第32話 みんなが積み重ねてきたから

 これまでおこなってきたリリカの布教。

 それは、とにかく最悪の一言に尽きた。

 布教する相手を一方的に罪人と決めつけ、ひたすら辛辣な言葉を浴びせ、自身の罪を無理矢理に認めさせようとする。


 しかしこれでは、ただ相手の反感を買うだけだ。

 大事なのは相手がどんな者であれ許容するような広い心。


 優しさ――つまり、笑顔。


 だから俺はノルマ達成を最後の一日に賭け、それまでの時間は鏡の前でひたすら笑顔をつくる特訓をさせたのだ。


「ところでモニクさん、知っていますか?」

「な、なにを……?」

「あいつがただ布教活動をしているだけで、常に誰かに見られたり噂されたりナンパされたり人さらいが狙ったりするくらい超絶にかわいい美少女だってことを」

「……は? はあ?」

「どうですかモニクさん! そんなクソかわいい幼女がクーデレ対応の末に笑顔を向けてくれて、しかも握手までできるんですよ! 普通並びませんか!? 俺なら開始五時間前からでも余裕で並びます!」

「!」


 俺は「失礼しました」と一息つき、説明を続ける。


「この町には、そんな隠れリリカちゃんファンが、たくさんいましたからね。あとは、それをあぶり出してやればいいだけです」

「それが、あの」


 モニクさんがおそるおそる、風になびく横断幕を指差す。


「あの『リリカちゃん握手会』だと?」

「はい。リリカに精一杯のオメカシをして、俺達も注目を浴びるために奇抜な格好で必死に演説をして……まあぶっちゃけ最初は遠くから痛々しい視線を向けられるだけでしたね。正直キツかったです」

「それはそうでしょう……」

「けど、一人目……前にちょっと世話をしてあげた獣人の子供がいるんですけど、そいつが懺悔にきてくれて、それを切欠に次の何人かが並んでくれさえすれば、あとはもうこっちのものでした」


 リリカは一人一人の話を聞いては笑顔を返し、手を交わし合う。

 手書きのサインをした『サムネの書』を次々と渡していく。


 そんな握手会は、早朝から町の中央である噴水広場で大々的に行われた。

 多くの人の目に晒され、そのうち何人かの気を引く。

 またそのうち何人かが興味本位で列に並ぶ。


 フレスタでも人気のパンの露店に行列ができる光景はよく見られる。ある程度の列さえできれば、あとは物珍しさや雰囲気がさらなる行列を呼び込むという構図は、この噴水広場においてはお馴染みのものだったのだ。


「あの二人だってがんばってくれてますしね」


 言いながら、俺は行列の整理に努める二人を指し示す。

 もっとも、この二人もゴブリンマスクを被ってるので顔は見えないが。


「うひひひ。炊き出しに『サムネの書』ご持参の方は、特別割引で聖翼サンドをご提供するっす! みなさん、どんどん来てくださいっす!」

「くふふふ。『サムネの書』を見せれば一部のお薬を無償で処方するです。しかも今までうちで処方されたお薬の履歴が記されるです。安心したお薬生活が送れるです」


 双子のように背丈を同じくする二人は、言うまでもなくアギとラギだ。

 アギは毎週の炊き出しで接客慣れしているし、引きこもり気質のラギも顔を隠しているせいか平気そうに呼び込みを続けている。


「あの子たちまで……一体、何を……?」

「ああ、勝手ながらサムネの書に『割引クーポン』と『おくすり手帳』の機能を付けさせてもらいました。信徒限定のちょっとしたサービスってやつですね」

「割引クーポン!? おくすり手帳!?」


 聞き慣れないフレーズに唖然とするモニクさん。

 そして、信じられないような目を俺へと向ける。


「まさか……転移者が持つ『異界の叡智』というやつなの?」

「俺のいた世界では当たり前だったことをしてるだけですよ」


 俺は自然とこう返した。


「けど、それだけだと何の解決にもなりません。これだけ多くの人が集まっているのは、中心にいるのがフレスタ教会のみんなだからです」


 リリカの天使のような容姿が注目されていたのは、リリカがその小さい体で町の清掃や布教といった活動を地道に行ってきたから。アギの聖翼サンドの人気は周知の事実だし、ラギも見習いとはいえお薬を処方する中で、主にお年寄りからの人気を集めつつあるらしい。


 つまり、この光景はフレスタ教会の使徒達による日頃の積み重ね――その成果に他ならない。


 みるみる減っていく『サムネの書』。

 しかしそれでも、まだ半分以上が残っている。

 本当の勝負はここからだろう。


「さて。モニクさん、あとはお願いしてもいいですか?」


 俺はゴブリンマスクとハッピを外し、モニクさんへと押しつける。このあと、モニクさんには俺の代わりに呼び込みや行列の整理をしてもらわないといけない。

 そしてなによりも


「……? クズはどこに行くつもりなの?」


 慌て気味にそう聞いてくるモニクさん。

 俺は肩を竦め、最後にこう告げた。


「この町には、他にもまだ懺悔するべき奴がいると思いましてね」






 フレスタ教会に戻ると、ベリウスが礼拝堂に一人でいた。

 最奥に掲げられた聖翼教の象徴――翼十字に体を向けて、静かに佇んでいる。

 俺はベリウスに近づきながら声をかけた。


「すみませんね、ベリウスさん。なんか教会の留守番をしてくれてるんですって?」

「クズ君か」


 ベリウスは首だけを軽くこちらへと向け、薄く笑った。


「構わないさ。今回の布教がフレスタ教会にとって最後の仕事となるだろう。全員で、気の済むまでやってもらいたいからね……それで、どうだい? 布教の方は。サムネの書はどれくらい捌けたかな?」

「今のところ百冊を少し超えたくらいですかね」

「……なんだと?」


 ベリウスは一瞬目を見開く。

 体ごとこちらに向けてまた薄い笑みを浮かべると、


「ははははっ。冗談を言うんじゃない。君達が布教に向かってから、まだ三時間程しか経っていないのだぞ」

「冗談? ああ、確かに冗談みたいですよね。あそこまで盛り上がるなんて、さすがに俺も想像してませんでした。それだけリリカちゃんのアイドル的な魅力が天使級だったってことなんでしょうか」

「……アイドル的な魅力が天使級?」

「このペースでいけば、マジで今日中に三百冊超えた『サムネの書』全部捌けきれたりして」

「何の話をしているんだ、君は」


 ベリウスは不審そうに眉をひそめる。

 しかし俺の話はまだ終わっていない。


「まあ何の因果か、災難続きの教会ですからね。どうせ布教ノルマを達成したところでまた別の問題が発生するんでしょうけど……この流れ、いつまで続くんですかね? なんでもお見通しの一級使徒様なら案外知ってたりするんじゃないですか?」

「だから何の話をしているのかと聞いている」

「いや、ほら、なんていうか」


 俺は言った。


「あんた黒幕だろ?」

「……黒幕?」

「あんたは最初からフレスタ教会を潰つもりだった。そう言ってんだよ」

「……ほう」


 ベリウスは眼鏡を押し上げ、嘲笑を浮かべる。

 まるで出来の悪い生徒を見るような目だ。


「面白いね。参考までに、君がそう考える根拠を聞かせてもらおうか」

「根拠? いや、それは特にないんですけど」

「……なっ、なんだと?」

「あえて言うならテンプレ……みたいな?」

「てん……ぷれ……?」


 ベリウスが拍子抜けしたような声を漏らす。


「ほら、事件の裏には基本黒幕がいるし、黒幕は主人公達からやや離れた立ち位置にいる善良な味方を装ったお助けキャラだったってのはよくあるパターンじゃないですか。俺が読んでたラノベだと、だいたいそうでした。それってまさに一級使徒のベリウスさんみたいな人かなって」

「……話にならないね」


 ベリウスは肩を落として言う。

 あてつけのように「ふう」と深いため息をついてから。


「テンプレだと。異世界から来た者は奇妙な言葉を使う。それとも、それが黒幕とやらの存在を見抜くための『異界の叡智』だとでも言うのかな」

「うざっ。だからなんなんですかその『異界の叡智』って。周りが勝手に言ってるだけなのに俺が痛々しいみたいになるから、正直やめてほしいんですけど」

「ふざけるな!」


 急に声を荒げるエリウス。

 言って聞かない生徒を前に、いよいよ怒りをあらわにした。


「どうして僕がそんなことをしなければならない! メリットは? そもそもルドフ司祭を襲ったのはゴブリンであると聞いていないのか!」

「あ、それは聞きました」

「まったく、よくもまあ大した根拠もなく一級使徒である僕にそこまでの侮辱ができるものだ。君はそれなりの覚悟があって」

「……ああ、もういいや。クソめんどくせえ」


 俺は冷めきった口調で言いながら、



「うだうだ言ってねえでとっととくたばれよ」



 黒い髪を右手でクシャリとする。

 瞬間、ベリウスの背後にボロ布を纏った人影が降り立った。

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