第24話 生きるための術

 迫りくる黒いゴブリン。

 俺に向けて振り下ろされるバール。


 ――ブオウ!


「…………っ!」


 俺は後ろに飛んでそれを回避、同時に二本の短剣を抜いた。

 左右それぞれの手にを構える。


「――地の精霊よ。汝の大いなる息吹をわが身に宿せ」


 続けて小さく術式を詠唱する。


「『土くれの巨人ビルゴレム』!」


 踏みしめた地面から感じるエネルギーの奔流。

 俺の全身が茶色い光で纏われた。

 そこに横薙ぎに振るわれるバールが迫る。


 ――ギィン!


 それを俺は短剣――その柄の部分でガードした。

 この短剣は柄の部分が甲羅のように覆われており、盾のように用いることができる構造になっている。


 これが俺の護身用の短剣――通称『玄武』。

朽ちた黒羽レイヴン』の技師が作成した専用の武器だ。


「つああっ!」


 ギン! ギギン!

 次々に振るわれるバールを、俺は左右二本の『玄武』で防ぐ。

 加えて魔術による土精霊の恩恵。敏捷性が損なわれる代わりに、腕力と防御力が底上げされている。走り回るような激しい動きこそできなくなったが、おかげで力負けして吹き飛ばされることはなさそうだ。


「――――――」


 ゴブリンは上体を大きくひねる。

 普通の打撃では通用しないことをすぐに悟ったのか、今度は腰の回転を加えた大振りの一撃を放ってきた。

 ブオンと暴風を伴った渾身のバールが俺へと襲いかかるが、


「――『白羊流し』」


 交差させた二本の『玄武』で受け止めつつ、衝撃を和らげるように後方へ飛んで退避した。


「――――――」


 ゴブリンはさらに俺へと距離を詰める。

 次々と角度を変え、バールを振るってくる。

 俺は射程を測りつつ後ろに下がりながら、最適な対応を瞬時に見極める。避けれそうな攻撃は避ける。それが難しい攻撃は左右それぞれの『玄武』で捌き、強力な一撃には両方の『玄武』で同時にガード、後方に飛ぶことで衝撃を受け流す。


 ゴブリンのバールはいざ向き合うと予想以上に重く、そして速い。

 放たれる全ての攻撃が、まともに受ければ致命傷になるであろう必殺の一撃だ。


 しかし、動きそのものは至って単純。少なくとも達人のそれではない。

 相手の視線。呼吸。筋肉の動き。

 それらを冷静に読み切れば、凌ぐのはそう難しくない。


「――――――」


 力任せに、ただ真っすぐに振り下ろされるバール。

 この角度とタイミング――避けるのは簡単。


 しかし俺は大地を深く踏みしめ、迎え撃つ姿勢をとった。


 右手の一本を逆手に持ち替え、二本の『玄武』を十字に交差。その交点となる刃の部分でバールを真っ向から受け止めつつ相手の力の軌道をわずかに逸らすように左右の『玄武』を操作――その工程をインパクトの瞬間におこなう。


「でええええい! 『巨蟹崩し』ぃ!」

「――――!」


 黒いゴブリンは力のベクトルと体幹の軸をズラされたことで、大きくバランスを崩す。バールは俺から軌道を外し、その勢いのまま頭から地面へと突っ込んだ。


「――――――、」


 ゆらりと緩慢な動きで身を起こそうとするゴブリン。

 転倒させただけなのでダメージは皆無に等しいだろう。しかしこの要領でどうにか逃げるための隙を作り、まずはリリカを――


 ――パリン!


 その時、黒いゴブリンの頭部で小さい瓶のような何かが弾けた。


「――――――ッ!」


 ジュウウウウウ……!


 慌てて顔を覆うゴブリン。

 青い粒子が蒸気のように立ちのぼる。

 この現象――心当たりがあった。


「……『魔除けの霊水』か!」


 俺も少し前に顔面に投げつけられた『魔薬』だ。


 もちろん人の顔面に投げるのは常識外の禁止事項だが、実はゴブリンに対してはそうではない。

 本来は自身に振りまいてモンスターを避ける『魔除けの霊水』を、直接モンスターにかけることで直接的なダメージを与えることができるのだ。とはいっても、ダメージはカスゴブリン一体を倒せるかどうか程度の小さいものだが。


 本来の用途ではないが、冒険者なら誰もが知っているだ。


 それを獰猛なゴブリン相手にやってのけたのは。

 まさに俺の顔面にも投げ付けた張本人。


「今です、クズ!」


 リリカだった。

 小瓶を投げつけた姿勢のまま俺に向かって声を張り上げる。


「今の内にやってしまってください!」

「何をだよ!」


 しかし俺は即座にそんなツッコミを返した。

 リリカは「えっ」と素の表情を浮かべて困惑する。

 俺からの反応が意外だったのか、視線をさ迷させながら叫んだ。


「ひ、必殺技です!」

「どんな!? 考えたこともねえよ!」


 あまりにも唐突過ぎるリクエストだった。

 その発想の元ネタは、もちろんいつものヤツで。


「転移者なんだしそれくらいできるでしょう!」

「結局それか! 転移者だからできないんだよ!」

「練習すればできるはずです!」

「今はもう本番中だ!」

「では覚醒してください!」

「イベントが足りねえ!」


 無茶振りと反論が平行線を辿る。

 しかしアホな言い合いが許される状況ではなかった。


「――――グ」


 再びバールを握るゴブリン。

 顔から立ちのぼる青い粒子の中に、黒い瞳をのぞかせる。

 まるで怒りの感情を宿したかのように。


「ひうっ……!」

「ちっ」


 リリカがあまりの恐怖に身を竦ませている。

 俺はリリカを庇うように立ち、二本の『玄武』を構えた。

 とりあえず、またどうにか凌がないと――



「であああああああああああああああああああああああああああ!」



 しかしその背後から裂帛の気合を携えた金髪の剣士が迫っていた。


 モニクさんだ。

 麻痺の状態から回復したらしい。しかも今までの間になにやらエネルギーのようなものを溜めていたのか、全身が白い光に包まれている。


 両腕を大きく振りかぶり――黒いゴブリンへ一閃。


「はあああ! ラナンシア・ストラァァァァッシュ!」


 白く眩い光がモニクさんの大剣へと収斂――それを叩きつける。

 黒いゴブリンはバールでガードするが、


「――――ゴオオォォ!?」


 それすらもあっさり両断し――ズフォォォッ!!

 ゴブリンの肩口を大きく切り裂いた。

 黒い液体をまき散らし、苦悶の声をあげる。


「――――――――グッ、ウウ――!」


 ゴブリンは傷口を押さえながら、俺達を睥睨する。

 その黒い瞳には、忌々しそうな感情の色がわずかに見えた気がした。


 俺達を睨みながら――その黒い肉体が一歩ずつ、後ろへと下がっていく。


 ――どうやら引くつもりらしい。


「……モニクさん」

「ええ」


 追う必要はない。倒すには至らなかったが、今はこれで十分だ。

 俺達は緊張の面持ちでそれを見守り、やがてゴブリンは森の奥へと姿を消した。






「どうにか追い払えたみたいね」


 地面に突き刺した大剣で体を支えながら、モニクさんが言う。


「凄いじゃないクズ! あなたのおかげよ!」

「あ、いえ……俺は適当にやっただけで」


 むしろモニクさんのおかげだろう。

 ゴブリンを撤退させたのは、まさに必殺技と呼ぶに相応しい強烈な一撃だった。

 俺も短剣を持ったまま安堵の息を吐いていると、リリカがすっと俺の前に来る。


「あなた、魔術を使いましたよね」

「……ああ。まあ」


 つんとした感じで睨まれてしまう俺。

 リリカちゃん的にはまた気に入らない何かがあったらしい。


「精霊と契約していたのですか。聞いていませんが」

「いや、別に隠してたわけじゃねえけどよ」


 精霊とはアストラルドにおいて自然とかを司る妖精みたいな存在だ。契約を交わした相手にその力を貸してくれたりする。いわゆる魔術と呼ばれるものだ。


 自然そのものがそうであるように、精霊は誰に対しても分け隔てることなく平等。

 つまり誰でも精霊と契約することも魔術を扱うことも可能であり、それはなんと俺のような転移者も例外ではないようだった。もちろん、相応の鍛錬は必要だが。


「契約するだけなら無料だからな。そりゃあ契約くらいするさ」

「そうですか……あと、その短剣」


 リリカは続けて、俺が持つ『玄武』へと青い瞳を向ける。


「変わった形……持つところが、カメの甲羅のようになっています」

「マンゴーシュに似た形状の短剣ね」

「まんごー酒?」


 モニクさんが口を挟むと、リリカが不思議そうに首をひねる。


「攻撃よりも防御に重点を置いた武器よ。本来は利き手とは逆の手で持ち、武器でありながらも相手の攻撃を防ぐための盾としても用いるんだとか」

「さすがモニクさん。よくご存じで」


 感嘆しつつ、俺は一応の補足をする。


「まさに俺の武器はマンゴーシュをモチーフにしてる……らしいです。まあ防御に特化するあまり、刃の部分の切れ味はくらいしかないですが」


 つまり、武器としてはゴブリンを倒す程の殺傷力もない。

 完全に防御に特化した、文字通りの護身用の武器ということだ。


「これを二刀流で用いるのは、生き残ることを最優先にした俺なりの選択ってやつです。契約した精霊の土属性だって地味ですけど防御向きで、生き残るには一番手堅いですからね」

「はあ……」


 しかしリリカは何故か露骨に残念そうに息を吐いた。


「生への執着の仕方が虫のようですね」

「あれっ?」


 幼女に生き様をあっさり否定されただと。


「まあまあ、リリカ」


 そこでモニクさんがお姉さんっぽく宥めに入ってくる。


「先ほどのゴブリンの攻撃が生易しいものではないことは、向き合った私がよくわかってる。武器の性能と精霊の恩恵だけで凌ぎきれるものじゃないわ。絶対にね」

「いえ……そこまで言われるほどのことでは」


 さっきからこの人、元騎士だけあってか着眼点がお子様リリカとは違うな。

 防御特化にカスタマイズされた武器。

 ゴブリンの攻撃を凌いだ技術。

 いずれも、六級冒険者なんかが当然のように持ち合わせているものではないだろう。


「でも……そのおかけで私達は生き延びることができた。それは確かよ」


 しかしモニクさんからそれ以上の追及が来ることはなかった。

 というかモニクさんも疲れ果てて、その余裕すら残されていないのかもしれない。


 ぐらりと、モニクさんが俺に体を預けてくる。ちょっ。

 やばい。重い。

 近い――いい匂い!


「これにて任務成功。そういうことでいいわよね?」

「……は、はい。そ、そういうことですね」


 俺の本来の任務は『慈愛の聖女』の誘拐だったんですけどね。

 そういう意味では完全なる失敗だ。

 まあ今回は本当に想定外続きだったし、無事に生き延びられただけでも良しとするしかない。


 転移者にとってはこの過酷な世界で一日一日を生き残ることが全てなんだ。

 リリカちゃんには散々言われちゃったけどな。

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