その13「ニャツキと仮のパートニャー」
「手を組む?
おまえとは組めないと言ったはずだが」
そう言った男の目には、明確な、拒絶の色が見えた。
ニャツキは、それを見ても怯まずに、言葉を続けた。
「ですから、
組むと言っても一時的なことです。
俺様とレースに出ながらも、
別のパートニャーを
探していただいて構いません。
おまえが本当のパートニャーを見つけるまでの、
ほんの短い協力関係ということです」
「おまえと走るのに使う労力を、
パートニャー探しに割いた方が
有意義な気がするがな」
「それはどうでしょうね?
おまえはまだ、
プロとして1勝もあげていない。
そうでしょう?
実績が無いおまえでは、
ランニャーを説得するための材料に欠ける。
そうは思いませんか?
それに、もし勝ち星をあげれば、
おまえを冷遇したホテルの連中も、
考えを改めるかもしれませんよ?」
「それは……」
男は言葉に詰まった。
ニャツキの言葉を受けて、迷いが生じたようだった。
「けど……
おまえ、協力関係って言ったよな?
もし勝てれば、
俺が得をするのはわかる。
けど、おまえには何の得が有る?」
「べつに、大した理由はありません。
寛大な俺様の、
慈悲の心というやつですね」
「つまり、ただの施しかよ」
「細かいことは気にせず、
貰えるものは貰っておけば
良いんですよ」
「そうはいくかよ。
ジョッキーとランニャーは、
対等じゃないといけない。
そうだろ?」
「べつに、
本当のパートニャーじゃないんですから、
構わないでしょう?」
「けどよ……」
「安いプライドと、
パートニャーを見つけること、
どっちが大切なんですか?」
「…………」
ニャツキの言葉に、男は考え込む様子を見せた。
そのとき。
「ニャツキ!」
名を呼ばれ、ニャツキは声の方を見た。
ねこセンターに面した歩道から、赤髪の少女が歩いてくるのが見えた。
バクエンジ=サクラだ。
彼女の後ろには、ムサシとコジロウの姿も見えた。
そのさらに後ろから、桃髪の少女がやって来るのが見えた。
「ニャツキさん……」
リリスが口を開いた。
彼女の声を聞いて、サクラがリリスへと振り返った。
「リリス。
おまえも来たのか」
「……気になってしまいまして」
サクラに声をかけられ、リリスはそのように答えた。
それからサクラは、ニャツキの方へと向き直った。
「それでどうだ?
レースにはちゃんと登録できたのかよ?」
「えっ……。
もうこんな時間ですか……!?」
「どうなんだ?」
「う……。
まだですけど……」
「それじゃあ私たちの勝ちだな」
サクラがそう宣言すると、ムサシとコジロウが勝ち誇った様子を見せた。
「不戦勝ってことっスね」
「さすがはあねさんです」
今回の勝負で、サクラは何もしていない。
ニャツキが勝手に自滅しただけだ。
それなのに、何がさすがだと言うのか。
何を勝ち誇ることが有るのか。
そう言い返すことすら、今のニャツキにはできなかった。
「うみゃぁ……」
ニャツキはなさけのない呻き声を上げた。
「それじゃあ土下座してもらおうか」
不戦敗だろうが、負けは負けだ。
それを認めなくてはならない。
ニャツキは口を開こうとした。
いつもは簡単に開く口が、そのときは、妙に固く感じられた。
「わ……」
ニャツキが何かを言いかけた、そのとき……。
「待てよ」
銀髪の男が、サクラに声をかけた。
「あん?
誰だおまえは」
サクラは男を睨みつけた。
それに対し、男はこう言った。
「こいつのパートニャーだ。
臨時のな」
「えっ……」
ニャツキは戸惑いの声を上げた。
そんなニャツキとは目を合わせずに、男は言った。
「困ってるなら
最初からそう言えよ」
「…………」
「なんだ。
ちゃんとパートニャーを見つけてきたんじゃねえか。
そうならそうと早く言えよ」
「う……。
勝手に早合点したのはそちらでしょう?」
「それじゃ、
ねこセンターが閉まる前に、
とっとと登録しちまえよ」
「はい。行きましょうか」
「ああ」
ニャツキは銀髪の男を連れて、ねこセンターに入っていった。
サクラたちや、リリスも、ニャツキのあとに続いた。
ねこセンターに入ったニャツキは、ねこターミナルの前に立った。
そして、登録可能なレースを検索した。
ニャツキは、ムサシやコジロウが出場登録したレースを、一覧から発見した。
(良かった。
まだあのレースの参加は、
受け付けているようですね)
ニャツキは、出場登録の手続きを進めていった。
すると、前に詰まった所にまで、たどり着いた。
『騎乗するジョッキーを登録してください』
機械がそう言うと、ニャツキは男に声をかけた。
「あの、お名前とジョッキーIDをお願いします」
「ああ」
男はねこターミナルに触れた。
そして、自身の名前を登録していった。
「キ、タ、カ、ゼ、ヒ、ナ、タっと」
「……えっ?」
男の名前を聞き、ニャツキは思わず声を漏らした。
「どうした?」
「……キタカゼさん?」
「そうだけど」
それはニャツキにとって、とてもとても聞きなれた名字だった。
「……まあ、キタカゼなんて、
稀によくある名字ですよね」
ニャツキは自分にそう言い聞かせようとした。
だがそのとき。
「言い忘れてたけどな……」
銀髪の男、キタカゼ=ヒナタが、いたずらっぽい笑みを浮かべた。
「俺はキタカゼ=マニャの弟だ」
「えっ……。
えええええええええぇぇぇっ!?」
ニャツキの叫びが、ねこセンターに響き渡った。
……。
登録が終わると、一行はねこセンターを出た。
「それじゃ、
次は競ニャ場で会おうぜ」
サクラはニャツキにそう言うと、去っていった。
ムサシとコジロウも、サクラに続いた。
コジロウは、一瞬だけ振り返ると、ニャツキをギロリと睨んだ。
そしてすぐに前を向き、ニャツキから遠ざかっていった。
あとにはニャツキ、ヒナタ、リリスの3人が残された。
「別れましょう。俺様たち」
隣に立つヒナタに対し、ニャツキはそう言った。
「ああ。次のレースが終わったらな」
「今すぐです!」
「なんでだよ?
……ああ。
おまえ、マニャねえのアンチだっけ?」
ヒナタはマニャの名を、くだけた感じで口にした。
新手の詐欺師などで無いのなら、弟だということは確かなのだろう。
「アンチもアンチ。
ドアンチです。
アルティメットアンチとも言います」
「何でも良いけどよ。
俺は俺、姉貴は姉貴だろ?
どうでも良いと思わねーか?」
「む……。
けど、生理的に……。
うえぇ……」
「吐くな。
それより、明日からどうする?」
「どうとは?」
「仮のパートニャーって言っても、
練習くらいしといた方が良いだろ?」
(そんなもの無くとも、
俺様は負けないと思いますけど。
まあ、一応こいつの能力を
確かめておきますか)
ヒナタが二流のジョッキーでも、ニャツキは負けるつもりは無かった。
だが、ヒナタが口にしていないだけで、何か欠点が見つかる可能性も有る。
一応は、テストしておいた方が、良いかもしれないと考えた。
「仕方ありませんね。
それでは明日の朝、
ホテルヤニャギに来てください」
「ヤニャギ?
ひょっとして、
ミヤねえが働いてるホテルか?」
ヒナタはそう尋ねた。
きょうだいと言うだけあって、姉の勤め先は把握しているらしい。
「そうですね」
「マニャアンチだって言って、
ミヤねえは良いのかよ」
「まあ、比較的マシですね」
「良いけど。
なんであんな落ち目のホテルと
契約したんだ?」
家族の勤め先を、落ち目と言うのはどうなのか。
ニャツキは内心でそう思ったが、事実なので、言い返すこともしなかった。
「筋トレのためです」
「…………?
まあ良いや。
俺はキタカゼ=ヒナタだ。
あらためてよろしくな」
「……ハヤテ=ニャツキです」
「じゃ、また明日な。
9時くらいで良いか?」
「はい。
よろしくお願いします」
こうして2人は、初めての合同練習をすることに決まった。
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