その26「外国人ジョッキーと帰国子女ジョッキー」



「ギャンブルというほどではありません。


 リリスさんは、必ず速くなります。


 健康な猫が、


 正しいトレーニングを積んでいるのですから、


 これは当然のことです」



「……勝てるならどうでも良いけど。


 5月までに、


 デビュー戦を圧勝できるくらいには


 仕上げられるのかしら?」



「新ニャ戦を勝つのは


 無理ですね」



「はぁ!? バカにしてるの?」



「バカにはしていませんが。


 リリスさんは、


 俺様と同じレースに出ますから。


 そのレースでは


 俺様が圧勝するので、


 優勝は無理ですね。


 まあ、2着は狙えると思いますけど」



「そんなレースに出て、


 私に何の得が有るっていうのかしら?」



「長期的に見れば、


 リリスさんは


 必ず速い猫になります。


 そのリリスさんの


 専属ジョッキーになれるのですから、


 悪い話では無いと思いますが」



「速くなるって言うけど、


 この子はあなたよりも


 速くなれるのかしら?」



「いえ。


 俺様は宇宙最速なので


 無理ですね」



「だったら決まりよ。


 あなたが私を乗せなさい!」



「えっ?」



「より速い猫に乗る。


 上を目指すジョッキーなら


 当たり前のことよ」



「そうですか。


 しかし、それは無理ですね」



「どうして?」



「先約が有りますから。


 次のレースを走るジョッキーは、


 既に決まっているのです」



「……案内しなさい」



「え?」



「そのジョッキーと


 話をつけてあげるわ!


 居場所に案内しなさい!」



 そういうことになった。



 こうしてニャツキたちは、ヒナタの居るねこセンター前を訪れたのだった。




 ……。




「というわけです」



 ニャツキは説明を終えた。



「……俺に面倒を持ち込むんじゃねーよ」



 ヒナタはうんざりとした様子で言った。



 それを見たリリスが、落ち込んだ口調で言った。



「……すいません」



「いや。ニャカメグロに言ったんじゃねーよ。


 そいつに言ったんだ」



 そう言ったヒナタの瞳は、当然にニャツキへと向けられていた。



「むっ? 差別ですか?


 ねこ差別です」



 今回の件では、ニャツキは特に悪事を行ってはいない。



 シャルロットに振り回されてここに居る。



 その立場は、リリスと変わりが無いはずだ。



 なのにヒナタは、ニャツキにだけ冷たい視線を向けてきた。



 ニャツキはむっとした様子を見せ、平等を訴えかけた。



「差別を訴える前に、


 無い胸に手を当てて、


 今までの行いをよく……って意外と有るなお前」



 ニャツキをからかおうとして、ヒナタは初めて、ニャツキのバストサイズに気付いたようだ。



 その胸囲は、とても貧乳と呼べる次元では無かった。



 平均より遥かに大きく、巨乳という言葉でも収まりきらないほどだった。



「ばっちり有りますよ。


 俺様はママの娘ですから」



 ニャツキは胸を張って言った。



 巨乳にコンプレックスを持つ女子は多い。



 その原因は、男子にいやらしい目で見られたり、物理的に重かったり、色々だ。



 だがニャツキは、自身のスタイルに、コンプレックスなどは無かった。



 この体型が、母に良く似ているからだ。



 前世の記憶が有るニャツキは、自分が母の娘と言って良いのか、悩んだことが有った。



 だが彼女の体は、ちゃんと母に似て育ってくれた。



 肉体が、親子の繋がりを証明してくれる。



 それはニャツキにとって、幸せなことだった。



 自分はママの娘なんだ。



 そう思えた。



 親子の証である大きな胸に、ニャツキは誇りを持っていた。



「……お前のママさんって


 いま付き合ってる男とか居る?」



「既婚者ですが」



「ちぇっ」



「何の話をしているのよ!?」



 くだらない話をする2人に、シャルロットが怒声をはなった。



 ヒナタは面倒くさそうにシャルロットを見た。



「ええと……お前、誰だっけ?」



「シャルロットよ!


 シャルロット=ニャヴァール!」



「ああ。そんな名前だったか。


 それで?


 俺にどうしろって?」



「ニャツキのジョッキーの座を、


 私に譲り渡しなさい」



 シャルロットにそう言われると、ヒナタはニャツキに視線を送った。



「……ハヤテ。


 お前はこいつと組みたいのか?」



「いいえ。まったく」



 ニャツキはきっぱりと言った。



 それを見て、シャルロットは再び声を荒げた。



「どうしてよ!?


 こんな無名のジョッキーよりも、


 私の方が良いでしょう!?」



 普通のランニャーなら、ヒナタよりもシャルロットを選ぶだろう。



 ジョッキーは、勝ちたがっている。



 それはランニャーも同様だ。



 ジョッキーが勝てる猫を選ぶのと同様に、ランニャーも勝てるジョッキーを選ぶ。



 当然だ。



 そして、ジョッキーを選ぶための、最もわかりやすい指標が、実績だ。



 過去のレースで勝ったということは、未来のレースでも勝つ。



 普通はそう考える。



 新人のヒナタには、勝ち星が無い。



 海外での実績の有るシャルロットの方が、遥かに信頼できる。



 常識で考えれば、その結論に到るはずだ。



 だがどうやら、ニャツキには常識は通用しないようだ。



「俺様は宇宙最速なので。


 べつに誰が乗っていようが


 1人の力で勝ちます。


 そいつだろうが、あなただろうが」



「……だったらべつに、


 私がジョッキーでも


 構わないってことね?」



「まあ、どうでも良いですね」



 それを聞いて、シャルロットは笑みを浮かべた。



「聞いた?


 ニャツキは私で良いそうよ。


 あとはあなたが認めるだけ」



「そ。


 まあ、認めねーけど」



 やる気の無さそうな口調で、だがきっぱりと、ヒナタはシャルロットを否定した。



 シャルロットから笑みが消えた。



 シャルロットは、貫くような視線で問いかけた。



「……どうしてよ?」



 ヒナタがシャルロットの視線に気圧されることは無かった。



 逆に彼女を睨み返すと、ヒナタは口を開いた。



 気だるそうな様子は、既に霧散していた。



 ヒナタの目には、しっかりとした力がこめられていた。



「ニャカメグロが、


 おまえに何か失礼なことでもしたか?」



「いいえ」



「おまえ、1回でも


 ニャカメグロに乗ったのかよ?」



「いいえ。


 けど、猫の才能なんて、


 乗らなくてもわかるもの」



「そうかよ」



 ヒナタは吐き捨てるように言った。



 シャルロットの答えが、気に入らなかったようだ。



 ヒナタは親指でニャツキを指し、言葉を続けた。



「こんなムカツク奴でも、


 1度は受けた仕事だ。


 おまえみたいな二流のジョッキーに、


 鞍を譲れるかよ」



「私が二流ですって……!?」



「悪い。


 三流の間違いだったか?」



 怒りの炎を見せたシャロットに対し、ヒナタは火に油を注ぐように笑った。



 シャルロットの炎が、大きく燃え上がった。



「失礼なことを言わないでちょうだい!


 私はランスで


 A級レースに勝ってるのよ!


 あなたみたいな無名のジョッキーより、


 よっぽど格上なんだから!」



「……俺が知ってるニャカメグロは、


 もっとうるさい女だった。


 ……最初はもっと


 おしとやかかと思ってたが、


 すぐに本性が出たな」



「……何が言いたいの?」



「そのニャカメグロが、


 あんな風に俯いて、


 何も言って来ない。


 おまえがあいつに何か言ったんだろ。


 おまえにとってのニャカメグロは、


 たくさん居る猫の1人だったんだろう。


 だが、あいつにとってのおまえは、


 初めてのパートニャーになるかもしれない相手だった。


 緊張もしただろう。


 だが、ワクワクも有ったはずだ。


 おまえはそれを、


 ブチ壊しにした。


 ニャカメグロの初めてを、


 台無しにしたんだ。


 たとえA級だろうが、


 猫の気持ちを踏みつけるような奴は、


 三流に決まってんだろうが」



「いけないかしら?


 レースに勝つなら、


 遅い猫なんかに構っていられないわ」



「ニャカメグロは速くなる。


 そんなこともわからねーから、


 おまえは二流なんだよ」



「……良いわ。


 そこまで言うのなら、


 私と勝負しなさい!」



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