第14話 二人で半人前の

 朝食を終えると、俺とリリカはまた布教のために町へと出ていた。

 俺は例の如く運ばされた布教用『サムネの書』をどかっと下ろす。


「よし、リリカ。今日もがんばれよ」

「……クズがわたしに上から物を言える要素が、一つでもありますか」

「年上なんですが」


 今日の朝食からリリカちゃんがいつもに増して素っ気ない。

 さっきの俺(リリカが噴いた水を顔中に広げたやつ)、確かにだいぶ気持ち悪かったよな……ちょっとだけ反省。しかしおかげで顔はしっとりつやつやになったように思う。もう少し検証は必要だが、癒しの聖水の効果かもしれない。


 さて、今日の俺には別の仕事がある。

 リリカはしばらく目も合わせてくれなさそうだったので、俺はその場に『サムネの書』だけを置いて噴水広場を離れさせてもらうことにした。


 モニクさんから頼まれたのは買い出しなのだが、その前に少しだけ寄り道をする。

 噴水広場から西側にある居住区。民家に囲まれる形で小さい公園があった。子供が遊ぶための遊具やベンチなどが置かれているが、今のところ人の姿は見当たらない。


「コカゲ~!」


 しかし俺が公園の中に踏み入れると、誰かがこっちに走ってくるのが見えた。


 ボロ布をまとった褐色肌の獣人少女。名はヒナタ。

 ヒナタは陽だまりのような笑顔で獣耳や尻尾をぴっこんぴっこん揺らし、まるで主人を見つけた犬みたいな勢いで俺の胸元へと飛び込こんでくる。


「おっと」


 俺はそれを寸前でササッとかわした。

 目標を失ったヒナタはガシャーンと俺の背後にあったゴミ箱に突っ込む。

 散乱するゴミ。ヒナタが泣きそうな目で見上げてくる。


「な、なんでよけるのさあ!」

「お前、獣臭いんだよ」

「なにゃっ!? ヒナタ、ちゃんと噴水で水浴びしてるよ!」

「水浴びだあ? 獣人のくせに獣みたいなことしてんじゃねえよ」

「なんだとお!」


 ヒナタは憤怒の表情で起き上がり、


「ほらよ。腹減ってるだろ」

「わあ! ぱんだあ!」


 ぱあっと一瞬にして表情を華やがせた。

 俺がパンをぽいっと投げると、ヒナタは目をキラキラ輝かせてかぶりつく。

 

 フレスタの町に来てから一週間。

 俺が教会に住み込みで働いている間、こいつは主にこの公園を寝床として生活していた。そして俺は教会での仕事の合間を縫っては、こうして食べ物(教会から適当にくすねたもの)を持ってきてやっているのである。


「なに今日のぱん。なにやら死ぬほどおいしいよ?」

「ああ。なにせ行列ができるほどの名産品らしいからな」


 そういえばお馴染みの鑑定をやっていなかったことを思い出し、俺はアイテム図鑑を操作する。


『聖翼サンド』

 レア度:D 区分:料理 価格:4

 フレスタ十二パンの一つ。聖翼教のフレスタにある教会で『炊き出し』として振る舞われる一品。肉と野菜がたっぷりで、食べごたえバツクン。謎の中毒性がある味付けは聖翼教の薬学とも異なり、どことなく禁忌の匂いを感じさせられる。


「こんなのまで登録されてるとは、さすがの情報量だな……」


 地方のB級グルメまで網羅する『アイテム図鑑』には毎度驚かせられるばかりだ。そして聖翼教の炊き出しではランキング十位に位置するという『聖翼サンド』。フレスタのパンで鑑定した時はレア度Eだったが、アイテムとしてのレア度はそれよりもさらに高いらしい。というかなんだフレスタ十二パンというのは。


 ちなみに聖翼サンドは俺も朝食として食べさせてもらったけど、味は確かに美味かった。ただ少しだけ濃いというか、あの濃厚さを損なわない形で別の酸味みたいなのが加われば口当たりも良くなるような……まあ、このあたりは好みの問題か。


「パンもふかふかだぁ……! うまあぁぁぁ~~~っ!」

「しかしお前、相変わらず美味そうに食うな」

「えへへへへ~♪ だってはぐはぐ。二日ぶりのゴハンだもんはぐはぐはぐ」

「二日ぶり? あのパン屋はどうした。いつもタダでもらってたろ」


 あのパン屋というのは、一週間前にちょっとした縁のあったパン屋だ。

 パン泥棒による騒動は、俺とヒナタが口裏を合わせたおかげで何とか無事に収まった。しかし今にして思えば被害者であるパン屋の主人からの理解がなければ、あそこまで簡単にはいかなかっただろう。


 それどころかこいつはパンを盗んだというのに何故かやけに気に入られ、簡単なお手伝いをしてはご褒美にパンを貰うような関係になっていた。


「あのおじいさんね、ハヤリヤマイ? とかいうのにかかっちゃったんだって。だからね、しばらくぱん屋さんはおやすみなんだって」

「流行病? そうだったのか」


 ってことは、本当にこいつ二日間何も食べてなかったのか。

 俺も教会の仕事の関係で毎日ここに来れるわけじゃない。それでも、あのパン屋のおかげで最低限の食は確保できるだろうと放置してたんだが――悪いことしたかな。


 まあいい。今は仕事だ。

 教会の仕事じゃない――俺、本来のな。


「さて、手短に話すぞ」


 俺はそう前置きし、近くにあったベンチに腰を下ろした。


「今日、教会の方に動きがあってな。一級使徒……ようは聖翼教の中で結構な地位にいるという男が来た。今後もしばらくはこの町に留まるつもりらしい」

「ふにゃ? どんなヒト? 大丈夫なの?」


 俺はあの若干変わった印象の使徒を思い浮かべながら、


「まだなんとも言えないな。しかし一級使徒という肩書を考えると、他の使徒のようにはいかないかもしれない。関わりを避けるに越したことはないだろう」

「そっかあ」

「もう少し機会をうかがうつもりだったが、状況が変わった。そして幸いなことに、今日は標的も俺と一緒に外出している。

「……


 ヒナタは聖翼サンドを全て平らげると、纏う空気を一変させた。


 ――俺とヒナタは『朽ちた黒羽レイヴン』という『闇組織イリーガル』の一員だ。


 神々の遺産とされる『神器』や各国が保有する『国宝』といったレアアイテムばかりを狙う盗賊団であり、その凶悪さから『闇組織イリーガル』の一つとして数えられている。ようは冒険者協会や各国からも巨額の懸賞金がかけられた犯罪者集団だな。


 そんな組織の一員である俺達に与えられたのが、今回の任務。


「でも、思ったよりカンタンに終わりそうでよかったよねえ」

「まあな。標的が『慈愛の聖女』である確認も、すぐにできたし」


 アストラルドで最も大きい宗教組織『聖翼教』が所持する『聖遺物』の一つ。

 体から癒しの聖水を出すという聖女。リリカ。

 あとは俺とヒナタの二人で、無力な幼女を盗む――つまり連れ去るだけだ。


「標的を狙いそうな連中って、他にもいっぱいいたんでしょ?」

「ああ。そうだな」


 今回の任務にあたり、俺達が最も懸念していたのがそれだった。

 つまり俺達とは別の――『闇組織イリーガル』の動向だ。


「俺達と同じ盗賊団では『琥珀の群狼フェンリル』、『龍喰らう手アバドン』あたりか。他にも禁忌とされる魔薬の研究をおこなう魔女や錬金術師の集団『死に至る福音タナトス』、反聖翼教を掲げる『妖精共の晩餐レプラカーン』あたりも『慈愛の聖女』に興味を持つだろう」


『慈愛の聖女』の存在こそ世に知られてはいるが、それが何者でどこに匿われているのかまでは明らかにされていない。俺達『朽ちた黒羽レイヴン』は独自の情報網からそれを掴んだわけだが、他の『闇組織イリーガル』もいずれは同じ事実に辿り着く。


闇組織イリーガル』と一括りにしたところで、その目的や価値観、主義主張は様々だ。

 あえて争い合うようなことはないが、利害関係によっては対立することもある。


「もし他の組織にも狙われてたら、ヒナタたちじゃどうしようもなかったもんね」

「まあ、俺達は『二人で半人前』だからな」


『国宝』を奪うためにたった数人で一つの国を壊滅させたなんて謂われのある『朽ちた黒羽レイヴン』だが、俺達二人は組織に入ったばかりの下っ端だ。仲間内では『二人合わせてようやく半人前』と揶揄される程度の存在でしかない。


 俺達二人は同じ頃に『朽ちた黒羽レイヴン』に拾われ、組織の一員として育てられた。


 そして――『朽ちた黒羽レイヴン』から『コカゲ』という名前を与えられたあの日。


 俺の新たな人生は始まった。


「…………」


 俺はこことは違う世界から来た転移者だ。

 しかし転移してから半年も経てば、前の世界のことはもう考えなくなった。


 とりたてて特徴のない普通の少年時代を過ごして地元の公立高校に入学したことも、クラブには属さずに放課後や休日は家で漫画やラノベやゲームを趣味にするような陰キャだったことも、両親が別れてからは母親と二人で極貧生活していたことも、なにもかも。


 前の世界での俺の過去と設定が、今の世界で活かされることはあり得ない。


「……コカゲ? どうしたの?」

「ああ、いや、なんでもない」


 今の俺は『朽ちた黒羽レイヴン』の『コカゲ』だ。

 英雄みたいな活躍をする転移者もいるらしいが、残念ながら俺はそうじゃない。

 何もない俺がこの過酷な世界を生きていくためには。

 ただ悪名高い盗賊団の一員を演じるしかないのだ。


「とにかく行くぞ! あとは無抵抗の幼女を連れ去るのみ!」

「おうっ! 任務達成は、もうすぐだあ!」


 ――と意気込んでいたのだが。


「くかー。くかー。むにゃむにゃ」


 それから十秒以内にヒナタが寝た。

 ボロ布からはみ出たおなかをポリポリかいて、幸せそうにしてる。

 こいつ、食欲と睡眠には忠実なやつだからな……


「って獣か! なに寝てんだよ! とっとと起きろ!」

「わああ。数えきれないくらいのミンチカツだあ。全部あげたてだあ」

「ぐっ……!」


 叩き起こそうとした手がピタリと止まる。


「全部食べていいの? やったあ! やったあ!」


 ヒナタは涎を垂らしながら幸せそうにしている。

 その平和そうな寝顔を見ていると、一気に気持ちが冷めた。


「……ちっ。相変わらず能天気なやつだな」


 まあ一級使徒が来たとはいえ、そこまで焦る必要もないか。

 行動に移すのは、もう少し慎重に様子を見てからでもいいだろう。


「はぐはぐはぐ……う、うまー!」


 夢の中でミンチカツを堪能するヒナタ。

 しかしそのお腹はきゅるきゅる鳴りっぱなしだ。


 夢で腹が脹れるほど、この世界は俺達に優しくない。

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