彼女が空に飛んだ理由

たまごかけごはん

彼女が空に飛んだ理由

 やっぱ失恋のせいじゃないかな。


 幼馴染の男の子にずっと片思いしてたんだよね。二人は友達みたいな関係で、よく休み時間にも喋ってた。それがどっかのタイミングで恋愛感情になっちゃったんだと思う。


 わざわざ放課後に教室の前で待ち伏せなんかしちゃって。本人は公言してなかったけど、皆んな『そういう感情を抱いているんだな』って分かってた。


 ほぼ確実にアイツも分かってたんだろうけど、だからこそ結末は凄惨だね。


 なんと、アイツ半年近く保留にしたの。


 学生の恋愛なんて、『好き』か『嫌い』かの二択でしか構成されてないのに、一体何を悩んでたんだか。


 そんな優柔不断な男、あっさり切り捨てられる人なら良かったんだけど、彼女はそうじゃなかった。健気に返事を待ち続けてた。


 なるべくアイツのプレッシャーになりたくなかったんだろうね。特に急かすこともなく、いつもの様に振る舞おうと努めてた。


 でも、そんな痩せ我慢が続く訳ない。段々、クマが濃くなってたし、ボーっとしてることも増えた。元々あんまり明るいタイプじゃなかったけど、それにしても、あの半年間の彼女は一種の異常性を帯びていたと思う。


 耐えきれなくなった彼女は、ついに返事を急かしたんだろうね。


 その結果が、このニュースだと思います。


 ◇


 こう言ってはなんですが、正直、家庭環境が余りよろしくないんですよね。親御さんがちょっと曲者というか。教員間でも有名な人なんです。


 ある日、彼女が体育の時に突然倒れたことがありました。原因は栄養失調。三日もご飯を食べてなかったらしいんです。


 そのことで直接、家まで行って話を聞こうとしたのですが、『家庭の事情に口を挟まないで』の一点張り。こちらとしても打つ手がありませんでした。


 元々、この学校に通わせるような親御さんは、教育熱心な方が多いですけど、その中でも彼女の親は狂気的でしたね。考え方が前時代的というか、スパルタにやれば成績も伸びると思っている節があったんでしょう。


 でも、そんなに人間の脳は単純じゃありません。


 入学当初こそ、彼女は優等生でしたけど、段々周りの人に抜かされていって、見るからに余裕がなくなってました。過酷な環境の彼女より、ノビノビとした環境の同級生達の方が高得点を取って、彼女からすれば辛かったでしょうね。


 きっと彼女の親は、そんな辛さを受け入れなかったんでしょう。それどころか、更なる罰を与えたんじゃないでしょうか。


 この世に逃げ場を見つけられなくなったんだと思います。


 ◇


 やっぱり、いじめがあったんじゃないかな。


 何人かの女子のグループがやってたらしいけど、具体的なメンバーとか、詳しいことは知らない。あんま堂々とやってた訳じゃないし、知らない奴も多いんじゃないかな。


 アイツの失くしたスリッパが明らかに変な場所から発見された事があって、それを聞いたカンの良いやつは察せられたって感じかな。教師がペラペラ喋ってくれる訳じゃないし、証拠がある訳でもないから、俺が今喋ってることも確信はない。


 ただ、根も葉もない噂って程、信憑性の低いものでもないと思う。


 そうだ。そういやアイツが午後の授業、急に休んだことがあったんだ。布被せられたアイツが、女子トイレから運び出されるのを見たやつがいるんだけど、ドギツイ悪臭が溢れ出て、ちょっとした騒ぎになってた。


 まあ、要は、大の臭い。


 そんなことがあったら、飛び降りたくもなるだろうな。


 ◇


 あの人が居れば、また変わってたのかしらね。『君は愛し方が下手くそなんだよ』って、ムカつくけれど、今となっては反論できないわ。誰かを愛したことのある人の台詞だったら、もっと素直に聞けたでしょうに。


 でも、愛情が本物かどうかなんて、どうでもいいのかもしれない。そんなもの確かめようがないんだから。上手いか下手かの方が大事なんでしょうね。そういう意味じゃ、あの子にとって必要なのは、私の方じゃなかった。


 いや、それでも私は最善手を選んだ筈よ。


 だって、彼は上手すぎるんだもの。それが全ての元凶よ。


 自分の腹が膨らんでるのに、娘の腹も膨らんでいる。そんな光景、想像できるかしら。私はそれを見たの。私の身から産まれた存在が、私を豚か何かのように蔑んだ目で見てたの。私を愛してくれた人の手を握って、勝ち誇った顔をしてたの。


 私は、私の中に居たあの子に、目の前の悪魔みたいになって欲しくなかった。


 あの子に、私みたいな弱い人になって欲しくなかった。


 でも、動機が何であれ、結果が全てよね。下手くそな愛し方なんて、憎しみよりも質が悪いわ。


 だから、こんなことになったんでしょうね。


 ◇


 遺書は書かれていないようだ。

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