第3話 司祭不在、流行病放置、布教ノルマ山積み

 再び談話室に戻る俺達。


「恥ずかしいところを見せてしまいましたね」


 モニクさんは苦笑交じりにそんなことを言うと、改めてお茶を出してくれる。

 ほのかに茶色く、香ばしい匂いの立ち込めるお茶。俺がいた世界でいう麦茶に近い味だと思っていたら、まさに小麦から淹れたお茶らしい。豊富な麦がたくさん稔るフレスタの名産品なのだとか。うん。懐かしい感じがして悪くない。


「うひひひ。冒険者も復活したし、何の問題もないっすよ」


 なお、談話室にはさっきからの流れでアギも加わっている。

 俺の対面、モニクさんの隣にちょこんと座ったアギが軽い感じで説明し始めた。


「実は『女神の奇跡』を起こす儀式ができる司祭さんが、色々あって今はこの教会にいないんすよね。だからモニクさんも、あんな野蛮な方法をとるしかなかったんす」


 確かに野蛮だった。

 最初は救いの女神かに見えたお姉さんが急に豹変して殴りかかってきたのだ。あの若い冒険者達からすれば一生のトラウマものだろう。


 ただ、この教会には何か特別な事情があることはわかった。


「なんかワケありっぽいですね。司祭って確か、教会の責任者みたいな人でしたっけ。その人が、ここにはいないんですか?」

「はい。この教会の司祭であられたルドフ様は、二か月前にゴブリンに襲われて重症を負いました。今は別の町で療養をしているところです」

「そ、それは……災難でしたね」


 ゴブリン。

 今のアストラルドにおいて、唯一の脅威と言えるモンスターだ。

 モンスターの大半は魔王がいなくなると同時に人前からほぼ姿を消したらしいのだが、何故かゴブリン種だけは変わらず存在する。ダンジョンの外にもたまに出没し、一般人が襲われるケースも珍しいことではない。


「司祭さんがいないのは、教会的にはかなり致命的なんすよねー」


 アギが小麦茶をふーふー冷ましながら楽しげに言ってくる。


「さっきの対応はともかく、教会の仕事って他にも色々あるんすよ。でも経験豊富な司祭さんがいないとなると、残る使徒は三級のモニクさんがいるだけで、後は見習いばっかっすから」


 続けてアギが説明してくれたところによると――

 聖翼教における聖職者(使徒と呼ぶらしい)には、一級から五級までの階級がある。

 

 教会の代表を任されていた司祭が一級。

 使徒として一人前とされるのが三級で、モニクさんがそれに該当。

 アギと、あと俺が最初に出会ったリリカという幼女は一番下の五級であり、シスター――使徒としてはまだまだ見習いとのことだ。


「この教会には何人の使徒がいるんですか?」

「クズがまだ会っていない子は、あと二人ですね。まずは四級使徒のレニィ。とても頑張り屋さんでしてね、彼女はまだ四級ながら礼拝や日曜学校の運営、お金の管理や掃除に至るまで幅広く担ってくれています」


 おお、なんか良さげな人材っぽい。優等生タイプってやつかな。

 しかしそれを語るモニクさんの表情は暗かった。


「ですが先日、流行病にかかってしまいました。しばらく復帰は難しいでしょう」

「は、流行病ですか」

「こういう場合、本当なら教会が病に見合った薬を処方するんすけどね。けど、それができる『薬師』の知識を持つのもやっぱり司祭さんだけだったんす」

「そこで代わりにもう一人の使徒……ラギという子が流行病の薬の研究をしてくれているのですが、五級使徒であるあの子にはまだ難しく、思わしい成果はありません。そういうわけで、フレスタでは流行病がもう一月近く放置状態になっているのです」

「そ、それは……」


 俺は返す言葉が見つからなかった。

 流行病とやらがどういうレベルかはわからないけど、割と洒落にならない状況なのではないだろうか。もはや教会だけでなく町全体の問題だ。

 しかしモニクさんは穏やかな笑みを浮かべながら、


「まあ、大変なりにやりようはあるんですよ? 例えば礼拝は主にお年寄り相手だから、適当にそれっぽくごまかせばバレません。日曜学校の方も、流行病の蔓延防止を口実に休校にできましたから」

「それ、本当にやれてるんですかね?」


 なんでこういちいち不安にさせるようなことを挟んでくるんだろう。

 

 その時、談話室に「郵便でーす」の声が届いてくる。誰かが来たらしい。

 アギがすぐに立ち上がり、談話室から走って出ていく。

 何かを受け取りに行っていたらしく、戻ってきたアギは何故か半笑いだった。


「うひひひ。本庁からっす。布教用『サムネの書』、来月分のノルマ百冊」

「げっ。も、もうですか?」


 また何か問題が起こったのだろうか。

 俺の視線に気付いたモニクさんは、若干気まずそうに説明する。


「ええと、実は本庁から毎月、布教用の『サムネの書』が送られてくるのですが」

「あ、クズちん。『サムネの書』というのは、聖翼教の教えが書かれた聖典っす」

「人手不足のこともあって布教の方にまで手を回せておりませんでして、送られて来る『サムネの書』をほとんど捌ききれていないのです」

「まだ今月と先月二ヶ月分のノルマも、まるまる手つかずで残ってるんすよね~」

「…………」


 なんだろう。

 さっきからこの教会、結構危ない匂いがするんだけど。

 本当に大丈夫なのかな。


「ということで、クズ。あなたをアルバイトとして採用させていただきますね」

「あ、はい。よろしくお願いします」


 けど、そのおかげで話は早かった。


「いきなりで申し訳ありませんが、クズ。この『サムネの書』を持って町の方にいるリリカに合流し、布教活動のお手伝いをしてあげてください。お願いできますか?」

「任せてください」


 本当にいきなりだったが流れのまま即答する。

 何かと不安はあるし心の準備もできていないけど、なんというか教会の惨状をこれ以上見るのが怖かった。


 早速教会を出ようとすると、入れ違いで一人の老人が入ってきた。

 教会には時折こうやってお祈りとかを目的とした町の人が訪れるので、モニクさん達も簡単にここを離れるわけにはいかないのだろう。

 背中越しに老人とモニクさんのやりとりが聞こえてくる。


「なんじゃと! 今日はあのおっぱいでかい子、おらんのか!」

「レニィでしたら、今日は体調を崩して休んでいまして……」

「まあ良いわ。じゃあ今日は別の子とお話しするかいのう!」


 キャバクラか!

 今度こそ確信した――この教会、もうダメだ。






 教会を出た俺は、布教用『サムネの書』を抱えてフレスタの町を歩いた。

 一冊一冊が辞書みたいに分厚くクソ重い。それを三十冊も渡された。あれ、なんか流れで引き受けたけど扱いヒドくないかこれ。早くも泣きそうだぞ。


 しかしアルバイトとは、こういうものなのかもしれない。前の世界での俺はアルバイト禁止の高校生で、つまり俺にとっては未知の世界だ。


 ひいひい言いながら、とにかく町のどこかにいるというあの幼女シスターを探す。

 なんでも、裏通りで清掃活動をしているとのことだけど。


「教会がそんなことまでするんだな……」


 町が奇麗になれば人々の心にゆとりが生まれる。

 ゴミは衛生面でも問題があり、病気の防止にもつながる。

 本来は一人一人が心がけるべきことだが、率先してこういった奉仕をおこなうのも、聖翼教の務め。

 確かモニクさんが、そんなことを言っていた。


 無償の奉仕という意味では、今までで一番教会っぽいのかもしれない。

 そんなことを考えていると、俺はざわざわとした人だかりを発見した。


 その中心には――一人の天使がいた。


 修道服に身を包んだ銀髪のシスター。

 せかせかと小さい体を動かして、紙クズや空き瓶を拾っているだけなのだが。

 その姿すら天使が下界の痩せこけた大地に恵みの種を植えているかのような神秘性に満ちている気がする。


 改めて思うが、見た目に関してはマジで天使だなこの子。

 その証拠に通りがかる町の住人達も思わず足を止め、その視線はゴミを拾う幼女に釘付けになっている。ロリコンでなくとも目をひきつけられるほどの天使っぷりだ。


「よう、リリカ!」


 そんな天使に明るく声をかける俺。

 周りから「えっ」という声があがる。ふふん。今の俺はなんとこの天使ちゃんの関係者。遠目から眺めるだけのモブ共とは違うんだよなあ。


「お疲れさん。良かったら俺も手伝――」

「えっ、なんでわたしの名前を……きもちわるい……」


 そこで天使の顔が初めて不快そうに歪んだ。

 なにこの反応。

 さっきまで拾ってたゴミよりも汚らわしい目で見られてないかな?


 ともあれ。

 こうして俺の教会アルバイトが始まったのだった。

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