第8話 ぬくもり
「とりあえず、良さそうなお店に手当たり次第入ってみる?」
そんな提案をしてみた。
成瀬さんの私服を選ぶ。胸がときめく話ではあるが、私はこのショッピングモールにどんなお店が入っているのかすらよく知らないのだ。
適当にお店に入って、成瀬さんに似合いそうな服が無ければササッと出る、そんなやり方が1番賢いように思えた。
彼女も異論はなかったのか、ぴょこんと頭を下げる。
「それでお願いします」
そして顔を上げると、つぶやくように言った。
「ただあんまりオシャレすぎるお店だとわたしの心が死ぬから、ほどよい感じのところがいいかな」
「……心が死ぬ……?」
「あっ、もちろん例えだから。ホントに死んじゃうわけじゃないよ」
「うん……」
それはもちろんそうなのだろうが、そんな比喩表現を使いたくなるほどストレスを感てしまうってこと……?
それは困る。
お店選びに困る。
そもそも洋服屋なんて、たいていはオシャレな外観をしているのだ。
どのレベルのオシャレさだと彼女が負担に感じるのかよく分からない。
……でもまあ、これに関してはいくら悩んでも答えが出るとは思えないし、当初の予定通り手当たり次第でいくことにしよう。
実際に入店するかは、彼女の反応を見て決めればいい。
「とりあえずあそこに入らない?」
私は、大きな看板に丸っこい文字で『らぶらぶLOVE』と書かれている洋服屋を指差した。
制服姿の女子高生たちが吸い込まれていくのが見えたのだ。
それも1人や2人ではない。
私が視線を向けたほんのわずかな時間だけでも、ぞろぞろぞろぞろ入っていく。
きっと若者に人気のショップなのだろう。
あのお店なら、イマドキの都会の子が着る洋服が見たいという成瀬さんの要望に応えられるし、きっと喜んでくれるはず……。
けれど成瀬さんはぶるぶると震えながら後ずさりをしていた。
「あ、あそこに行くの……? なんか上級者向けのお店じゃない……?」
「上級者向け……?」
「店員さんが話し掛けてくるタイプのお店に見えるんだけど……そういうのはちょっと……」
店員さんが話し掛けてくるお店は、彼女にとって上級者向けなのか……。
「そのときは『大丈夫です』って会話を断ればいいだけじゃん」
「できないよぉ……」
「そう……?」
成瀬さんは社交的なタイプだとばかり思っていたが、実際はそうでもないらしい。
きっと優しいからだろう。
店員を適当にあしらうのは、心が痛むわけだ。
「向こうも仕事で声を掛けてるだけなんだし、はっきり断ったほうがむしろ喜ぶと思うよ。無駄な時間を省けるから」
「ほ、ほんと……?」
知らない。
生憎、ショップ店員の経験がない。
というかバイト自体、経験がない。
そしてもし仮にバイトをするとしても、接客業を選択することだけはないだろう。
だって私は根っからの陰キャ。
わざわざ恥をかきにいくようなものだ。
そう考えてみると、接客業であるショップ店員をわざわざ選ぶ人間なんて、当然のように陽キャなわけで。
お客さんとのコミュニケーションを好む店員さんが多いだろうし、会話を拒否されると内心がっかりしていてもおかしくないと思う。
でもそんなことを伝えると成瀬さんの心が折れてしまう気がしたので、私は重々しく頷いた。
「そうそう、そういうものだって。話し掛けてきたらはっきり断る、それが優しさだよ」
「そ、そっかぁ……」
納得してくれたようだが、かといって乗り気になった感じでも無い。
お店に興味はあるけど入る勇気が出ない、そんな様子に見えた。
「私はあのお店、けっこう良さそうに思うんだけど、成瀬さんはどうする?」
「……い……」
「うん」
「行ってみようかな……」
そうつぶやいた成瀬さんは不安のせいだろうか、そっと右手を伸ばし、私の左腕に軽く巻き付けてきた。
「…………」
可愛い。
思わず真顔になってしまうほど可愛い。
「あっ、ごめん!」
けれど、私の心を惑わすその動きはどうも無意識のものだったらしく、成瀬さんはすぐに手を離してしまった。
左腕には、ほのかなぬくもりが残っている。
「……そのままで良かったのに」
「うん?」
私の声は小さすぎたようで、彼女は首を傾げていたが。
「……別になんでもないよ。じゃあとりあえずあのお店に入ろっか」
陰キャな私に同じ言葉を繰り返す勇気なんてあるはずもなく。
名残惜しさを感じつつも、言葉にしないまま、彼女と共にお店に向かった。
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