第一三話 政権変換期

1940年12月7日、14時12分。


「……そうか、スワソンが……」


 大きな雨粒が窓ガラスを叩く中、ブランドの元にはスワソンの訃報が届いていた。

 スワソンは、もともとかなり無理した生活を送っていたのだ。


 医者には、1939年まで生きれればいい方だとも言われていたらしい。

 しかし、その事実をブランドは知らなかった。スワソンはルーズベルト時代からの続投であり、詳細を知らぬうちに政権が代わっていたのだ。


「いい加減、先送りにしていた政変もやっていかないとだな……」


 ブランドはルーズベルトから政権を引き継ぐ際、大きな変動をせず、そのままやっていたため、政党内部からはやや不満の声も漏れていた。

 と言うのも、ポストを長らくやり続け、それで凝り固まってしまうと、独裁に近い形へと変貌してしまうのを恐れているのだ。


「ガーナーももう年、空軍参謀も未だ武官……これ以上ルーズベルトの真似をするのをそろそろ限界か……」


 ブランドは受話器を置いて、ため息をつく。


「正直、内政は苦手なんだよなぁ」


 


12月10日、18時00分。


「本当に貴方は無理言いますね、大統領」

「でも、それを実行してしまうのが君の腕と顔の広さだろう、ガーナー?」


 スワソン死去から三日後、各長官ポストの入れ替えをブランドは宣言し、それに議会は承諾をした。

 役職に就くもの発表は14日とし、それまでに候補を絞り、議会に審議してもらう。そうすれば、ブランドの独断専行が色濃く出ている現状に不満を漏らす議会員たちも黙らせることができる、そう考えたのだった。


 しかし、実のところもうすでに候補者は決まっており、協力的な議員とダミーの候補者にも話を通してある。

 万が一マスコミにバレても大丈夫なように、大手新聞社であるワシントンポストにも事情を話しておいた。ワシントンポストの内部にはブランドが就任した直後から協力員を作っており、ある程度は制御できるようになっている。


「ここまで不正を重ねる大統領も、歴史上初なんじゃないですか?」

「かもしれないな……」


 ガーナーの軽口が効いたのか、ブランドは少し沈んだような表情を浮かべる。


「い、いや、これも全ては国のため、悪いことではありますが、間違ったことではないと……思いますよ?」


 必死にそうフォローを入れるガーナーを可笑しく思ったのか、ブランドは「ははは」と声に出して笑い、「そうかそうか」と頷いた。


「……こんなやり取りも、もう出来なくなるんだな」


 ブランドは、寂しそうにそう呟く。

 ガーナーも副大統領の職を辞する、もうこんな軽口をたたき合える関係ではなくなってしまう。


「そうですね……これからは、少し離れたところで、ワインでも嗜みながら大統領のご活躍を見ておりますよ」

「そうか……。なら、私はそんな老後の楽しみを守ってやれるようにしないとな」


 ブランドはそう言いながら、ガーナーが提出する最後の資料に目を通した。




 12月14日、15時05分。


 アメリカ政府機関トップは、久しぶりに新たな顔ぶれを迎えることとなった。


副大統領:ヘンリー・A・ウォレス

空軍長官:ジェームズ・フォレスタル

海軍長官:フランク・ノックス


 主にこの三人が変わり、商務長官なども一部変更があった。


「やあ、これからよろしく頼むよ、ウォレス、フォレスタル、ノックス」


 ブランドはそう明るい表情と声で、本人が調理台に立って用意したドーナツを振舞いながら、新たな三人の長官を迎え入れていた。

 

「これからよろしくお願いします、ブランド大統領」


 ヘンリー・A・ウォレス。元農務長官であり、ルーズベルトから信頼されている人物の一人である。


「まさか私が空軍長官のポストに収まるとは思いませんでしたよ」


 ジェームズ・フォレスタル、ケニーから空軍参謀を引き継ぎ、正式に立ち上がった空軍省トップに位置する空軍長官となった。こう見えて元海軍所属である。

 航空母艦や機動部隊に先見の目があったことから、ブランドはかなり前から目をつけていた。


「スワソン長官の代わりとなれるよう、精一杯頑張りますので、よろしくお願いします」


 フランク・ノックス、スワソンの後を継いで海軍長官を務める。米西戦争を経験している、生粋の元軍人だ。


 軽い挨拶を交わし、おやつを食べている間は和やかな空気が続いていたが、面々がドーナツを食べ終える頃、ブランドは一気に紅茶を飲み干し、大きく一息ついた。


「さて、いつまでもこうした空気でいたいものだが、そうも言っていられない。覚悟はいいかな?」


 一気に大統領の顔が険しくなる。皆もそれに同意し、静かに頷く。

 それを確認して、ブランドは自身の執務机の上にある電話を取り、「スティムソンとハルを呼んでくれ」と頼んだ。


 すると数分後、部屋の扉を叩く音がした。


「入れ」

「失礼します」


 二人はそう言って、新たに加わった長官たちと同じようにソファーへ腰掛ける。


「この面子で集まるということは、もう分かるな」

「はい、作戦会議を始めましょう」


 スティムソンがそう言い、ノックスに視線を送る。


「まずは、海軍長官として、現在の欧州事情を把握してまいりました」


 机の上に出された写真には、『Uボート』と格闘する護衛船団や、敵重巡と砲火を交わす戦艦などが映っていた。


「現状、かろうじて北海、イギリス海峡の制海権は確保していますが、どうやらそれも限界が近いようです。ロイヤルネイビーはほぼ壊滅しており、船団護衛で精一杯、通商破壊戦は遅遅として進まず」


 もう一枚ノックスは写真を机に置き、付け足す。


「旗艦『メリーランド』中破、『エンタープライズ』も艦載機が満載できず、おまけにハルゼー提督も、持病の悪化で現在入院中です」


 損害報告を見ると、どうやら被害を受けているのは主力艦のみではなく、新造した『フレッチャー級』駆逐艦も、かなりの打撃を受けている様だった。


「それでは、次は私ですな」


 一瞬沈黙した後、ハルがその沈黙を破って話始めた。


「外交面では、現在ドイツとのチャンネルは開いていますが、大使館には軍人上がりの者が数名で、役人たちは脱出を始めています。イギリスには、連合国へ我らを招待するよう催促はしていますが、『欧州の問題は欧州だけで解決したい』の一点張りで……」


 アメリカはすでに、対ドイツ戦略である『ブラック計画』を完成させており、後は宣戦布告するだけとなった。

 しかし、当のドイツはどうやら宣戦布告してくる気配はなく、あくまでも自分たちに影響を与える大西洋艦隊だけを目標にし、それ以外には攻撃を仕掛けないことを徹底している。


「イギリスのチャーチル首相も頑固なもんだな……」


 ウォレスはそう言いながら手を組む。

 イギリスとしては、これ以上アメリカが欧州に参入してくると、欧州で最も影響力を持つ国の座を奪われると考えている。それに、連合国にアメリカを招けば、その主導権をほぼアメリカに奪われ、イギリスの威厳がなくなってしまうと思っている。


「事情が事情なだけに、こちらからはあまり強く言えないのが辛いな……まあいい、交渉は続けてくれ、それと、イギリスへの物資援助である『イーグル作戦』も続行だ、向こうが素直になってくれるまで、支えてやろうじゃないか」

「了解しました」


 これで、外交には片が付いた、次は戦術的な部分だ。


「大西洋艦隊をどうするか、だな……」

「現実的なことを言うなら、新造艦を待つべきでしょうか?」


 ノックスはそういうが、現状の大西洋艦隊の状況で、2か月持たせるのもなかなか酷な話だ。


「いや、今の大西洋艦隊には無理だろう、一度撤退するのも考えるべきでは?」


 フォレスタルはそういうが、ブランドはすぐに首を振る。


「それはダメだ、今イギリス海峡と北海を開ければ、すぐにでも英国上陸を行われる。反抗作戦を用意している英国は現在防備を用意する余裕はない、海が開ければ、イギリスは堀と壁が無い平地の城になり下がる」


 そう言って悔し気に却下する。


「そうですね、現状のイギリス陸軍に、ドイツ陸軍を阻止できるだけの能力は持ち合わせていません。英国は『マルチダ』なら『四号戦車』に敵うと言っていますが、所詮気休めです。ドイツ陸軍の強さは戦車のみにあらず、歩兵一人をとっても、今のドイツに勝る国はないでしょう」


 スティムソンはそう冷静に答える。

 ブランドもその言葉に同意なのか、深く頷いた。


「ハル、日本の様子はどうだ? すぐにでもフィリピンや東南アジアに攻めて来る気配はあるか?」

「いいえ、現在日本とはチャンネルが閉ざされていますが、旭日会の情報によれば、そのような話は出ていないとのことです」


 日本との密約は有効であるが、あくまで密約であり、表面上は敵対関係であるとなっている。そのため、連絡網は閉ざされているのだ。


「……キングに動いてもらうか」

太平洋艦隊王鷲艦隊を動かすのですか?」


 フォレスタルは、少し驚きながらそう返す。


「旧式戦艦からなる一部の予備艦隊を残して、王鷲艦隊を北海へ動かす。『1942年型戦艦』ができ、大西洋艦隊が再建出来次第、太平洋に戻す」


 ブランドはそう決断し、指示をまとめた。


「王鷲艦隊を北海へ派遣、その旨をキング元帥に伝えてくれ、必要ならニミッツ提督も呼んでやれ。イギリスに関しては外交、支援を続けてくれ。空軍は新型機の開発、乗員の訓練を急げ、以上だ」


 速やかにブランドの指示は実行されていった。しかし、一つだけ手間取ったことがある、それが海軍の移動だった。



12月16日。


「何!? 軍部から移動命令が出ていた!?」

「は、はい」


 太平洋艦隊旗艦、戦艦『コロナド』の一室に、キングの怒声が響いていた。


「なぜ今になっての報告となったのだ! クッソ、全艦艇に移動命令を、一部の旧式戦艦たちは残していけとのことだ、戦艦『オクラホマ』『ネバダ』『テキサス』『アイダホ』空母『レンジャー』は残していけ、それ以外の主力艦艇とその護衛達はすぐにここを立つぞ」

「はっ!」


 すぐさま伝令が、サンディエゴにある軍港内全域に広まっていた。


 このすぐ後のことだった。移動を始めて7日目の朝、王鷲艦隊がパナマ運河手前にたどり着いたまさにその時。



日本時間、12月23日、午前8時10分、日本はフィリピンに宣戦布告した。

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