第3話 ふたりの出会い(後編)

「……ん? え、どういう意味?」


 あまりにも意味が分からず、つい素で聞き返してしまった。

 眠くて朝起きられないと言っている人間が、なぜモーニングコールを……?

 できるはずが無いだろうに。

 

「んと……萌花ちゃんに電話しないとって思ってたら、わたしも朝起きられるかなって」


「……」


 無言。

 しかしさきほどまでの沈黙とは意味合いがまるで違う。

 意地悪ではなく、普通に理解ができない。

 考える時間が欲しかった。


「えと、ホントはね、萌花ちゃんと連絡先を交換したかっただけ」


 彼女はネタ晴らしするかのようにチラリと舌先を出しておどけて見せたが……私はまだ話についていけていない。


 連絡先を交換したかったから……モーニングコールの提案をした……?

 だめだ、意味が分からない。


「ごめん、なに言ってるのか分からない」


 そのまま伝えた。

 彼女は慌てている。


「だ、だよねだよね、こっちこそごめんね、わたし1人で突っ走っちゃう癖があって……」


「だろうね」


「うん……」


 苦笑いの彼女はその表情のままカバンを漁り、可愛らしいスマホをこちらに見せてくる。


「す、スマホ。今まで持ってなくて。ほらわたし、かなりの田舎から出てきたでしょ?」


「知らない」


「そ、そうだよね、ごめんなさい。あの、今までは別にスマホなんていいやって思ってたんだけど、お母さんが高校生になるからって入学祝に買ってくれて……友達と話すのに無いと不便でしょって。お母さん、わたしに友達ができるかすっごい心配してるの。だからわたしも早く友達が欲しくて……友達ができたらお母さんも安心してくれるだろうから……あの……ごめんなさい……」


 だんだんと声が小さくなる彼女は、最終的に2度も謝ったあと、そのままうつむいてしまう。

 そんな彼女を見て、私は内心ため息をついていた。


 我が家には母親がいない。遠い昔に死んでしまった。

 それ以来私は、こういう親子のエピソードに弱いのだ。


 他人を寄せ付けることをとしない私ではあるが、家族愛を持ち出されるのは困る。

 助けてあげたくなってしまうではないか。


「…………」


 寂しそうにうつむいている彼女の長いまつげを見つめながら、私は自身の考えが少しずつ変化していることに気付いていた。


 ……別に協力してあげても良いのではないだろうか。


 それは今までなら絶対にしなかった判断。

 けれど、それを否定する考えは浮かんでこない。


 だって、しょせんは連絡先を交換するというだけの話なのだ。


 それで彼女の母親が喜ぶというのなら――それで成瀬るうが再び笑顔を見せてくれるというのなら、そのくらいは別に構わない。

 だって私は弱点を突かれたんだ。

 そのくらいの譲歩は、むしろ当然だ。


「ん」


 私は成瀬るうに自身のスマホを差し出した。


「え?」


 彼女はキョトンとしている。

 ジェスチャーだけでは意図が伝わらなかったらしい。


「連絡先交換するんでしょ。そっちもスマホ出しなよ」


「えっ、あっ、うん」


 自分から頼んでおきながら、承知されるとは思っていなかったようで、その慌てっぷりは見事なものだった。


 あわあわと取り落としそうになりながらも、スマホをギュッと握りしめた成瀬るう。

 彼女は前のめりになりながらディスプレイをタッチしたあと、明るくなった画面をジッと見つめている。


「…………」


 身動き一つしない。

 うつろな瞳で、ただただ画面を見つめ続けているのだ。


「……連絡先の登録の仕方、分かる?」


「……!」


 ギョッとした様子で顔を上げた彼女は、言い訳を探すかのように視線を彷徨わせていたが……。


「わ、わからないです……」


 なぜか敬語になっていた。

 もじもじしながら、目も伏せている。


 たしかに自分から誘っておいて、連絡先の交換方法が分からないというのは、本人的には気まずかったりするのだろう。

 とはいえ誘われた側からしてみると、どうでもいいことではある。


「貸して。やってあげる」


「え!? 萌花ちゃんが!?」


 ……それはなんの驚きだ……?

 お前のような陰キャが連絡先の追加方法を知っているはずがないとかそんな感じだろうか。


 失礼な反応だと言いたいところだが、でもまあ否定はできない。

 私は取説を読むのが好き系女子。

 知識として押さえているというだけで、実際に登録したのは父さんの連絡先を入れた時の1回だけ。

 実戦経験が豊富とは言い難い。

 

 とはいえそう難しい操作でもないし、問題はないだろう。

 分からなければ、ネット検索するだけだ。


 それにしても……。

 自然と目に入ってしまうが、彼女のスマホ、本当に母親しか連絡先が登録されてない。

 地元には友達がたくさんいるだろうから、私と同類扱いするべきではないのだろうが、ちょっと意外だ。


「よし」


 そうこうするうちに、彼女のスマホに私の連絡先を追加することに無事成功。

 実際にやり取りができるかどうか、試しにメッセージも送って――うん、問題は無さそうだ。

 

「ほら」


「ありがとうございます」


 スマホを返すと、成瀬るうは恭しく頭を下げながら両手で受け取った。

 本当に、ひとつひとつの仕草に愛嬌がある子だ。


 そんな彼女は、返却されたスマホに視線を落としたかと思うと、カッと目を見開いていた。


「これからよろしくって書いてある!」


「……」


「ねえ、これからよろしくって書いてあるよ! これ、メッセージだよね? いきなり送ってくれたの!?」


「かもね」


 単なるテストとしてメッセージを送っただけなのに、まさかここまで喜ぶとは思わなかった。

 なんだか照れくさくて、思わず目をそらしてしまう。


「萌花ちゃんによろしくされちゃった! えへへぇ!」


 本当にここまで喜ぶとはなあ……。

 成瀬るう。

 彼女は感情表現が豊かで、なんだか足元にまとわりついてくる子犬みたいだ。


「こ……ち……ら……こ……そ」


 そしてさっそく返信してくれるらしい。


 どう考えても言葉で伝えたほうが早いだろうに。

 というか、文面を声に出しながら打ち込んでいるので、メッセージが届くより言葉として耳にするほうが早いだろうが……。


 でも彼女がそうしたいというのなら、それでもいいか。


 私は子どもの成長に寄り添う母親のように、スマホと懸命に格闘する成瀬るうを無言で見守り続けたのだった。

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