもあるが。



そのかいあって、俺の管理する世界は遂に佳境へ突入していた。

確実に物語は進んでいる。それだけで涙が出そうだった。


ボスを打ち倒し、仲間と話す同じ姿の別人。この世界の主人公。


 


不思議というか不気味というか、とにかく変な感じがした。


とはいえここでターニングポイント。ようやく休める……と気を緩めた瞬間。


 


異変は起こった。


 




緊急事態を知らせるアラートが鳴り響く。

視線を上げるとモニターは真っ赤な世界を映し出していた。


一面に広がる惨劇。先程まで生きていた人間の死体たち。

その中で一人立つ、俺と同じ人影。


 


その前には〈死神〉と呼ばれるエネミーが居た。

その名の通り、出会ったら最期。命を刈り取られることを待つことしか許されない最強格の奴だ。


黒いコートを着た死神は彼に巨大な銃を突きつけ―――


軽く、命なんてどうでもいいように撃った。


脳漿と赤い血が散らばり、まるで赤い花のように地面に模様を描く。


息絶える瞬間、主人公が微笑を浮かべているような気がした。


 

「……は?」


呆然とする俺を置き去りにして、モニターの表示が消える。 


体が震える。



彼らなりに頑張っていたのはわかる。俺も元々経験していたから。


死神の方もエネミーとして役目を全うしたと思う。

 


思うが。

  


失礼を承知して叫ばせてもらおう。




「タイミング悪すぎんだろもう休ませろ寝かせてくれぇえぇぇぇぇぇ!!!」


 


ただ悲痛な叫びだけが、黒い空間の中に広がる。

体の震えは惨劇への恐怖などではなく、只々理不尽で不条理な世界への怒りだった。





――これは世界の消滅に巻き込まれ、強制的に重大任務を背負わされた悪運の強すぎる一人の青年の日常である。

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