その29「カースと説明」
「カース……?」
「知らないのか? ジョッキーなのに」
「バカにしないで。
それくらい知ってるわよ。
猫が生まれつき持っている
ユニークスキルのことでしょう?」
猫と人には、生まれつき、能力の違いが有る。
人は聖水を飲むことによって、クラスの加護を得ることができる。
クラスの加護は、人に高い身体能力を与える。
人はまた、聖水によって、スキルの加護を得ることもできる。
スキルとは、一種の特殊能力だ。
冒険者たちは、それらの力を得て、魔獣が潜むダンジョンに挑んでいく。
だが猫は、加護の力など無くとも、冒険者並の力が有った。
生まれつきEXPを吸収する力を持ち、ねこレベルを上げていくことが出来る。
そして猫は、スキルのような力も持っている。
それはカースと呼ばれ、冒険者のスキルよりも多様性に富んでいる。
冒険者がユニークスキルと呼ぶような特別なスキルを、猫は生まれつき持っているのだ。
「けど、聞いてなかったわよ。
あの子のカースが、
レースに使えるモノだったなんて」
シャルロットは不満げに言った。
「そりゃ、聞かなかったからだろ。
俺は聞いた。
話し合った。
ニャカメグロに、俺たちに、
何が出来るのかってな」
「……聞かなかったから、
カースを使わなかった?
たとえ聞かれなくても、
ランニャーだったら、
走りに全力を出すのは当然のことでしょう?
猫とコミュニケーションを取らなかったのが
悪いって言いたいの?
そうね。
計算外だったわ。
ニャホンの猫は、
こんな陰湿なことをするのね」
猫と良好な関係を築くのも、ジョッキーに必要な資質の1つ。
それはそうかもしれない。
だが、シャルロットからすれば、リリスはもう見限った猫だ。
仲違いしたことなど、十分に承知している。
そのうえで今回は、リリスに全力を求めていた。
手抜きをされるのは、話が違う。
そう思わざるをえなかった。
「違います」
シャルロットの言葉を、リリスが否定した。
それを見てシャルロットは、噛み付くように疑問をぶつけた。
「何が? 何が違うっていうの?」
「私がカースのことを黙っていたのは、
あなたを陥れるためではありません。
ただ、スキルのことを話しても、
意味は無いと思っていただけなんです」
「意味? どういうことかしら?」
「私のカースは、
地属性の力を強めるものなんです。
本当にそれだけのカースで、
他のことは、いっさいできません」
「それって……」
「競ニャ学校で習う強化呪文は、
炎属性のものでしょう?
猫の活力を高めるには、
燃え盛る炎の力が1番良い。
前のホテルに居たジョッキーさんも、
そう言っていました。
だから、私のカースは、
役に立たない『死にカース』扱いされていたんです。
シャルロットさん。
あなたにあの人のような
地属性の強化呪文は使えますか?」
「……無理よ。
ねえヒナタ。
1つ聞いても良いかしら?」
「何だ?」
「どうしてあなたは、
マイナーな地属性の強化呪文を
身につけていたのかしら?」
「べつに、たいした理由じゃねーさ。
俺はフィジカルが弱いからな。
座学で出来ることは、
やっておこうと思ったんだ」
「それだけの理由で、
あんなマイナーな呪文を?」
「まあな」
「……今回は、私の負けみたいね。
言うことを聞くっていう約束だったわね?
何をすれば良いかしら?
ドゲザ? それともお金かしら?」
「次のデビュー戦までに、
ニャカメグロときちんと向き合ってやれ」
「……それだけ?」
「べつに金には困ってねーし、
おまえの土下座なんか見て、
俺に何の得が有るんだよ?」
「そう。だけど、良いのかしら?」
「何が?」
「あなたとリリスは、
息ぴったりに見えたから。
2人なら、良いパートニャーになれると思ったのに」
シャルロットの笑みを見て、リリスが叫んだ。
「はああああああぁぁぁっ!?
ありえませんから!
こんな人と息ぴったりだなんて!」
「そう? 良い男だと思うけど」
「目ェ腐ってますよ」
「えっ? そこまで言う?」
「今日のところは引き上げさせてもらうわ。
だけどニャツキ。
あなたのことも、
まだ諦めたわけじゃ無いから」
「俺様はべつに、
おまえがジョッキーでも構いませんけどね」
ニャツキにとっては、最低限の力さえ有れば、ジョッキーなどどうでも良かった。
だが、自分が居なければ、ヒナタはパートニャーを失う。
自称ジョッキーの、悲しい無職の男が誕生してしまう。
自分は慈悲深いので、アワレな男を救済してやる。
今のヒナタには実績が必要で、自分ならばそれを与えてやることが出来る。
そういう考えだった。
ヒナタに問題が無いのなら、シャルロットがジョッキーでも構わない。
「嬉しいわ。
ヒナタ。今度は負けないから。
それじゃあリリス。
また連絡するわ」
「……はい」
リリスは答えづらそうに返事をした。
自分を切り捨ててきたジョッキーと、いつの間にか復縁したことになった。
その事に困惑が有るようだった。
それがわからないのか、わかっていて無視しているのか。
リリスが放つ雰囲気などは気にせず、シャルロットは去っていった。
複雑な表情のリリスに、ヒナタは声をかけた。
「……余計だったか?」
「えっ?」
「結局あいつと走ることになったが、
別のジョッキーを用意してもらった方が
良かったかと思ってな」
パートニャーとは真剣に向き合うべきだ。
そんな自分の考えを、勝手に押し付けてしまったのではないか。
シャルロットを突き放した方が、リリスにとっては良かったのではないか。
ヒナタには、それが気になっているようだった。
「べつに良いですけど」
リリスはそっけなくそう答えた。
「そうか。んじゃ」
ヒナタは去ろうとした。
「どちらへ?」
ヒナタの背中に、ニャツキが声をかけた。
「スカウトだよ。
俺のパートニャーは、
まだ見つかってないんでな」
「そうですか。
まあ、せいぜいがんばってください」
「おう」
ニャツキは去り行くヒナタから視線を外し、リリスに声をかけた。
「それでは俺様たちは、
ホテルに戻りましょうか」
「わかりました」
ニャツキとリリスは、ホテルへと帰還した。
ロビーに入った2人を、アキコが出迎えた。
「お帰りなさい」
ニャツキはそれには答えず、リリスに話しかけた。
「リリスさん。
先にジムに行っていてください」
「え? わかりました」
リリスの姿が、エレベーターへと消えた。
それを見て、アキコが口を開いた。
「……どうだったかしら?」
「最終的には
うまくまとまりましたよ」
「ありがとう。ニャツキちゃん」
「いえ。俺様は何も。
礼を言うなら、
ヒナタさんにでも
言っておいてください」
「あの子が?」
アキコは意外そうな様子を見せた。
「はい。
しかしですね。アキコさん。
気の弱い新人に紹介するなら、
もっと温厚なジョッキーの方が
良かったのではないですか?」
「2人の相性は
悪くないと思ったのよ。
気の弱いリリスちゃんを、
自信の有るシャルロットちゃんが
リードしてくれるかと思ったの。
ただ……」
「ただ?」
(普通の新人ランニャーと並べるには、
ニャツキちゃんという才能は、
眩しすぎたのね)
アキコはそんな自分の考えを、口には出さなかった。
何を言おうが、アキコが失策したことに違いは無い。
アキコは言い訳を飲み込んで、素直に謝罪した。
「いえ。私が悪かったわ。
ごめんなさい」
「まあ、俺様に実害は無いので
謝られるようなことでもありませんが。
それでは、トレーニングが有るので
失礼します」
「ええ。がんばってね」
……。
翌日のホテルヤニャギ。
早朝、リリスの部屋に、シャルロットが入ってきた。
部屋には鍵がかかっていたはずだが、そんなことはこの女には関係が無い。
「リリス! さっそく練習するわよ」
「筋肉痛です。すいません……」
「えっ?」
……。
ヒナタとシャルロットの対決から、20日以上が経過した。
ホテルヤニャギのトレーニングジムに、ニャツキとリリスの姿が有った。
トレーニングが終わり、リリスはニャツキに話しかけた。
「あんまり痛く無くなってきましたね」
「慣れればそんなものです。
デビュー戦まであと5日ですから、
これ以降は、
あまり激しいトレーニングは
控えてくださいね。
今の体を維持したまま、
シャルロットさんと力を合わせて、
レースに向けての
最終調整を行ってください」
「はい。あの、お姉さまは良いんですか?」
「何がですか?」
「キタカゼ=ヒナタとの練習を、
全然していないように見えるのですが」
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