冤罪で業界追放されたトレーナーは、第二の人生でレース場を駆ける。国内最強のチャンピオン? 宇宙最速の俺様の前じゃあもう遅い。~ベストパートニャー~
ダブルヒーローꙮ『敵強化』スキル
その1の1
訓練用コースを、1頭の猫が走っていた。
土のコースだ。
荒っぽい猫の競争に耐えるには、芝という植物は弱い。
だがら猫は、土の上を駆ける。
猫の上には、黒髪の青年が見えた。
小柄な、おとなしそうな容姿の青年だ。
コースの始点で、青年は猫を停止させた。
猫に跨った青年は、名前を、ミカガミ=ナツキといった。
「トレーニャーさん。もう5周お願い」
ナツキを乗せている猫が、喋った。
美しい青毛の猫だ。
その声は、若い少女の声だった。
その猫は、とうぜんだが、ただの猫では無い。
ただの猫は、喋ったりはしない。
それが世の中の、ルールというものだ。
ならば、ナツキの下に居るモノは、はたしてナニモノか。
それは、ネコマタだ。
メスしかおらず、人とネコの姿を行き来し、走るのを好む。
呪術を得意とし、しっぽを2本持っている。
それがネコマタだ。
かつてこの世界に、ネコマタは居なかった。
猫は、ただの猫だった。
猫とは、もちろんあの猫だ。
体長は2メートルを越え、荷車を引いたり、犯罪者と戦ったりする。
遭難者を救助したり、目が悪い人の、道案内をしたりもする。
賢明な読者のみんなも知っている、あの猫だ。
だが、ダンジョン革命以降、猫の在り方は、変わってしまった。
ダンジョンから取れる魔石によって、便利な道具が、世の中に溢れた。
猫並の速度で走る、自動車なども発明された。
猫がひく猫車などは、用済みになっていった。
猫は少しずつ、社会での居場所を失くしていった。
だがそんなある日、猫に変化が訪れた。
猫進化だ。
猫は次々と、ネコマタと呼ばれる種族に変わっていった。
ダンジョンが原因だ、などと言う者も居る。
だが、はっきりとした原因は、未だ分かってはいない。
とにかく、世にはネコマタが溢れた。
ネコマタは、人と同等以上の力と、知性を持っていた。
そんな彼女たちには、当然のように、人権が与えられた。
ネコマタたちは、人々の隣人となった。
『優れたネコマタたちが、人という種を淘汰する』
そんなふうに、危惧した人たちも居た。
だが、将来はともかく、現状はそうはなっていない。
ネコマタには、オスが居ない。
ネコマタが子を作るには、人の協力が不可欠だった。
それにネコマタには、温厚な者が多い。
そのおかげで、ネコマタと人が争うような事態には、ならなかった。
人とネコマタは、無事に共存を成功させた。
そんなネコマタたちの一部が、レース場で走るようになった。
その競技は、『競ニャ』と呼ばれた。
競ニャ選手のネコマタを、競争ニャ、あるいはランニャーと呼ぶ。
ナツキの仕事は、ランニャーを育成するトレーニャーだった。
「マニャさん」
鞍の上から、ナツキがネコマタに声をかけた。
ネコマタの名は、キタカゼ=マニャという。
彼女は、3つの最上級タイトルのうち、2つを保持している。
二冠ニャだ。
当代最高の名ニャだと言えた。
ナツキは、そんな彼女を育て上げたことを、誇りに思っていた。
そして、彼はいつものように、マニャに忠告をした。
「ただ闇雲に走っても、意味はありませんよ」
ナツキは、言葉を続けた。
「あなたの走りは、ほぼ完成された状態にあります。
今の状態を維持できれば、あなたの実力なら、
きっと『ねこ竜杯』にも勝てますよ」
競ニャ3大タイトルの1つ、ねこ竜杯が、間近に迫っている。
それに勝つための走りは、既に完成されている。
これ以上の、無理なトレーニングなど、必要が無い。
ナツキはそう判断していた。
「そうかもしれないわね」
マニャはナツキに同意した。
そして続けた。
「けどね、走っていると、気持ちが落ち着くのよ。
心の問題なの。
だから……お願い」
「分かりました」
ナツキはマニャの意見を、のむことにした。
「担当するネコマタに、気持ち良く走ってもらうのも、トレーニャーの務めですからね」
ナツキは優秀なトレーニャーだ。
練習の引き際というものを、わきまえている。
どこまでならレースに影響が出ないのか、きちんと把握していた。
ナツキはマニャに乗って、コースを走らせた。
その走りに、ナツキは確かな手応えを感じた。
「勝てます。これなら」
「そうかしら?」
「ええ」
ナツキは断言した。
「あなたはボクが知るかぎり、どんなネコマタよりも速い」
「ミヤはどうかしら?」
「妹さんですか?」
「あの子は、私より速くなる。そうは思わない?」
「…………」
マニャの質問に対し、ナツキは、ハッキリとは答えられなかった。
マニャの妹には、才能が有る。
そのことは、ハッキリと感じていた。
そして、その才能はたしかに……。
「もしそうなったら、お嫌ですか?」
言葉を濁すように、ナツキは質問をした。
「……どうかしらね?」
「複雑な気分だわ」
……。
ナツキはそのまま、コース5周分、マニャを走らせた。
そしてマニャを停止させ、鞍から声をかけた。
「それじゃ、上がりましょうか」
「もう少し、お願い」
「ですが……」
「お願い」
きっぱりとした口調で、マニャが言った。
「……わかりました」
強く頼まれれば、ナツキに断ることはできない。
レースに影響さえ出なければ、どれだけ走ろうが、マニャの自由だからだ。
そして、ランニャーのメンタル管理も、トレーニャーの仕事の1つだ。
ナツキはマニャを、走らせ続けた。
途中、オーバーワークにならないよう、ペースを落とした。
無理の無い速度で、マニャはコースを走り続けた。
……やがて、日が暮れた。
「さすがに、そろそろ上がりましょうよ」
「そうね」
ナツキとマニャは、コースを出た。
そして、コースの近くに設置されている、更衣室に移動した。
2人は、男女それぞれの更衣室に、別れて入った。
ナツキは騎乗服を脱ぎ、普段着に着替えた。
そして、更衣室を出た。
女子更衣室に背を向けた状態で、ナツキはマニャが出てくるのを待った。
マニャはネコマタだが、女子だ。
彼女をホテルまで送り届けるのは、男の義務だ。
ナツキはそう考えていた。
「トレーニャーさん」
マニャの声が聞こえた。
ナツキは振り返った。
そして……。
「な……!」
眼前に現れた光景に、ナツキは驚かされた。
(裸……!?)
更衣室から現れたマニャは、一糸まとわぬ姿をしていた。
猫の姿では無い。
人の姿をしていた。
みずみずしい、青髪の美少女の肌が、ナツキの瞳に映った。
日は沈んだが、周囲には照明が有る。
桃色の突起までが、はっきりと見えていた。
「マニャさん……何を……!?」
動揺しながら、ナツキはマニャから目を逸らした。
「気持ちがたかぶっているの。
抱いて」
直球の言葉で、マニャはナツキを誘った。
ウブなナツキは、心臓が高鳴るのを止められなかった。
「ここは屋外ですよ……!?」
「それなら」
「ホテルの部屋だったら、願いを叶えてもらえるのかしら?」
「……できません」
ナツキは断言した。
気弱そうな外見に反し、その瞳には、断固とした意志が宿っていた。
「どうして?」
「それは、あなたがランニャーで、ボクがトレーニャーだからです」
「それが何?」
「トレーニャーは、ランニャーと、男女の関わりを持つべきでは無い。
それがネコマタトレーニャーとしての、ボクの信念です」
「それは、どうしても?」
「どうしてもです」
「……そう」
「女に、恥をかかせるって言うのね?」
「……申し訳ありません」
ナツキは、心苦しそうに詫びた。
「更衣室に戻って、服を着てください」
「……トレーニャーさん」
「何ですか?」
「地獄に堕ちてもらうわ」
「え……?」
それは、どういう意味なのか。
ナツキがそう聞き返す間もなく……。
「いやあああああぁぁぁっ!」
マニャが、唐突に叫んだ。
そう思われた次の瞬間、何かが光った。
ナツキは、光の方を見た。
カメラを持った中年の男が、そこに立っていた。
ナツキにとって、見覚えの有る顔だった。
週刊誌の記者だ。
その記者が、カメラのフラッシュを焚いたらしかった。
「…………!?」
「いけませんね。トレーニャー」
雑誌記者が、両手でカメラを持ったまま、ナツキに話しかけてきた。
その口調はわざとらしく、嘲りすら感じられるようだった。
「立場を利用して、担当のランニャーを、手込めにしようだなんて」
「誤解です……! ボクは何も……」
「助けてください! トレーニャーさんがむりやり……!」
マニャは縋るように、記者に声をかけた。
「何を……」
ナツキは呆然とマニャを見た。
「あなたはいったい……何を言っているんですか……!?」
……。
その後ナツキは、警察官に拘束された。
そして警察署内の、留置場に送られた。
ナツキは牢屋に入れられた。
牢屋のベッドの上で、ナツキは膝を抱えた。
「どうしてこんなことに……」
ナツキは考えたが、何もわからなかった。
昨日までは、全てがうまくいっていた。
三冠制覇という夢が、すぐそこに有った。
そのはずだったのに。
どうして今は、こんな場所に居るのか。
ナツキの問いに対し、誰も答えてはくれなかった。
留置場は小奇麗だったが、ナツキには、汚泥の沼のように感じられた。
彼はやることもなく、ただ苦しみに耐えた。
「面会だ。出ろ」
やがて警察官が、ナツキを呼びに来た。
「面会……?」
ナツキは、警察官に連れられて、面会室に移動した。
面会室はガラスによって、2つに区切られていた。
仕切りの近くには、パイプ椅子が置かれていた。
ナツキはその椅子に座った。
仕切られた面会室の逆側で、扉が開いた。
1組の男女が、面会室に入ってきた。
「こんにちは。トレーニャーさん」
女の方が、ナツキに声をかけた。
よく聞きなれた声だ。
男女の片割れは、キタカゼ=マニャ。
ナツキを陥れた、張本人だった。
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