第二章(下) 罪とゴブリン
第16話 見送り人形
翌日の朝。
フレスタ教会を出た俺とリリカを眩しい太陽が迎える。
「リリカ、準備はできたか」
「……とっくに終わっています」
今日も機嫌が悪いのか、リリカちゃんはむすっとしている。
いつもの修道服ではあるが、その上に革のリュックを背負い、水筒を肩から腰へと斜めに掛けるという恰好は、なんか小学校の遠足みたいだ。
「いいかリリカ」
そうなると俺は引率の先生といったところか。
年長者として色々と教えてあげないとな。
「俺達がこれから向かう『ビラムの森』は、いわゆるダンジョンだ。その探索においてはあらゆる事態を想定しつつ、必要最低限の持ち物を厳選することが求められる」
「そうですね。持ち物がたくさんあれば、それだけ多くの事態に対応ができます」
「むっ……」
「でも持てる量には限りがあるし、それだけ費用もかかってしまいます」
「お、おお。その通りだ。お前、賢いな」
リリカは当然のように百点満点の回答をしてくる。
それもう塾で習ったから知ってますよ、みたいな顔だ。
「別に。普通に考えればわかることです……それよりも」
そして優秀な小学生は、生意気にも先生に突っ込んでくるのだ。
リリカが俺へと冷めた目を向ける。
「それがあなたにとっての、必要最低限を厳選した結果の持ち物ですか」
「え? 俺?」
今の俺は旅装束に外套をまとい、腰には小さいウエストポーチと二本の短剣を下げただけの軽装。いつも通りで、冒険者としては標準的な格好なわけだが。
「……持ち物はどこにあるのですか」
リリカご指摘の通り、それ以外は何も持ってなかった。ほぼ手ぶらだ。
これまた鋭い指摘である。
しかし俺はしたり顔を浮かべながら、こう返してやった。
「何も持っていない。俺は真の意味での冒険者だからな」
「……は?」
「アイテムとは消費するためにあるんじゃない。無限の荒野から見つけ出し、この手で掴み取るためにあるんだよ」
「…………」
「さっきリリカが言ったように、持てる量には限りがある。せっかくレアアイテムを発見しても、持ち物がいっぱいで持てないんじゃ本末転倒だ」
「…………」
「つまり純度の高い冒険者ほど、逆に何も持たないものなんだよ」
「…………」
やばい。せっかくいい感じにキメたのにリリカちゃんが終始無言だ。
なんか野外に放置されてカチカチに乾燥したパンを見るみたいな目してるぞ。
ちなみに俺が持ち物を持っていない理由は至って単純。『ビラムの森』とやらを本気で探索するつもりは毛頭なく、適当なところでリリカを連れ去るつもりだからだ。
けどこの流れで変に勘繰られるのも良くないので、勢いでごまかしておこう。
「よし、とにかく行くぞ!」
そういうわけで、いよいよ俺達は『ビラムの森』へと向かうことにした。
生憎、見送りはいない。
流行病にかかったモニクさんとアギは教会の二階にある部屋で寝込んでいるし、一級使徒のベリウスも他の準備があるとかで今日は来ていない。
町の運命を背負うには、あまりにも寂しい門出だ。
そう、思っていたのだが。
「待つです」
そんな俺達に何者かの声がかけられた。
振り返る。教会の扉を背にして、人形を抱いた少女が立っていた。
寝起きみたいにだるそうな表情。生地の薄そうなネグリジェに、軽くウェーブのかかったブロンドヘア。そして何より目立つのが、胸に抱かれた人形だった。
緑色の肌をした、やけに生々しい造形の鬼のようなもの。
どこか見覚えがある――まさかゴブリンか、これ?
人形を抱いた少女はぼそぼそと言う。
「このゴブリンはゲーニッツ君というです。よろしくです」
いや、お前が誰だよ。
人形(やはりゴブリンらしい)に顔を埋めつつ、眠そうな上目遣いを向けてくる少女。ぼそっとまた何かを呟く。
「限定の299モデルです」
「えっ」
「この世界に十体も存在しないとされるレアものです」
「そのゴブリン人形のこと?」
「ゲーニッツ君です」
なんのこっちゃ。わからんけども。
一応『アイテム図鑑』で調べてみると、すぐにヒットした。
『ゴブリン人形 299モデル』
レア度:B 区分:呪物 価格:34,900
伝説の魔人形師ドゥリドォ・ダパパンが西暦二九九年を記念に作ったハグマリ社製ゴブリン人形の限定モデル。他の同型を持ち主ごと喰らって成長するという謂れがあり、世に残された数は少ない。
白い石から浮かび上がる映像は、確かに少女が抱いたものと一致した。
「おお、すげえ!」
ランクBなんか、そうそうお目にかかれるものではない。こんな町の教会で前情報もなく遭遇したとなると、ある意味で『慈愛の聖女』以上の奇跡だ。
売りに出せばしばらく平穏な暮らしができることだろう。ノドから出るほど欲しいが、いくら俺でもさすがに人が大事にしている物を盗るほど節操無しじゃない。ランクA以上を標的にする『
それよりも問題は人形ではなく少女の方だ。
いつの間に出て来たのかわからないけど、ここにいるってことはフレスタ教会の関係者か?
俺はどうしたものかと隣に目を向けると、そこにはいるはずの幼女がいない。
「ひ…………っ、」
気が付けば、リリカは俺の背中に隠れてびくびくしていた。
それを見たゴブリン少女が暗い笑みを漏らす。
「くふふふ。リリカたんはゴブリンが苦手過ぎて、ゲーニッツ君を見ただけでも逃げてしまうです」
「そうなのか?」
少し意外な気がしたけど、まあ十才のお子様だしな。
ゴブリン少女が含み笑いを漏らしながらリリカへと迫る。
それに合わせるようにリリカが一歩一歩と後ずさる。
「リリカたん、待つです。怖がる必要はないです。ゴブリンになら、たとえ食べられても本望と思うです。人としてはこれ以上ない最期です」
「そんな風に考えられるのはラギだけです……っ」
――ラギ。
リリカが口にした名前は、聞き覚えのあるものだった。
「そうか、君がラギか」
「そういうあなたはクズたんですね。はじめましてです」
リリカをじりじり追い詰めていたラギが足を止め、ぺこりと頭を下げた。自分の頭じゃなく、何故かゴブリン人形の頭を。
やはりそうか。このフレスタ教会にもう一人いるという、引きこもりの使徒。食事の時ですら表に出てくることはなく、俺も目にするのは初めてだ。
ちなみに引きこもりとは言っても部屋でサボっていたわけではない。なんでも流行病の症状を悪化させないための薬をひたすら調合しまくっていたとのことだ。
その上で、
「確か流行病を完全に治すための薬の研究をしてくれてたんだよな」
「結局できなかったですが」
「ラギはまだ五級使徒なんだろ。じゃあ仕方ないって」
「です。病の症状を見ただけで必要な素材を導き出す一級使徒は神か詐欺師の域で参考に値しないですが、聖翼教の薬学も奥が深そうです。いい勉強になったです」
「うん? まあ結果オーライだよな」
結果的に一級使徒のベリウスが流行病を解決してくれそうな流れになってはいる。しかしこのラギだって、流行病に悩まされるフレスタのために尽くしてきた陰の立役者と言えるだろう。
「それで、ラギは俺達を見送りにきてくれたのか?」
「これ、持っていくです」
ラギがずいっとゴブリン人形を突き出してくる。
人形の手には、いつの間にかサッカーボール大の巾着袋が下げられていた。
とりあえず受け取り、中を見てみる。入っていたのは、色とりどり大小さまざまな瓶や布袋の数々だった。
「ポーション、毒消し、魔除けの霊水……ダンジョン探索であったらちょっと助かるお薬一式を揃えてみたです。うちが研究で使ってたですが、もういらないから君達にあげるです」
「お、おお。これは普通にありがたいな」
なにせ手ぶらでこっち方面は一切持ってなかったからな。
もちろんそれは本腰入れてダンジョン探索をするつもりがないからなのだが、万が一の備えにはなりそうだ。
「…………」
「なんだ? まだ何かあるのか?」
感謝を伝えようとしたら、ラギがまだ俺を見ていることに気付いた。
ゴブリン人形を胸に抱きながら、じぃっ……と眠そうな目で俺を見上げている。
そして、すすっと俺に近づいたかと思えば「すんすん」と。
何故か俺のニオイを嗅ぐような仕草をする。
「くふふ……いい匂いがするです」
「え? そ、そうか?」
「ゴブリンの匂いです……」
「はあ?」
意味が分からず困惑していると、ラギがゴブリン人形を俺にかざして見せる。
「とてもいいです。せっかくだから、これもあげるです」
人形の手には、またいつの間にか何かが納まっている。
今度は薄い緑色をした、板のようなもの。
「『ゴブリン図鑑』です」
「図鑑だって? これが?」
「出会ったゴブリンの情報が記録されていくです」
「そうなのか……」
手に取ってみる。
どこか覚えのある大きさと形状と思えば、確かにアイテム図鑑と一緒だ。アイテム図鑑と同じ素材の、情報を記録させる石が使われているということだろうか。
なんでこれを俺にくれたのかはよくわからないが(なんか気に入られた?)、まあもらえるものはもらっておこう。俺のウエストポーチに突っ込んでおく。
お薬セットの方はリリカの背負ったリュックに入れてもらおうと思ったら、いつの間にか大分離れたところに移動していた。あそこで俺が来るのを待っているらしい。ゴブリンがそれほど怖いのか。本物じゃなくて人形なのに。
「じゃあ、お気を付けて、です」
ラギはゲーニッツ君の手をとり、バイバイさせる。
「おう。じゃあ行ってくるよ。留守番はよろしくな」
俺もラギに背中を向けながら、大きく手を振って返した。
引きこもりの少女に抱かれたゴブリン人形。
見送りがないと思ってたら、意外な奴に見送られることになったな。
さて、いよいよ『ビラムの森』に向かうとしよう。
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