大戦の転換点編

第二八話 史上最大の作戦

1942年8月6日06時00分、ノルマンディー。

                      ――D-dayまで、0日、20分前。


「はぁ~今日は俺が担当か……」


 眠そうな目を擦りながら、ドイツ国防軍の兵が、双眼鏡を片手に見張り用のトーチカに入る。


「軍艦どころか商船一隻もいないんだから、上陸なんて来るわけないのに……」


 めんどくさそうに双眼鏡を除く。


「……ん?」


 何かを発見したのか、一度双眼鏡を離し、目を擦った後、再び双眼鏡から水平線を見つめた。


「ああ、あああ! ああああああ!」


 ガタガタと震えながら、しばらく水平線を見つめ、トーチカを凄い勢いで飛び出してゆく。


「敵だ! 敵の大艦隊だ!」


 見張りの兵の声で、眠っていた兵たちが飛び起き始める。


 双眼鏡から覗いた水平線には、海上を埋め尽くさんばかりの軍艦、輸送船が見えていた。

 その艦立ちに翻る旗は、星条旗スターズ&ストライプス英国旗ユニオンジャック


 8月6日、日本内戦が終戦したその日、アメリカ、イギリスを主力とし、フランス、ベルギー、オランダ、ノルウェー、デンマークの残党軍で編成された、上陸第1波20万の大軍が、ブルターニュ半島に押し寄せたのだった。


「機関銃主構え! 固定砲台は、重装甲の敵を重点的に狙え!」


 ここ、オマハビーチの一角で指揮を取る下士官が、唾を飛ばしながら指示を出す。

 その声と同時に、水平線に朧げに見える艦影に、発砲炎が煌めく。


「艦砲射撃が来るぞ!」


 下士官も急いでトーチカ内に潜り、着弾に備える。

 数十秒後、ゴオオオオっと凄みを感じさせる音と共に飛来した砲弾が、オマハビーチに展開されていた防衛陣地へ殺到する。


「耐えろ! ロンメル将軍が築いてくださったこの防御陣地は完璧だ! そう簡単に壊れはしない! 敵小型船が見え始めたら、ひるまず撃て!」


 怒鳴りつけるように、下士官は無線機に向かってそう叫んだ。


 40分間砲弾の雨を受け続けたビーチだったが、下士官の言う通り、何度も連合軍の上陸を食い止めたロンメルの指示通り設置された防衛拠点は非常に強固で、戦艦含む艦隊からの艦砲射撃を受けても、ほとんどの防衛設備は健在であった。


「輸送船より小型艇、多数発進! 砲撃許可を!」

「よし! 各部自由射撃! アメリカ人ヤンキーを陸に上げさせるな!」


 許可を貰った砲台は間を置かず、上陸舟艇に向けて、据え置き型の8,8センチ砲アハトアハトの引き金を引いた。

 その砲声を皮切りに、各トーチカや砲台から発砲炎が上がり、陸目掛けて進んでくる上陸舟艇、水陸両用戦車などに殺到する。

 

「艦砲射撃をしたんじゃなかったのか!」


 舟艇に乗る兵たちは口々に叫ぶ。前日に行われた爆撃や、先ほど行われた艦砲射撃は幻だったのかと言わんばかりの砲火を受けているからだ。


 水面に砲弾が着弾し、大きな水柱が上がる。舟艇には立ち上がった水柱の水が降り注ぎ、機銃弾が舟艇の縁やタラップを直撃する。


「だ、ダメだぁ! これ以上近づけねえ! 下ろすぞ!」


 あまりの砲火に完全に委縮しきってしまい、一部の舟艇操縦主は、岸辺からまだまだ数十メートルもあるような所で兵士を下ろす選択をしてしまった。


「おいバカ! こんなところで下ろされたら溺れっちまうよ!」


 兵士の叫びも無視し、舟艇運転手はタラップを下ろす。すると、待っていたと言わんばかりに、対岸の機関銃に発砲炎が煌めき、瞬く間に先頭に立っていた兵士たちをミンチへと変えていく。


 敵の機銃の射角、砲の視界内でタラップを下ろしたが最後、一瞬で乗っていた部隊は壊滅し、残された兵はどうすることもできずただ衛生兵を呼び、泣き叫び、戦闘を続行できるような状態ではなくなる。


 しかし一方で、舟艇運転手が敵を怖がらず、しっかり陸に付けてタラップを下ろせたり、上手いこと機銃の死角に入り込めたり、航空機が展開してくれた煙幕の中に上陸できた部隊は、既にトーチカなどへの攻撃を始めていた。


「第267小隊、左翼から回り込んで機銃陣地を制圧、他の部隊の援護に回るぞ!」

「隊長! 他の隊が!」


 一人の兵士が、海岸を指さして叫ぶ。その先には、地べたに突っ伏したまま動ない仲間たちが、無数に岸を埋め尽くしていた。


「ッ! 皆……死んでるのか……」


 呆然と立ち尽くすが、再び隊長から鋭い喝が入る。


「仲間たちの死を無駄にするな! 行くぞ!」


 第267小隊はその後、オマハビーチの左翼機銃陣地、砲台陣地を制圧し、それに気づいた他の部隊は、やや左寄りにしかけることで、損害を抑えながら続々とアメリカ軍は上陸を行った。


 その日の14時にはアメリカ軍は海岸を制圧、堅牢な水際防衛陣地を陥落させたのだった。

 この時、同時に他の箇所でも上陸を敢行しており、その全てでなんとか上陸成功、海岸部分に橋頭保を築くことに成功、日が落ちる前には港も確保することができた。


 しかし、連合軍はこの後、地獄を見ることとなる。


8月7日、10時20分。


「押し込め! ここを突破すればもう一つの港が手に入る! ジョンブル魂英国魂を見せてみろ!」


 『チャーチル歩兵戦車』を先頭に、英国陸軍の面々は、果敢に突撃を敢行する。

 手持ちのステン短機関銃の引き金を引きながら、雄叫びをを上げて。


「くたばれナチスども!」


 土塁を乗り越え、防衛線を突破すると、『チャーチル』の砲撃で、さらに奥にある野砲が吹き飛ぶ。


「このまま行くぞ!」


 イギリス軍に留まらず、アメリカ、カナダ、フランスの軍勢も、上陸地点から着実に制圧面積を広げ、各々の占領地を接続、補給線の確保には成功した。

 しかし、そこまでであった。


「正面戦車! 『パンター』だ!」


 歩兵の一人がそう叫ぶとともに、歩兵達のもとに砲弾が着弾する。

 数名が吹き飛ばされ、歩兵達の足が止まる。


「航空支援と他の車輛を待て! 歩兵たちは後退しろ!」


 『チャーチル』から指示が飛び、各員が後退を始める。


「航空支援を要請する! 場所は、E-12の――――」


 直後、『パンター』の砲弾が『チャーチル』の正面装甲をぶち破る。弾薬庫とエンジンを同時に潰された『チャーチル』は爆発四散。


「クソ! 撤退! 撤退!」


 連合軍が初めて相手にするドイツ軍の戦車たち。そのどれもが脅威となり、たった一輌の『パンター』で戦車中隊が足止めを食らい、一輌の『ティーガー』が現れれば、瞬く間に戦線は総崩れとなる。


 連合軍が並べる戦車たち、米軍『M4シャーマン』、英軍『チャーチル』『バレンタイン』等は、たとえ0距離からであっても、ドイツ軍主力『パンター』『ティーガー』の正面装甲を抜くことが出来ない。

 逆にドイツ車輛たちは、どんな距離からでも連合軍の戦車たちの正面をぶち破れるほど、圧倒的な差が存在していた。


 それでも、連合軍は数の暴力と巧みな連携を駆使して、ロンメルが用意した防衛線を、多大な被害を出しながらも突破した。


 その突破の裏には、ソ連軍の大反攻も影響を及ぼしていた。


 ヒトラーの命で一時休暇のため本土へ帰国していたグデーリアン、西海岸の不安で一足先に移動を開始していたロンメル。その代理で、ポーランドへの戦闘に参加し、騎士十字章を受け取っていた、フリードリヒ・オルブリヒト大将が向かっていたが、輸送の不手際により、到着が遅れていた。

 有力な指揮官が居ない前線。これ以上ない好機と見たソビエトは、数百万にもなる老人から女子供を交えた歩兵師団と温存していた『T―34』にて大突撃を敢行、電撃的にモスクワを奪還するまでに至った。


 結果的に史上最大の上陸作戦は、停滞し、じりじりとドイツの勝利が近づいていた欧州での戦いに、大きな衝撃を与えたのだった。

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