第7話「夢と挫折」
「そういえば佐伯さんは毎朝早いけど、サークルの朝練とか?」
ある日の電車の中、俺は佐伯さんにそう尋ねた。
彼女は首を横に振るとこう答える。
「いえ、うちの大学——というか専門学校なんですけど、朝が早いんですよ」
「ほう、専門学校とな。なにか夢を追ってるんだね」
俺が感心してそういうと、彼女は照れたように頬をかいた。
「そうですね……。実は私、声優をやりたくて。それで色々勉強してるんです」
「あー、なるほど。すごいね、声優って」
夢を追う若者だ。
是非とも頑張ってもらいたいな。
ただ俺も夢を追って敗れた側の人間だから、無責任なことは言えない。
昔の話だが、今はこうしてサラリーマンとして社会に揉まれている。
夢は必ず叶う——とはいえないけど、その時に培った技能は必ず今後役に立つ。
だから——。
「夢ってのは叶わないかもしれない。いつか現実を見なければならない時が来るかもしれない。でも、夢を追うのって楽しいし結果が出なくて辛くても苦しくてもその時間だけは燦然と輝いているものだよな」
俺の言葉に佐伯さんはハッと目を見開いてこちらを見てきた。
「もしかして神谷さんも夢があったんですか?」
「まあ……大昔の話だよ」
俺は微笑んで返した。
すると佐伯さんはじっと俺の目を見てきて、ポツリと言った。
「私は実はこの夢は叶えられないかもしれないって、心のどこかで思ってました。無理だろうと思っているところがありました。でも神谷さんの言葉で私は気が付きました。夢って叶う叶わないじゃなくて、追うか追わないかでしかないのだと」
叶う叶わないというのは結局、結果でしかないのだ。
確かに夢は叶った方がいいのは間違いない。
でも、物語において結末よりもその道中の方が重要なように、夢を追うのも叶えるよりもその過程の方が大事なんだ。
少なくとも俺はそう思う。
俺は夢を諦めてしまった人間だ。
志半ばにして挫折した人間だ。
だからこの理論はただの負け惜しみなのかもしれない。
だけど俺は佐伯さんには最高の人生を送ってもらいたいから、俺は——。
「佐伯さん。結局さ、人生は楽しんだもの勝ちなんだ。夢を叶えたものが勝ちなわけじゃない」
俺の言葉に彼女はぱあっと満面の笑顔を咲かせるとこう頷くのだった。
「はい、そうですよね! ありがとうございます、神谷さん! また、貴方に元気をもらってしまいました」
俺はただのおっさんだ。
なんでもないただのおっさんだ。
でも、人一人の幸せを願うくらい、ただのおっさんだってしてもいいよな。
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