その28「話し合いと決着」




「たいした自信じゃねーか」



「そうね。


 私に先攻を譲ったのは、


 失敗だったと思うわよ」



「理由を聞こうか」



「彼女、筋肉痛でしょう?


 重くはないみたいだけど、


 痛みが有るのに走るっていうのは、


 嫌なものよ。


 私はそんな彼女を、


 トップスピードで走らせた。


 きっともう、


 同じ走りはできないわよ。


 たとえあなたが


 私と同格のジョッキーでも、


 今回は私が勝つわ」



「べつに、


 同じ走りをする必要はねーさ。


 俺たちは、


 俺たちなりの走りをする。


 それでお前に勝つ」



「……そこまで言うのなら、


 見せてもらうましょうか。


 あなたの走りを」



「俺の走りじゃねーよ。


 俺たちの走りだ。


 知らないのか?


 競ニャってのは、


 ジョッキー1人じゃ走れねーんだぜ」



「口だけは立派ね。


 早くしてくれるかしら?」



「ちょっと待ってくれ」



「何よ?」



「ニャカメグロと、作戦会議をしたい。


 コースを何周か


 回ってきて良いか?」



「それで気が済むのならどうぞ。


 コースを借りられるのは2時間だけだって、


 わかってるわよね?」



「ああ」



 ヒナタはリリスの隣に立ち、彼女に声をかけた。



「乗るぞ。ニャカメグロ」



「……はい」



 許可を得ると、ヒナタはリリスの鞍に乗った。



「ん……」



 リリスが声を漏らした。



「だいじょうぶか?」



「問題ありません。


 他の人を乗せるより、


 ずっしりしてるなと思っただけです」



「図体がでかいからな。俺は。


 ……重いか?」



「私はネコマタですよ?


 たとえあなたが100キロあっても、


 ビクともしません」



「100キロはねーけどさ。


 ……行くぞ。


 話をしたいから、軽くな。


 筋肉痛が


 気にならないくらいのペースで良いぞ」



「はい」



「風壁、活炎」



 ヒナタは呪文を唱えた。



 スタートの合図を待つことも無く、リリスは走り出した。



 レース用の走りとは違う。



 ゆったりとした走りだった。



 ヒナタは魔導手綱を通して、リリスに話しかけた。



(悪いな。


 筋肉痛なのに、


 勝負に巻き込んじまって)



(いえ。私も当事者ですから。


 けど、作戦会議って、


 何を話すんですか?)



(何って、探すんだよ。


 あいつのタイムに勝つ方法を)



(えっ?


 楽勝なんじゃ無いんですか?)



 ヒナタはずっと、自信ありげにしていた。



 少なくとも、リリスの目にはそう見えていた。



 必勝を確信しているのだろう。



 シャルロットに勝つための作戦が有るのだろう。



 リリスはそんなふうに思っていたのだが……。



(まさか。


 あいつは大口叩くだけあって、


 それなりのジョッキーだ。


 筋肉痛だから後攻が不利ってのも、


 なかなか的を射てる。


 普通にやったら勝てんかもな)



(勝算も無いのに


 相手を煽ってたんですか……!?)



(勝算は、これから見つけるのさ)



(……はぁ。


 いいかげんな人ですね)



(悪いな。


 けど、勝つためだ。


 俺に協力してくれ)



(そんな急に言われても……。


 簡単に速くなれたら


 苦労はしませんよ)



(俺たちは、出会ったばっかりだ。


 お互いのことを、何も知らない。


 だからこそ、


 2人の間には、無限の可能性が有る。


 そうだろ?)



(口だけは立派ですね)



(俺を口だけの男で


 終わらせないでくれ)



(知りません。


 勝手に終わっててください)



(おまえなあ……。


 あいつに言われっぱなしで、


 悔しく無いのかよ?)



(悔しいですよ。


 悔しいに決まってるじゃないですか)



(なら、勝とうぜ。


 おまえの事を色々、俺に教えてくれ)



(……わかりました。


 勝つためですから)



 2人は話をすることになった。




 ……。




 コースを3周してから、リリスはスタート地点に停止した。



 一行がコースに来てから、既に1時間以上が経過していた。



「始めますか?」



 ニャツキが尋ねると、ヒナタは彼女に手のひらを向けた。



「ちょっと待ってくれ。


 ……応援花」



 ヒナタは呪文を唱えた。



 普段の競ニャ場では、見ることが無い呪文だった。



 リリスたちの周囲を、光る花びらが舞った。



 この状況で、新しい呪文を出してきた。



 つまりこれが、ヒナタの秘策なのだろう。



 そう思ったシャルロットは、じっとヒナタたちを観察した。



(3番目の呪文?


 ……いえ。あれは強化呪文?


 学校で習う呪文とは別の……。


 わざわざかけ直した? 


 いったい何のために?)



 観察しても、考察しても、シャルロットには、ヒナタの意図はわからなかった。



 シャルロットの側は、既に走りを終えている。



 一度出たタイムを、覆す方法は無い。



 それに、汚い妨害をしかけるつもりも、彼女には無かった。



(見せてもらおうじゃないの)



 シャルロットは、答えの出ない思考をやめ、結果を見守ることに決めた。



「良いぞ。合図してくれ」



 ヒナタがそう言うと、ニャツキの手が、ねこホイッスルに伸びた。



「はい」



 ニャツキの唇が。ねこホイッスルを咥えた。



 うみゃあと音が鳴った。



 リリスの足が、地面の土を蹴散らした。



 リリスの体が、ぐんとスタート地点から遠ざかっていった。



 すぐに彼女は、シャルロットたちの視界から消えた。



「……べつに普通ね」



 リリスのスタートダッシュを見ても、シャルロットは、そんな感想しか抱けなかった。



 猫は速い。



 シャルロットは、A級ジョッキーだ。



 普通の猫の走りなど、見飽きている。



 A級の猫を見慣れている彼女からすれば、リリスの走りは、むしろ遅いとまで言えた。



 シャルロットは、退屈そうにニャツキに話しかけた。



「妙な呪文を使うから、


 何事かと思ったけど。


 ただのハッタリだったみたい」



 シャルロットの言葉に、ニャツキが答えた。



「どうでしょうか?


 ハッタリに意味が有る状況だとは


 思えませんが」



 ハッタリとは、相手の行動を操ってこそ、意味を持つ。



 シャルロットは既に、自分の手番を終えている。



 いまさら彼女の心を揺さぶっても、意味が有るとは思えなかった。



「だったら何だって言うの?」



「わかりませんが。


 ……ねこカメラを、


 用意しておけば良かったかもしれませんね」



「……………………」



 カメラが無い以上、ヒナタたちの様子を見ることは叶わない。



 2人は黙って、ヒナタたちの帰りを待つしか無かった。



 シャルロットはじれったそうに、両手の親指を合わせた。



 そして指をぐりぐりと動かした。



 やがてヒナタたちが、ニャツキの視界に映った。



「来ましたね」



 ヒナタとリリスが、花びらを撒き散らしながら、スタート地点へと向かってきた。



「速い……!?


 いえ……。


 そこまででは無いけど……。


 私が乗った時よりも……」



 シャルロットの目に映ったリリスは、シャルロットが思っているよりも、少し速かった。



 トップランニャーと比べれば、大したスピードでは無い。



 A級レースで通用するほどでは無いだろう。



 だが……。



 それでも彼女は、シャルロットが見定めた限界点を、少しだけ超えていたのだった。



「っ……!」



 リリスはスタート地点を走り抜けた。



 それからゆっくりとスピードを殺すと、スタート地点へと戻ってきた。



 ニャツキとの距離が縮まると、ヒナタが口を開いた。



「ハヤテ。タイムは?」



 そう問われたニャツキは、ねこストップウォッチに表示されたタイムを読み上げた。



「7分41秒。


 おまえの勝ちですね」



 シャルロットがリリスと出したタイムは、7分48秒だった。



 ヒナタは、A級ジョッキーが出したタイムを、7秒も上回ったことになる。



 たかが7秒だが、これがレースだったなら、埋めようが無い絶対的な差となる。



 ジョッキーの強化を受けた猫は、1秒あれば、直線なら100メートル以上を駆ける。



 100ニャ身では済まない差を、つけられてしまったということになる。



 シャルロットの惨敗だった。



「そんな……!


 いったいどうして……!」



 予想を超える結果に、シャルロットは動揺を見せた。



「まさか、私と走った時は手を抜いてたの?


 ……いいえ。


 それが見破れないほど、


 私の目は節穴じゃないわ。


 だったらなぜ……」



 混乱したシャルロットに、リリスが言った。



「……シャルロットさん。


 この人があなたに勝てたのは、


 私の『カース』が有ったからです」




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