一生無縁の恋物語

なゆた

第1話 人気者の崎守くん

また目が覚めた。今日も憂鬱だ。

もう一生目が覚めなくていいくらい、私はこの世にうんざりしている。

どうして人間はこうも理不尽で面倒くさいんだろう。なぜ私の親はあれほどまで怒りっぽいのだろう。

全てに対してこと細かくて、友達とも遊べない。暇があるなら勉強しろ。おかげで私はいつも学年一位だよ。

ねぇ、なんで褒めてくれないの?

なんで些細なことで怒るの?

なんで私は愛されてないの?

私はいつも”優等生”でいるのに。

ねぇ、どうして?


***


「おはよ···」

「······」

ほら、まただ。また無視してる。

お母さん、仕事いつも遅刻ギリギリだよね。

お父さん、いつもスマホいじってるよね。

ああ、ほら。私はいつも空気だ。私にも、勉強以外に依存できるものがあればな。

おはよう。と朝の挨拶だけして、私は洗面所へ向かう。二階から一階に下りてくる前に着替えたセーラー服。青色のリボンは二年生を示す。

私は四月に進級して、高校二年生。つまり、十七歳になる年だ。

洗面所の鏡の前で、無理矢理に笑顔を作る。

表情筋が痛い。それに、目が笑えてない。

おかしいな。学校では笑えてるはずなのに。

パシャパシャと冷たい水を顔に三回当てる。それから頬を二回思いっきり叩く。私流の目の覚まし方だ。これが意外と効く。

「···酷い顔してるなぁー」

まだセットしていない髪は寝癖だらけでボサボサ。目の下には隈。顔色は明らかに悪い。

でも、熱があるわけじゃない。これがいつもの私なんだ。

「奈緒。お母さん行ってくるから、朝ご飯適当に食べてね」

「うん。行ってらっしゃい」

ドタバタと廊下を駆けて、お母さんが話しかけた十数秒後、玄関の扉が閉まる音がした。

「俺も仕事に行ってくる。テスト近いんだろ?勉強しとけよ」

「わかってる。行ってらっしゃい」

そして、二度目の玄関が閉まる音。

やっと一人だ。···とは言っても、私もあと数分後には出る。

朝ご飯なんて食べてる暇は無い。別にお腹は空かないから平気だし、学校の売店で何か買えば小腹は満たせる。

ミディアムくらいの長さの髪をアイロンで整えて、右サイドにヘアピンを二本留める。目の下の隈はコンシーラーで隠して─はい、”学校での”いつもの私に出来上がり。

と、いうことで─

「行ってきます」

私の声は空を舞った。先に家を出た両親からの『行ってらっしゃい』はない。というか、もし休みだったとしても『行ってらっしゃい』は返ってこない。

ガチャッと鍵を左に回して、ドアノブを二回ほどガチャガチャと鳴らす。

ドアが完全に閉まったことを確認できたら、エレベーターに乗って一階のボタンを押す。

ロビーを出て真っ先にある交差点の信号が点滅してたので走って渡る。

そこからは大体真っ直ぐの道のり。

通学路の途中出会った知り合いの小学生に手を振って、塀の上で日向ぼっこをしてる猫の頭を撫でて、道端にある水溜まりをぴょんっと飛び越える。今日も相変わらず体が重い。

体重増えちゃったかな。

「流石にないでしょ。ご飯もまともに食べてないんだし。そんな簡単に体重は増えないよね」

きっとストレスでそう感じているだけだろう、と自分に暗示をかけた。

だって体重が増えてるって思いたくないじゃん?

「あっ、奈緒ー!」

いつも待ち合わせをする小さな広場。そこにいたのは、幼い頃から仲が良い真瑚。

あまり人と関わらない私の唯一の親友であり幼馴染み。

「ごめん、待った?」

「全然!それよりあたし、学校行ってすぐ先生に用事あるから職員室行かなきゃなんだよね」

「いいよ。私もついてくから」

「ありがとー!」

正直言って、真瑚ほど話しやすい友達はいない。私はそれくらい真瑚が好きだ。

彼女はとってもフレンドリーな性格で、その分友達も多い。去年から同じクラスで、一緒にいる時間が長いけど、真瑚は他のどの友人よりも私を優先してくれる。

なんでかと彼女に聞いたところ、『だって奈緒がいいんだもん』。と、真瑚は真瑚なりに友人関係で困っているらしい。

私たちはいつも、今日の授業は最高だ。とか、〇〇が□□のこと好きらしいよ。みたいな他愛もない会話をしながら学校に行く。

学校の門が見えたら一旦会話を中断して、校門に立っている先生に挨拶をする。

真瑚のお気に入りの先生だったら、軽く十分くらい立ち話してるけど、今日は逆に真瑚の苦手な先生だったらしくて、挨拶も心做しか雑だった。

「じゃあとりあえず、橘先生にプリント貰ってくるから、ここで待ってて!」

「了解。カバンの警備は任せといて!」

「助かる!」

真瑚は担任の橘先生からプリントを貰うべく、職員室に入っていった。

橘先生は女の先生で、生徒人気も高い。そして何より、メガネ美人!これだけは譲れない!

真瑚を待っている間、外からは風紀委員が服装チェックをしている声が聞こえる。

─君、ネクタイは?

─忘れましたァ!

─いや、そんな自信満々に言われても···

「んふっ···」

そんな会話に、思わず自然な笑みが零れてしまう。流石の私でも、これくらいのことは笑うよ。そこまで無心ではないからね。

真瑚が結構遅いので、私は参考書を開いてテストの予習をする。

ページをめくった時に一枚のプリントが、私の手の届かないところまで風で飛んでいってしまった。

そして私が取りに行こうとした時、先に誰かが拾ってくれた。

「あ、ありがと···」

あぁーダメだ!どうしても人前だと笑えなくなっちゃう。

頑張って笑顔で受け取ろうとするけど、多分無理に笑ったら一周まわって変顔になる。

うぅー···!嫌な奴って思われたかな?

「佐々木さんって、めちゃくちゃ勉強熱心だよな」

「···へ?」

しまったぁぁ!気を抜きすぎて、思わず間抜けな声が···!

ていうかそもそも、そんなこと言われると思わないじゃん?急だよ急!

「あれ?私の名前···」

「ああ。俺、同クラの崎守!崎守千夏。よろしく!」

「あ、うん。よろしく、崎守くん···!」

なんだか不思議な人。体が強ばらない。

なんか表情筋も緩くなってる気がする。

「なあなあ、俺に勉強教えてくんない?」

「えっ、ええっ!?わ、私が!?」

「そう!佐々木さんが!」

私、殺されるんじゃ···!

知ってるんだ。崎守千夏がこの学校でどれほど人気なのか。

高身長だし、顔整ってるし、運動能力高いし、優しいし。だから彼はモテる。

唯一の欠点は、頭の良さが平均よりちょい下だということ。でもそれも、欠点とは呼べないだろう。

しかも、高身長なのに犬みたいなんだよなぁ。可愛いからいいけど。

「崎守くんだったら、もっと他の子が教えてくれるよ···」

「俺が佐々木さんがいいの!俺、佐々木さんと話してみたかったんだよ。いつも教室で本読んでて誰とも話してなかったから、どんな子なのかなって気になっててさ。でも今話してわかった。佐々木さん、ちょー話しやすい!」

な、なんか···人気者に見られていた···!

最悪だぁ、私のバカぁぁ···!

もっと目立たない図書室とかにいるようにしよ。

あ、でもそれだと真瑚が怒るな。

「崎守くんが私でいいなら、勉強くらい教えてあげるよ」

「マジ!?助かる!」

···ほんっとに何言ってんだ、私!

殺されるんだよ?殺されるかもしんないの!

意味わかってる!?

「じゃあ今日の昼休みから頼む!」

「えっ、あ···うん!わ、かった···!」

もう諦めます。殺されることにします。

だって丁度いいじゃん。この世にはうんざりなんだから。

あの親と暮らすよりは、崎守くんのファンに殺された方がマシだよ。


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